18話 買い物に行こう
いちねんぶりです(白目)
目の前を変わった形の電車が見た目に反して静かに通り抜けていく。
今のは目的の電車ではないから、その変わった形をなんとなく眺めながら見送った。
「……懸垂式か」
未来的と言うよりは、レトロというか、落ち着いたデザインをしていた。
これから向かう先、この海上都市の端に位置するユニットには、さくらさんの話によると『牧場』や『商店街』があるらしい。テーマパークのような役割もあるらしく、訪れる人も少しずつ増えているとか。
そもそもの説明によれば海上都市が本格稼働してから1年ちょっとらしいので、それを思えば道中の人々の少なさには納得する一方疑問も残る。みんな普段どうやって仕事や生活をしているんだろう?
「きよかちゃんって、鉄道詳しい?」
長かった(体感的にも本当に長かった)一夜が明け、約束の時間に合流したさくらさんは、俺の呟きをどう受け止めたのかそんな事を尋ねてきた。日の光に照らされて淡い髪が揺れている。
「いや、そういう訳じゃないが……」
地元には無いから珍しかっただけ、と言っても良いがちょっと虚しい。
ああ、どうせ最寄り駅は歩けば峠を越えて小一時間かかるとも。
本来の自分の姿からはかけ離れてしまったし、仮に元の姿に戻れたとしても帰る事も無いだろう我が家。そのド田舎ぶりと先の知れない自分の人生とを思いながら途方に暮れた。
そんな風に言い淀んでいる内、ホームに滑り込んで来た車両を見てさくらさんが指を向けた。
「来た来た。きよかちゃん乗ろう」
乗り心地は悪くない。あんまり揺れないから立ったままでも問題無さそうだったが、せっかく空いているので座る事にした。
窓から見える景色は少しずつ高度を上げている。もう数分もすれば都市全てを見下ろせそうだ。
初めて海上都市を見下ろしたのは、ソフェル本社ビルのエレベーターだったか。
夜景も良かったが、明るい日差しの下眺める全景も圧巻の一言だった。本社の展望室と比べればまだ低い高度だがこの鉄道の景色もなかなかだ。
今日は会ってすぐ、言われるままに誘導され現在に至る。
この海上都市で初めて乗った電車だが、改札のような分かり易いゲートは無く、そのまま素直にホームに出られる仕様となっていた。さくらさんに確認すると運賃は識によるスキャンで自動徴収らしい。高速道路のETC自動読み取りみたいだなと思いながらも、無賃乗車が発生しないのかと俺は首を傾げたものだ。
女になった衝撃で色々忘れてしまっていたが、バイト先や友人達との雑談の中でSFを思わせる先進企業と海上都市の移住者募集について、話題に挙がっていたような気もするし、無かった気もする。時系列的には未来の出来事というわけだが、いかんせんただの高校生をやっていた自分には縁遠い話でもあった。
まぁ、昨夜の出来事で一気に現実を直視する事になったのが良かったのか悪かったのか。
コピーされた俺がここに体を与えられたのが、何者かの思惑でもただの事故でも、生きているわけだからやるべきことは望まずとも目の前に立ちはだかってくる。
夢のような出来事、盲目の司祭。現実味の無い未来から来た声。
「今日は具体的にはどこへ行くんだ?」
あまり『先の話』を考えても仕方が無いと思い、『目先の話』をするべく水を向けてみると、待ってましたと言わんばかりに喜色を滲ませてさくらさんが笑みを浮かべた。
「色々考えてみたの。
きよかちゃん、まだこの街に来て日が浅いんでしょう?
