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ミネルヴァの憂鬱  作者: 杉紙
16/18

16話 帰還

Oh……しばらく色々とゴタゴタしていたとはいえすごく(2年弱とかマジか)間が空いてしまった……

すみません亀更新ですが一応続きます。


 長い夢から覚めたような心地だった。

 そして実際その通りだったのだろう。


 目を開けると、明らかに憂色をたたえた女性の顔が視界いっぱいに広がっていた。


「キヨカ、私がわかる?どこか違和感があったり気分が悪かったりしない?」


 エレノアさんだ。

 何だか少し懐かしい感じがしたけど、気のせいかな。


「え、あ、はい大丈夫です……どうしたんですか?」


 狼狽えながらもそう返すと、目に見えて安堵の息を漏らす。

 その様子はエレノアさんだけでなく、周りに居たスタッフ全てから感じられた。

 ここは、確かアルバイト先として提示された株式会社ソフェルのオンラインゲーム開発部門……何故かソファーに移されて横になっている。

 ぼんやりしながらも、俺は身を起こした。


「どうって……あなた、何があったか覚えている?」


 言われて目が覚める前……厳密に言えばこの場所に来てからの事を思い出そうとした。


 瞬間、思い出される不思議な少女のこと。

 古めかしくも威厳ある建物。

 そして―――


「あれ……確か」


 けがをしていたような。

 思わず小さく口に出して呟くも、それらしい痛みも感じないし、見たところどこにも傷などは見当たらない。手を握ったり開いたりしてみるが問題無さそうだ。

 思わず首を傾げていると、肩を優しくさする手があった。


「エレノアさん……」


「接続テストが始まってすぐ、あなたの意識レベルが突然低下して……

 一時は全てのバイタルがストップした。この意味わかる?」


 おっと――それは想定外だった。俺はどうやら一時的にしろ死んでいたらしい。

 事の深刻さに固唾を飲んでいると、肩をさする手をそのままにエレノアさんが優しく微笑んだ。


「でも良かった。調べたところではそれらしい異常は検出されていないから。

 懸念があるとすれば……バイタルストップした原因が解らないことだけど」


「それは追々解析していこうじゃないか、エリー。今日はもう遅いし、彼女も一度帰らなくては」


「そうですね……本社への報告も考えておかなくてはいけないわ。

 毟る代わりにその栄誉は貴方へ差し上げます」


OMG(オーマイガッ)!愛称で呼ばれるのそんなに嫌なのかい!?」


 うーん?しかし一体どういう事だ。時間経過が全く合わない。

 万が一アレが夢で無いとしたら、確か半日以上あの世界に居たはずだ。


「エレノアさん、待ってください。お……私、どれくらい寝てました?」


「え?テスト開始ですぐストップして、色々検査してたから……2時間くらいかな」



 Oh……どうやら時間の流れすらもおかしくなっていたらしい。

 ともあれ、明日のさくらさんとの約束をすっぽかす事にならなくて安心した。

 刻々と過ぎていく時間に、きっとこれは間に合わないと半ば諦めていたから。


「そうだったんですね……何だかご迷惑をお掛けしてしまって、申し訳ありません」


 俺が好奇心を抑えきれずに逸ったせいで。


 しょんぼりと項垂れていると、頭に大きな掌が乗った。アンドレアスさんだ。


「とにかく、キヨカさんが無事に目を覚ましてくれて良かったわ。テストについては後日改めて行うか中止するか決めましょう。まずは原因究明を最優先に。研究室(望月博士)への連絡はこちらで済ませてありますから、通知を待ってね」


 エレノアさんが心底ほっとした表情でそんな事を言うものだから、俺は口を噤んでしまった。


 余計な事を言って、さらに心配を掛けたくは無かったのだ。


 半日以上、不思議な世界で飯を作ったり爆撃されたり剣で人間が戦ってる場面に遭遇したりしました、なんて。完全に脳をやられてしまったと思われかねないだろう。


「本当に済まなかった、キヨカ。これに懲りず、また遊びに来てくれ」


 最初の豪快なイメージから一転、とても意気消沈した様子のアンドレアスさんに見送られ、エレノアさんの運転でソフェル本社ビルまで送ってもらってしまった。


「本当に体はなんともないの?キヨカ」


「はい、大丈夫です」


「そう、なら良いのだけど。ちゃんと部屋で休むのよ」


「わかりました」


 PS謹製の天蓋付き寝心地最高ベッドの存在が脳裏を過ぎる。そういやそんなのもあったな。


 車からエントランスまで付き添ってくれたエレノアさん、こういう細かい所で気を利かせるあたり、面倒見が普段から良いのだろうか……



 そうして、軽快にエンジン音を響かせながらエレノアさんの車が遠ざかっていくのを見送った俺は、当座の自室となっているソフェル本社ビル地下室へと降りることにした。

 その道中。


『きよか』


「―――っ!?…お、おう」


 唐突に響いた聞き覚えのあるテノールに、心底驚いた。

 おそらくはずっと、ステルス待機していたであろう浮遊機動識(名前はまだ無い)だ。


『まずは謝罪を。私は貴方の補助(サポート)をするために存在している。しかし主人の窮地に何も出来ませんでした』


「なんだ、そんなこと」

 アレは俺が勝手に死んだり生き返ったりしたに過ぎない。

 AIである彼が悔やむというのも少々面白いというか。


『つきましては初期命令に基づき、きよかの生体活動記録(バイタルデータ)を一部、研究室(ラボ)へ転送いたしました』


 ああ、つまりは俺の代わりに博士たちへ報告を肩代わりしてくれたって事か?

