第24話
翌朝。
知らない大人たちが家に来た。
私はそこで初めて知った。お姉ちゃんが――渋谷ダンジョンから帰ってきていない。
捜索が始まった。
一日目。
見つからなかった。
二日目。
見つからなかった。
三日目。
まだ見つからなかった。
一週間。
二週間。
時間だけが過ぎていった。
その間も私は学校へ行った。
授業を受け、給食を食べ、友達と話して、笑ったこともあったと思う。
でも、何を話したのか覚えていない。
学校から帰る。
「ただいま」
玄関には、お姉ちゃんの靴がない。
リビングへ行く。いない。
二階へ上がる。お姉ちゃんの部屋の前を通る。扉は閉まっている。
分かっている。
中には誰もいない。
それでも。
「……」
開ける。
ベッド、机、本棚、脱ぎっぱなしのパーカー。
全部そのまま。
なのに、お姉ちゃんだけがいない。
それが、どうしようもなく気持ち悪かった。
まるで世界から、お姉ちゃんだけを綺麗に切り取ったみたいだった。
「……何これ」
ベッドに腰掛ける。
枕を抱き寄せた。
少しだけ、お姉ちゃんの匂いがした。
「……」
胸が痛くなった。
息が詰まった。
私は枕に顔を押しつける。
「……お姉ちゃん」
返事はない。
「お姉ちゃん……」
もう一度呼ぶ。
当然、返事なんてない。
分かっているのに、何度も呼んだ。
「お姉ちゃん……っ」
涙が出た。
嫌だった。泣いたら、本当にいなくなったみたいだから。
だからずっと我慢していた。
でも無理だった。
「帰ってきてよ……」
声が震えた。
「ねぇ……帰ってきてよぉ……」
枕を強く抱き締める。
会いたい、ただ会いたかった。冒険者じゃなくていい。
もうダンジョンになんて行かなくていい。有名になんてならなくていい。朝、勝手に部屋へ入ってきてほしい。
カーテンを開けてほしい。
頭を撫でてほしい。
鬱陶しいくらい話しかけてほしい。
もう絶対、嫌な顔しないから。
牛乳だって取ってあげる。
いってらっしゃいだって言う。
帰ってきたら、ちゃんと玄関まで迎えに行く。
だから。
「……帰ってきてよ」
何でもするから。
「お姉ちゃん……」
帰ってきて。
◇
一ヶ月が経った。
捜索は縮小された。
二ヶ月が経った。
お姉ちゃんの名前を家で聞くことが減った。
三ヶ月が経った。
お母さんが、お姉ちゃんの部屋を片付けようと言った。
「嫌」
即答した。
「千紗……」
「嫌だから」
「でも……」
「帰ってくるから」
お母さんが黙った。
その顔が嫌だった。悲しそうな顔、私を可哀想だと思っている顔。
そして何より。もう、お姉ちゃんは帰ってこない。
そう思っている人の顔だった。
「死んだって決まってないじゃん」
「……千紗」
「死体、見つかってないじゃん」
「そうだけど……」
「だったら生きてるかもしれないでしょ!」
声を荒らげた。
お母さんが俯く。私は逃げるように自分の部屋へ戻った。
扉を閉め、その場に座り込んだ。
「……なんで」
みんな諦めるの。
なんで過去の人みたいに話すの。
なんで。
私のお姉ちゃんなのに。
世界中の誰も探してくれなくなったって。
私だけは。私だけは――。
「……探す」
顔を上げた。
自分でも驚くくらい、はっきりと声が出た。
「私が探す」
お姉ちゃんが消えた場所は分かっている。
渋谷ダンジョン。
なら、私がそこへ行けばいい。
冒険者になればいい。
◇
九ヶ月後。
手の中のブレスレットを見つめる。
青い魔石、銀色の鎖、端に刻まれた、小さな傷。
知っている。何度も見た。お姉ちゃんがいつも身につけていたものだから。
間違えるはずがない。
九ヶ月、九ヶ月だ。
探して。探して。
何も見つからなくて。それでも諦められなくて、学校まで辞めた。
弓を握って、魔物と戦って、ずっと追いかけてきた。
そのお姉ちゃんの痕跡が。
今、私の手の中にある。
「……お姉ちゃん」
声が震えそうになる。
ブレスレットを胸元へ引き寄せる。
強く、強く握り締めた。
会いたい。九ヶ月前から、ずっとそれだけだった。
もう一度、声を聞きたい。
もう一度、名前を呼んでほしい。
もう一度――。
お姉ちゃんに会いたい。
「……絶対に見つけるから」
たとえ、この先に何があっても。
私はもう、お姉ちゃんを置いて帰ったりしない。