なら、私のオススメスポットを巡るのも良いかなと思って」
そう言って微笑むさくらさんは、最後に少しだけ心配そうに眉尻を下げていた。
「迷惑でなければ、だけど」
「いや、助かるよ。ありがとうさくらさん」
実際まだ右も左もわからぬと言っても差し支えの無い状況である。
まず今後の身の振り方を考える上でも、この都市についてよく知ることも重要だ。
礼を伝え、その愁眉の開かれる様に、知らずこちらも安堵の息が漏れた。
「良かった!とりあえず最初はね…」
楽し気に、沢山書きこんだらしいパンフレットを取り出す様は微笑ましい。…年上なんだよなこの人。
覗き込んだ見取り図は、全体図からエリア詳細まで細かく記載された分かり易いもので、自分たちの乗る電車が次に向かう場所がおおよそ把握出来た。
一辺2㎞の六角形をした各ユニットを繋ぎ合わせ、広大な海上で寄り添うように手を繋いで広がっている都市。セキュリティーレベルに応じた範囲内で自由に行き来が出来、在住者は能力や希望に応じた住居や仕事を得て配属されるという。中枢である本社ビルを中心に、産業・工業・商業・居住と、ハニカム構造のように海上を覆う複合ユニット。全体を指して『海上都市』と呼ぶ。
『海上都市開発機構』とは、10年ほど前にソフェルという中枢企業が先導する形で、いくつかの共同参画企業や複数の国家とも連携しながら進めてきたプロジェクトなのだという。そういや本社に居た社員と思しき人たちはやたらと多国籍だった。
……その割に全員日本語を話していたような気がするが、気のせいだろうか。
俺やさくらさんが居住しているのは第一ユニット。通称『タカマガハラ』などというやけにむず痒い名前で呼ばれているらしい。そういや本社ビルでもトマあたりがそんな事言っていたような。
ゆっくり走ったとしても二十数分もあれば一周出来てしまう広さのユニット。
小鈴さんは全人口が200人程度だとも言っていた。
極端に小さく狭い国土を持つ国家があると知識としては知っているが、1辺2㎞の六角形だろ?
そうすると面積が……『10,392,304.79㎡ですね』……はい浮遊機動識さん早かった。
『加えて申し上げますと日本国首都近郊にある国際的アミューズメント施設の敷地面積はその半分ほど』いやいやそれ以上はいけない。
──というか口に出ていたのか。
「きよかちゃん、今日お出かけして本当に大丈夫だった?」
「え?」
唐突にそんな事を言われたので反応が出来なかった。
先ほどまで元気に解説してくれていたさくらさんのテンションが下がっている。何故に。
「なんだか、少し落ち込んでるみたいだったから……」
どきりとする。自分でも気になっていたこの感情に明確な名前を与えられたからだ。
そうか、俺、落ち込んでたのか。
「……いや、大丈夫。昨日ちょっと職場体験で浮かれて騒ぎ過ぎたから、疲れたんだ」
嘘は言ってない。
「そう?辛かったら言ってね。きよかちゃんがはしゃぐような職場体験て、何したの?」
一体さくらさんが俺をどういう目で見ているかは謎だが、フルダイブのMMORPGについて話すうちに「私もやってみたい!」となって、後日本当にさくらさんがログインしてくるとは、この時の俺には予想もつかない事だった。
『きよか。間もなく下車予定駅に到着します』
「お、おう」
雑談に花が咲いていた所に響く良い声に思わず肩が揺れた。ステルスで待機していた浮遊機動識だ。
ホームに降りてひと息ついたところで識は『お気をつけて』とだけ言ってまた待機に入った。
「危ない危ない乗り過ごすところだったね。きよかちゃんの識に感謝しなきゃ」
「そうだな……ああ、そういえばまだ呼び名を決めてなかったんだ」
この識はパーツをカスタマイズ出来ると聞いたから、ただ見たままにタマとかマルなどと呼ぶよりは呼びやすい名前を付けられるかとも思ったわけだ。
カスタマイズと言っても具体的にどんな風に出来るかは全く見当がつかないが。携帯電話のショップみたいなものだろうか?
などと考えながら気付くと、やけに熱心にこちらを見つめるさくらさんと目が合った。
「ちょうど良かった!これから行くのは商業区だから、良いお店を紹介出来ると思うよ!」
加えて、とびきり可愛くしないとね!と、花が咲くように笑った。
―――とても既視感を感じたが、とりあえず彼女の笑顔を曇らせまいと俺は口を噤んだ……。
果たして連れてこられたのは、昨日行ったエリアとは少し離れた所にある商店が立ち並ぶエリアだった。
特筆すべきはその景観だろう。電線も無く、敷き詰められたアスファルトも無い。木組みのようなデザインの建築物が整然と、しかしどこか暖かみを感じる様子で並んでいる。石組みの道、広場には噴水と移動式の屋台、嫌みを感じさせない街路樹と植え込み。時々奥に動いて見えるのは、もしかして舟だろうか?水路で行き来する某国の水の都のような……ヨーロッパ風、とりわけ古い時代を感じさせる観光地にありそうな街並みだった。
まるで―――
「RPGの世界みたい、とか思った?」
素直に頷いた。文句のつけようが無いファンタジーぶりだ。
「この商業区のデザインコンセプトがそれだったから、実際のゲームデザイナーとも協力して機能とコンセプトを両立させた街並みを追求して頑張ったんだって」
「すごいな……」
しばし呆然と街並みを眺めた。昨日のゲームで見た光景を思い出す。
まぁ、本当にゲームだったかと訊かれると微妙なところだが。
「さ、もうお店開いてるだろうし、行こう」
不意に引かれた手のやわらかさに、思わず望月博士の般若面を想像してしまった。
それでも手を振りほどくのは躊躇われるので、されるがままに引かれていく。
博士、すみません。後生なんで許して下さい。
人通りこそ疎らだが、和やかな雰囲気の路地を歩いた。
目立つ看板などは無いので不便ではないかと思ったが、訊けば此処でも識を使うと言う。
マップ表示やナビゲート、口コミや店の宣伝など、さくらさんの持つ型の識であれば手持ちの端末に接続する事で、情報を自在に取得出来るらしい。
タブレットなどのカメラ機能を使えば、画面を通して拡張現実表示が出来ると言う。
便利なものだなぁ―――そんな風に思いながら手近な店に目をやると。
「……?」
さっきまで無かったものが『AR表示』されていた。
控えめではあるが、確実に、そうとしか思えないものが。
てしごとや、海上都市店……?
