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第11話


「一分で終わらせる」


 神代蒼真は訓練用の剣を片手に、細木を真っ直ぐ見据えた。

 一瞬、訓練場が静まり返った。


「あらぁ……」


 細木は頬に手を添える。


「最近の中学生って怖いのねぇ。お姉さん泣いちゃいそう」

「早く始めろ」

「せっかちねぇ。女の子に嫌われるわよ?」

「どうでもいい」

「ほんっと可愛くないわね!」


 細木が腰に差していた木剣を抜く。対する蒼真も、訓練用の剣を構えた。

 僕は二人を見つめる。

 数日前、僕は蒼真と戦った。いや、戦ったという表現すら正しいのか分からない。気づいた時には床に倒され、首元に刃を突きつけられていた。

 何をされたのか。どうやって負けたのか。

 今でも分からない。


「それじゃ――」


 細木が木剣を肩に担ぐ。


「始めましょうか♡」


 その瞬間。

 ドンッ!!


「――っ!?」


 空気が弾けた。

 蒼真の姿が消える。いや、違う。踏み込んだんだ。

 一瞬で細木との間合いを潰し、剣を振り抜く。

 ガァンッ!!

 凄まじい音。細木の木剣が蒼真の一撃を受け止めていた。


「あら」


 細木の眉が僅かに動く。


「重いわねぇ」

「余裕だな」

「お姉さん、これでもD級よ?」

「そうか」


 蒼真の身体が沈んだ。

 次の瞬間、剣閃が走る。

 一撃、二撃、三撃。


「――!」


 細木が木剣を振るう。

 弾く、受ける、流す。

 しかし蒼真は止まらない。

 右、左、上段。

 細木が防いだ瞬間には、既に次の一撃が迫っている。


「な……」


 誰かが声を漏らした。


「なんだよ、あれ……」


 僕も同じだった。


(速い……)


 でも、違和感がある。


(僕と戦った時より……)


 速い。

 明らかに、僕の時とは比較にならない。

 つまり――。


(あの時は、本気じゃなかったんだ)


 分かっていた。

 分かっていたはずなのに、胸の奥に重いものが落ちる。

 一方。蒼真の剣を受け続けていた細木から、いつの間にか笑みが消えていた。


(この子……)


 速く、力もある。だが、それだけではない。剣の軌道が異様なほど美しい。

 無駄がない。一撃から次の一撃へ。

 まるで最初から全ての動作が一つに繋がっているかのような剣。


(この剣筋……)


 細木は蒼真の名を思い出す。

 神代蒼真。

 神代。


(……まさか)


 ガンッ!!


「ッ!」


 細木が大きく後退した。

 蒼真は追わない。剣を構え、こちらを見ている。

 細木の額から、一筋の汗が流れ落ちた。


(神代家……!)


 日本で冒険者をやっている者なら、一度はその名を耳にする。

 日本最強の一族。

 だが、その歴史はダンジョンが出現した百五十年前より、遥かに古い。

 神話の時代、神々と人が未だ同じ大地を歩いていたとされる頃。

 一振りの剣をもって数多の怪異を斬り伏せた男がいた。剣を極め、人の身でありながら神の領域へ至ったと伝えられる存在。

 ――剣神。

 神代家は、その血を現代まで受け継ぐ一族。


(なるほどね……)


 細木の口角が僅かに上がる。


(どうりで化け物なわけだわ)


「何笑ってる」


 蒼真が尋ねる。


「いいえ」


 細木は木剣を握り直した。


「ちょっと嬉しくなっちゃっただけ♡」

「?」

「まさか資格試験で――」


 腰を落とす。

 右足を半歩後ろへ。

 木剣を身体の正面へ。


「本気を出すことになるなんてね」

「――」


 蒼真の目が細くなる。

 僕にも分かった。

 細木さんが変わった。

 さっきまでとは違う、構えだけじゃない。雰囲気そのものが。


「……来い」


 蒼真が言った。


「あら」


 細木が笑う。


「後悔しないでね」


 次の瞬間、消えた。


「――ッ!」


 今度は蒼真が剣を構える。

 ガァン!!

 蒼真の身体が大きく後ろへ滑った。


「……!」


 初めて、蒼真の表情が歪んだ。

 だが細木はもう目の前にいる。

 二撃目。

 蒼真が受ける。

 三撃目。

 受け流す。

 四撃目。


「くっ!」


 蒼真が後退する。


(押してる……)


 信じられない。

 あの蒼真が。

 僕を何もさせずに倒した蒼真が、防戦一方になっている。


 これが――。


(D級冒険者……)


 剣と剣が激しくぶつかり合う。

 細木が攻め、蒼真が凌ぐ。

 蒼真が反撃し、細木がかわす。

 速すぎる。

 僕の目では追うだけで精一杯だった。


「ハァッ!」


 細木の木剣が横薙ぎに振るわれる。

 蒼真が仰け反る。

 前髪が数本、宙を舞った。

 直後、蒼真が踏み込む。


「ッ!」


 細木が剣を受ける。

 互いの顔が至近距離まで近づく。


「あなた、本当に中学生?」

「だったらなんだ」

「末恐ろしいわねぇ……!」


 細木が力任せに押し返す。

 蒼真が後方へ跳ぶ。

 着地、同時に二人が駆けた。


 ガンッ!

 ガンッ!!

 ガァンッ!!


 剣戟が訓練場に響き渡る。

 誰も喋らない。

 いや、喋れない。

 僕達がこれから受けるはずだった資格試験。

 そのはずなのに、目の前で行われている戦いは、もう試験なんかじゃない。

 細木さんも、蒼真も本気だ。

 そして――。


「そこ!」


 細木の剣が蒼真の剣を弾き上げた。


「――!」


 蒼真の右手から剣が離れる。

 宙を舞った。


(取った!)


 誰もがそう思った。

 細木も。

 木剣が蒼真の首へ走る。

 だが、蒼真の左手が動いた。


「――なっ」


 いつ抜いた?

 分からない。

 蒼真の左手には、一振りの木製短剣が握られていた。

 身体を沈める。

 細木の木剣が頭上を通過する。

 一歩。

 蒼真が細木の懐へ入った。


「――――」


 静寂。

 細木の動きが止まる。

 その首筋。

 あと僅かに押し込めば皮膚を裂く位置に。

 蒼真の短剣が添えられていた。


「……」

「……」


 細木の額から汗が一滴落ちる。

 蒼真が静かに口を開いた。


「一分」


 細木の目が僅かに見開かれる。


「経ったか?」




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