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ミネルヴァの憂鬱  作者: 杉紙
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17話 訪問者

幕間みたいな回。でも結構重要な事がホイホイ出てきます。

「君が今そうなっている原因の一部は、オレにもある」


「は?」


 ヒトの睡眠中に突然話し掛けてきた謎の声。その中性的な声が一瞬何を言っているのか理解が出来ずに間の抜けた疑問符を返してしまったが、じわりとその意味を理解するに従って背筋がうすら寒くなった。

 つまりなんだ。こいつが何かしたから、俺が女の体になっていると。


 俺は此処で目が覚める以前の事はぼんやりとしか思い出せない。

 いつものように喫茶店のバイトをこなし、店長マスターと挨拶して普通に帰宅した――はず。



 ……本当にそうだったか?



「まぁ君が驚くのも仕方ないな。覚えていないなら無理に思い出せとは言わないよ。ただ、オレは君に対して悪意とか害意は一切無い。そこは信じて」


 俺の心情を知ってか知らずか、それとも慮っての事か。諭すように声は淡々と、だが柔らかな口調でそう言った。


「……そんな事を急に言われてもな」


「はは、そりゃそうだ。失敬」


 どういう意図にせよ、真相が思いがけず間近に迫ってきた事に変わりは無い。出来るだけ情報を得られるよう立ち回るべきだろう。和らいだ雰囲気に少し相手の緊張めいたものが解けた気がした。恐らくそれは俺自身もだが。


「簡単に言えば、君は量子データとして過去にタイムスリップしたんだ」


 うん、そんなことだろうとは思ってた。答え合わせのように声は続ける。


「あまり詳細を語る事は出来ないが、少しでも君の不安を取り除いてあげたいと思う。信じろという方が酷かもしれないが……」


「いや、可能な範囲で良い。教えてくれ」


「……君は冷静だなぁ」



 そうして声は語った。男にしては少し高くて、女にしては少しハスキーで落ち着いた声音で。

 俺は丁度一年後のあの日付けで、とある現象に巻き込まれた。

 その現象は地球規模で度々起きている事で、けれども人間が巻き込まれた例はあまり無く、たまたま近くに居た声の主は俺を助けてくれたらしい。

 その時、なんというか俺は『コピーされた』らしい。

 『元々の俺』は無事に生還し事なきを得たが、問題は複製された量子体である俺の行方だった。

 本来なら消えていたはずの俺は、何の拍子かは解らないが時空を飛ばされ、今の体へ固定されたと言う。



「ちょっと待ってくれ……意味がわからない」


「だろうねぇ……でもこれが、オレが君に伝えてあげられる範囲の情報なんだ。すまない」


 言葉通りに受け取ってしまうなら、俺は複製された偽物の存在という事になる。

 そして―――


「それじゃ、アンタは、未来人って事か?」


 一年後の未来から来たであろう声の主は、少し愉し気に笑った。


「まぁそういう事になるか。君もこの時間に於いては同類だと思うけど」


 それは確かに。けれどこれで納得出来た。


「アンタの姿は見えないんじゃなく、此処に無いのか」


 はい、良くできました。と声が笑う。確かに音声だけの侵入など想定に無いなら、セキュリティは意味を成さないだろう。


「なもんで、オレは長く此処には繋げられない。もうすぐ切れるから、またこうして会話出来るとしたらしばらく先か二度と無いか―――」


 寂しげな声。他の事はわからないが、この声に嘘は無いのではないかと思えた。


「……一年後の俺は、どうしている?」


「無事だ。自分に何が起きたのかは記憶に無さそうだけどね」


 そうか。それなら良い。いや、まだ軽く混乱はしているが。


「伝えてくれてありがとう。今後の方針が決まりそうだ」


「いや、本当に冷静だな君。少しは感想無いの?」


 今の体の精神防御機能のおかげだろうか、パニックには当分ならなそうだ。

 それでも思うところが無いわけではない。


「理不尽だな、とは」


 そりゃそうだ、と声が嘆息まじりに呟いた。

 これから先、本来の「神谷恭司」とは絶対に交わらない存在「神谷きよか」として生きなければならない。

 俺は俺ではいられない。

 ――この喪失感を何と呼ぼう。


「だが、間違いなくこの世界において君は特殊な存在だ。異端とも違う。異物でも無い。ギリギリの綱渡りだが、世界に存在を許されている以上、君は君として生きるべきだ」


 断言され、その言葉の意味を吟味する暇も無く声が掠れていった。


「ああ――もう少し話していたかったな。恭司、いや今はキヨカか。君の人生に幸多からん事を祈っている」


「ま、待ってくれ!アンタの名前を聞いていない」


 消えそうな声に対して慌てて呼び掛ける。そうだそもそも名乗ってすらいないはずなのに何故今の俺の名前を――


「一年前のオレと会ったらよろしくな。まぁ、会えば解るだろ――」



 そして、声は途切れた。

 しばらく呆然と薄闇を見つめていたが、再び声が聴こえて来る事は無かった。



「……寝るか」



 再び布団に包まって、朝を待つ事にした。

 今の体に休息が必要かどうかすらわからないが、夜は普通、休むものだ。





 結局、PSが朝食の時間を知らせに来るまで、俺は一睡も出来なかったのだった。



※ちなみに浮遊機動識の音声ログにも深夜の問答は何一つ記録されておらず、よって何も問題の無い夜として処理されています。

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