どんな店だろうと思えば、瞬時に追加される『店舗情報』の表示。
えー……うそだろ?
恐る恐る、それを『開く』ようイメージしてみれば、営業時間などの表示や、店舗内の品物や訪れた客が撮影したらしいスナップなども続けて表示された。
便利……だな……?
(カメラも通さず、見えているのは一体何なんだ……この体の機能なのか?)
視界の端には、やけにデフォルメされたセリフの吹き出しが表示され『マスター・きよか。私の得た情報を貴方の要望に沿って提供しています』とある。
なるほど……なるほど?
「新型の識……はわからないけど、従来型の識パーツなら専門店がこの通りにあるから、まずはそこから行ってみよう」
相変わらず楽しそうに前を歩く少女(にしか見えない)の表情を曇らせるのもよろしくない。
俺は余計な事は言わずにおこうと静かに決意した。
「従来型って、さくらさんが使っているやつだよな。それはどんな風に使うんだ?」
「主な用途は身分証明かな。Suiccaみたいなタッチして認証とか決済とかする……」
なるほど。頷いて続く言葉を待った。
「この都市は色々な会社が力を合わせて作ったんだけれど、兄さまがこの識を作ったことで一番大事な仕事をしたんだって、上月さんが言ってた。この識が無ければ、都市の経済基盤そのものが成立しなかったし」
ああ、上月博士。ちょっと怖いけど服の趣味は可愛いアンバランスな人だったな。
「望月博士の同僚だよな……さくらさんとは、どんな風に?」
「昔からお世話になってばかり。ちょっと怖いけど、ちゃんと優しい人だよ」
気が合うなぁ。俺もそう思っていた。
「あの2人が、海上都市に来たばかりのきよかちゃんに新型の識を渡した……それがどういう意味を持つかは、私にだってちょっとは想像つくよ。ただのテスターってわけじゃないことも」
真剣みを帯びた声に思わずさくらさんの横顔を注視してしまった。髪色と同じく淡い色の瞳は、それでも真っ直ぐと進む道を見つめている。
「確かに重要な物とは聞いていたが……」
「都市に暮らす人は大抵ソフェルや系列会社の社員だから、社員証って言っても良いかも。
かく言う私も関係者って事で、いちおう籍は置いてもらっていたり。
ちゃんと仕事もしてるから幽霊社員じゃないよ!」
ぱっと、慌てて紅潮した頬を隠すように手を振り回す。うーん、小動物みたいだ。
「そういうわけで、識は一人に必ず一つ支給される多機能端末ってところかな。アクセサリーにしたり腕時計みたいにしたり服や鞄のボタンに付けたり、色々なパーツがあるから組み合わせて携帯しやすいように皆工夫してる。最初は難しいかもしれないけど、そのうち慣れちゃうよ……って言っても新型ならお店で聞いた方が早いかも」
むしろ店頭にあるかなぁ……と不安げにすらなっているが大丈夫だろうか。
「なるほど」
「っとまぁ、他にもわからない事はどんどん訊いてね。答えられる範囲なら何でも答えるよ」
「ありがとう、助かる」
ここぞとばかりに『お姉さん』の顔で微笑みかけるさくらさん。
……本当に、あの博士の妹さんなんだろうか。これは訊いたらいけない気がするから止めとこう。
そんな事を話している内に、目的の店に辿り着いたらしい。
「さて着いた。どんな風か楽しみだね!」
足取り軽やかに、さくらさんが先陣を切ってレトロな木製のドアを開け放ったのだった。
数話書いたものがあるんですが、幕間、主人公とは別視点からのお話の予定です。
もう少し推敲したら載せますので、よろしければお付き合いください。




