第22話
渋谷ダンジョン第二層。
そこには第一層とはまるで違う景色が広がっている。
一面を覆う緑の草原。
遠くには森が見え、その向こうには小高い丘まである。頭上には青い空が広がり、白い雲まで浮かんでいた。
地下にいるはずなのに、暖かな光が降り注いでいる。風が吹くたび、無数の草が波のように揺れた。
「……何度来ても変な感じだな」
思わず呟く。
「何が?」
晴人が振り返った。
「ここ。ダンジョンの中なのに、外みたいだから」
「あー」
晴人も空を見上げる。
「確かにな」
地下に空がある。
太陽のような光もあれば、風まで吹いている。
どういう仕組みなのかは分からない。
世界中の研究者が百年以上研究を続けているが、ダンジョンには未だ解明されていないことが山ほどあるらしい。
「そんなことより魔物探そうぜ、魔物」
「晴人は金のことしか考えてないね」
「当たり前だろ。装備新しくしたいんだよ」
「この前も言ってたじゃん」
「だから稼がないと買えねえんだろ!」
そんな会話をしながら草原を進む。
僕も、もう少しいい剣が欲しい。
今使っているショートソードに不満があるわけじゃないけど、ギルドに並んでいる武器を見ると、どうしても目移りしてしまう。
「……」
ふと。少し前を歩く千紗が足を止めた。
腰に付けたポーチから折り畳まれた紙を取り出す。
地図だ。
広げて周囲を見渡している。
「千紗、何見てるの?」
「別に」
「……そ、そう」
千紗はすぐに地図を畳んだ。
そして何事もなかったように歩き始める。
「……?」
少しだけ気になった。
でも、深く考えるほどのことでもない。
僕もその後を追った。
しばらく進んだところで、前方から人影が現れた。
「冒険者だな」
拓真が言う。
五人組。装備を見る限り、僕達よりずっと経験がありそうだった。
向こうもこちらに気づく。
「お疲れー」
先頭を歩いていた髭の男が軽く手を上げた。
「お疲れ様です」
拓真が返す。
ダンジョン内で他の冒険者とすれ違うこと自体は珍しくない。そのまますれ違うはずだった。
「……ん?」
後ろから声がした。
足音が止まる。
「おい、ちょっと待て」
僕達も振り返った。
五人組の中にいた一人の男が、こちらを見ている。
正確には、千紗を。
「……」
千紗の表情が僅かに変わった。
「お前……」
男が目を細める。
「もしかして――美咲の妹か?」
「……!」
千紗の肩が僅かに揺れた。
「やっぱりそうだろ。顔がよく似て――」
「人違いです」
千紗が遮った。
「え?」
「行こう」
それだけ言うと、千紗は歩き出した。
「ちょ、千紗?」
慌てて後を追う。
背後から男の声が聞こえてきた。
「おい! 待てって!」
それでも千紗は振り返らない。
僕達も仕方なくその後を追った。
「なあ」
しばらく歩いたところで、晴人が口を開いた。
「今の何?」
「何が」
「いや、姉ちゃんがどうとか言ってただろ」
「人違い」
「でもお前、明らかに――」
「人違いって言ってるでしょ」
「……」
いつもより強い口調。
晴人もさすがに黙った。
「……」
僕は千紗を見る。
いつもと変わらない顔。
だけど、さっきから歩く速度が少しだけ速い。
絶対に何かあると思った。でも、聞くことはできなかった。
◇
「ギャアァッ!」
最後のゴブリンが倒れた。
「ふぅ……」
剣についた血を振り払う。
遭遇したのは五体。以前ならかなり苦戦していた数だ。
だけど今は、誰一人大きな怪我をすることなく倒せた。
「やっぱ今日調子いいって!」
晴人が笑う。
「はいはい」
「なんだよその反応!」
千紗もいつもの調子に戻っていた。
さっきのことを聞く者はいない。拓真も何も言わなかった。
「魔石回収したら帰るぞ」
「えー」
「えー、じゃない」
僕達はそれぞれ倒したゴブリンの処理を始めた。
「うわ、こいつ汚ねぇな」
晴人が一体のゴブリンを漁っている。
「何してるの?」
「戦利品チェック」
「ゴブリンがいい物なんて持ってるわけないじゃん」
「分かんねえだろ。冒険者から奪った物とか持ってるかもしれないし」
「趣味悪い」
「金になるなら何でもいいんだよ」
ゴブリンの腰にぶら下がっていた汚れた袋へ手を突っ込む。
「石……骨……なんだこれ」
次々と地面へ放り出していく。
「やっぱ何もないじゃん」
「待てって」
さらに袋の奥へ手を入れる。
そして。
「……ん?」
晴人の動きが止まった。
「なんだこれ」
何かを取り出す。
陽の光を反射して、銀色に輝いた。
「……ブレスレット?」
僕も覗き込む。
細かな装飾が施された銀色の腕輪。
中央には、淡い青色の石がはめ込まれている。
「おい」
拓真の声色が変わった。
「それ、魔石じゃないか?」
「え?」
晴人が目を見開く。
「マジで!?」
「多分。加工されてる」
「ってことは……魔導具!?」
晴人の顔が一気に明るくなった。
「うおおお! 当たりじゃん!」
「ちょっと見せて」
拓真も近づく。
「これ、結構いいやつじゃないか?」
「いくらになる!?」
「知らないよ」
「十万!? 二十万!?」
「そんな簡単に分かるわけないでしょ」
「四等分しても結構――」
「……」
その時。
千紗が動かなくなっていることに気づいた。
「千紗?」
返事がない。
ただ一点。晴人が持っているブレスレットを見つめていた。
「……」
顔から表情が消えている。
「どうしたの?」
「……それ」
「ん?」
晴人が千紗を見る。
「これ?」
「見せて」
「え?」
「見せて!」
千紗が手を伸ばした。
「お、おう」
晴人が渡そうとした、その瞬間。
バッ。
千紗が奪い取った。
「おい!?」
晴人が目を丸くする。
千紗は何も答えない。
両手でブレスレットを握り締める。裏返す。何かを確かめるように指を滑らせ――。
「……」
止まった。
小さな傷。
そこを親指で何度もなぞる。
「……嘘」
声が震えていた。
「千紗?」
僕が名前を呼ぶ。
千紗はゆっくり顔を上げた。いつも冷静な瞳が、大きく揺れている。
「これ……」
ブレスレットを握る手が震える。
「お姉ちゃんの……」