 どんなに自分自身が『神谷恭司』という人間だと声高に主張したところで、今の俺はこの海上都市を管理している巨大企業『ソフェル』の研究成果であるこの体に居候させてもらっているに過ぎない存在だ。

 女体である事を除けば概ね不満など無く、胸元などの違和感を除けばいっそ快適と言える体。

 数日もしたら、その違和感も感じなくなっているかもしれないのが恐ろしくはあるが。


 ん?―――報告?


 俺がその意味を理解したのは、第四の間の入り口で不機嫌そうに立っている望月博士を見つけた瞬間だった。



 隈がちょっと濃くなってる。



「あの、はかせ―――」


「お前はいつ僕に連絡を寄越すつもりだったんだ」


「……すみません。うっかり失念して」


「……はぁ―――。まぁいい。開発室主任から、追って詳細は報告すると連絡があった」


 主任って事はアンドレアスさんか。そういえば連絡は入れてくれたと言ってたな。


「よって、事態を此方でも掌握するまでは不問とする。

 ……お前も、慣れない環境で疲れただろう。今日はもう休むと良い」


 おや?もっと怒られるか注意を懇々と受けるかと身構えていたのだが。


「……何だ?言いたいことがあるなら聞いてやる」


「いえ、ありがとうございます。体は何とも無いので、大丈夫です」


「当たり前だ。その体はソフェル全技術の結晶だからな。そう簡単に機能不全に陥ってもらっては困る」


 それだけ言うと、満足したのか博士は踵を返し去っていった。



「あれは……心配してくれた、のだろうか」



 とにもかくにも翌日の事を気に掛けながら、俺は寝台へ潜り込んだのだった。











「こんな所に居たんだな。探したよ」


 音を人間の声と認識した瞬間、俺は跳ね起きた。


「ああ、別に起きなくて良い。少し話がしたいだけだ」


 いや少なくとも俺は起きなくてはならないと認識しているが――!?


「だっ、誰だ…!?」


 男性とも女性ともつかない声。中性的とでも言えば良いのか。

 就寝時間のため暗くなっている筈の室内は、俺の目にはハッキリくっきり映っている。

 目が慣れたとかそんなレベルではない事も気付いてはいたが、それ以上に今気になるのは――


「どこに居る!?」


 誰も居ない筈なのに声はハッキリと伝わってきた。

 耳朶を打つでもなく、しかし明瞭に。


「そう慌てるなって。別に取って食いはしない。ひとつ、話を―――警告をしに来たんだ」


(警告……?)


 不穏なワードに更に身構えるが、やけに力の抜けた声で彼――彼女か?――は一言。


「いいかい?間違っても、未来を変えようだなんて思ってはいけないよ。それは人の身には重すぎる」


(未来――……?まさかこの人物は)


 俺が一年後の存在だと見抜いているとでも言うのか?

 仮に俺が一年後に起きるのであろう何かの事件を解決しようとすれば、確かに俺という存在含めてタイムパラドックスのような事態にならないとも限らないが……そもそもどういった原因でここに居るのかもわからない以上、未来を変えるだとかそんな考えには至らないと思うんだが。


「何の事かわからない」


「警戒しているなぁ。まぁ当然の反応か。でも悪くない」


 彼(仮)は、俺の様子を見てなお楽し気だ。

(姿が見えないから、こちらが見えているのかもわからないが)


「とはいえ放置も出来ない。また何か困ったことがあれは相談に乗るくらいはたぶん出来るぞ」


「いや、あの……そもそも誰なんだ?」


 なんでそんな見ず知らずの、セキュリティレベルが恐らく世界最強のこの区画で姿も見せずに話し掛けて来るような怪しい奴に相談なぞせねばならんのか。


「ん?ああ、そう言えば見えないんだったか。加えて記憶も飛んでると。それは失礼」


 まるで旧知の間柄とでも言うかのような砕けた態度に内心ざわめきつつも、なるべく平静を装う。

 敵意や害意のようなものは感じないが、無害なものだとは決まっていないのだから。


「怖がらせてすまなかったな。君の事はちょっと頼まれててね。少なくとも敵ではないよ」


 ―――信用は、出来ない。出来ないが今は置いておくしかない。


「寝込みに突然話し掛けて来るような奴がか」


 言って、自分でもかなり驚いていたんだと再確認する。

 それだけこの部屋や会社のセキュリティに安心していたのだろうか。


「それについては申し訳ない。ずっと君を探していてやっとの事だったから自制が利かなかった」


 次は何時会えるかわからないしね?とおどけて話す声には、何の邪気も無い。


「探していた―――?…俺を?」


「そう、君が今そう(・・)なっている原因の一部は、オレにもある」


 最初と変わらない飄々とした声は、そんな事を宣った。





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