14話 とりあえず説明が欲しい
「あ、ありがとう、ございます……」
歓迎します、とにこやかに微笑むヴァッリーニさんに対して、ひとまず感謝を述べる。
ご都合イージーというかウマい話過ぎるような気もするがとりあえず、悪い様にはされないであろう見通しが立っただけでもよしという事にしよう。トーヤが置いて行った『守りを任された隊』の事も気になるし。彼女の心ひとつで不審者である俺の立場など風前の灯火、風に吹かれた木の葉のようなもの。そう仮定して動くべきだと肝に銘じたのだった。
さて、大精霊の導きについてはわからないが、とりあえず湯は沸いたので俺は作業に戻ることにした。台所の用具入れから発見した鍋は、炊き出しでもするのか随分と大きな寸胴だ。
「……このキッチンは使いやすいですね。よく手入れされているし」
「そう褒めていただけたら、きっと厨房の担当者も喜びますわ」
実際に便利なキッチンだと思った。広々とした調理台にコンロは4口、流し台は不思議な金属で出来ていたがステンレスでなくても水捌けが良く、道具類も然程差は無いし、調理用ナイフは切れ味良く手首に負担が少ない。むしろいただけたら持ち帰りたい。
普段は出張が多く留守がちな父の代わりに家での食事の支度はある程度自分でやっていたし、ソフェルに来てから一度も台所に立っていなかったからか、気合いが入ってしまっているようだ。
湯を沸かし塩を入れ、麺を投入したあと体感時間を何となく測りつつ、茹で上がるまでの間にサラダ用とソース用の野菜を下ごしらえしていく。
その作業に打ち込む俺の傍ら、邪魔をしないようにという配慮なのか少し離れた場所に腰掛けているヴァッリーニさんに声を掛けてみた。
「それにしても、妖精ってどんな人たち(?)なんですか」
「あなたの世界には居なかったのですか?」
「おとぎ話や漫画とかには沢山出てきますけど、実際に見たことは無いもので……」
話に耳を傾けながらも、みじん切りした玉ねぎに涙をこらえながら油漬け魚を捌きにかかる。シーフードパスタみたいな感じか。細かくして野菜と炒めた。幸いなことに、オリーブオイルもあったので、塩とスパイスを加えて調味する。味見に指先へ垂らしてひと舐め。
ふむ、味つけはこんなところか。割とツナパスタみたいな風情になってて美味い。
しかし本当に、食材の名前もほぼ同じ(多少違っていたりする)で味も香りも一緒となると、あまり差を感じないな……。
「妖精族は、神々の叡智を私たちに伝える為に遣わされた種族だと言われています。妖精たちはお祭りが好きで、美味しい食事や宴会を好みます。だから彼らを招く時は、必ず特別な料理を用意してお持て成しするのが習わしなのです」
貴方がお料理出来る人で本当に助かりました……と、ヴァッリーニさんははにかんだ。
そんな風に言われては無下にも出来ないというか、まぁ割と嬉しいわけで。
しかし重ね重ね心配なのは、俺の家庭料理レベルで特別な料理と言って良いのかということだが。
「なるほど……ヴァッリーニさん、ソースの試食どうぞ」
出来たソースを少しだけ小皿に取って味見用に渡す。一応声を掛けてから差し出したが、驚いた様子も無く自然と受け取っていた。瞼はずっと開かれていない。
「……ん、刺激のある味ですね」
「これで良ければこの麺をソースに絡めて……はい、完成です」
出来上がったそれを大皿から小皿に取り分け、再び差し出す。
やはりすんなりと受け取ったヴァッリーニさんは、盛られたパスタを口にして頬を緩ませた。
「この味付けは初めてです。サルサ単品では少し強かった刺激がやわらかくなって、とても美味しいわ」
さて、妖精さんを満足させられるかどうかは不明であるが。ひとまずは仕上げといったところか。
残りの人数分を盛り付けるための皿を準備しながら、飲み物をどうするか考えていなかった事を思い出した。妖精の存在についての議論はもう良いといして、解決すべきはこちらが優先だ。
「えと、ヴァッリーニさん。妖精(仮)が好む飲み物などはありますか?」
(仮)は心の中だけで付け足しておく。
「そういえば、いつもの果実酒を切らしていたかもしれませんね。どうしましょう」
妖精、酒飲むんだ……。
若干遠い目になりながらも、どうするか思案する。水だけでは宴とは言えない。
今ある素材だけでは難しいな。せめて果物があればーーー。
「そういえば、裏の倉庫に去年漬けたチリエージェが」
チリエージェ?
「何ですか?」
「チリエージェと言う果実をミエレで漬けたものですよ」
ちょいちょい差し挟まれるイタリア語っぽい発音だが……ミエレって何だ?この文脈だと塩か砂糖か……
そこまで真剣に英語以外を勉強してこなかった事が悔やまれるが仕方ない。英語もそんなに得意ではないしな……。今、普通に会話出来ている事自体がおかしいのだから今更気にしてもそれこそ仕方ないわけだが。
「ありました。コレです」
暫しあって、台所の裏へ行って探してきたであろう大き目の瓶。
ガラス瓶だろう透明なそれの中身は、これは紛うことなき、
「蜂蜜」
「はちみつ…ですか?」
ふむふむ、と未知の世界の言語に興味深そうに上下する小さな頭に思わず和む。ともすれば手を伸ばしてそっと撫でたくなる姿だ。よくよく考えれば年齢的に妹くらいなんじゃないだろうか?
そんな思考が漏れていたのか、ヴァッリーニさんは少し恥ずかしそうに咳払いすると、手にした瓶を差し出した。
差し出されたのなら受け取らなければ。
「ありがとうございます」
見たところサクランボに見えるが、多分合っているか類似している果物だろうな……。
とりあえずコレを使って、湯で割るなりゼラチンがあればゼリーなり、何品か作れるか。
安心してホッと息をついた時、違和感に気付いた。
さっき盛り付けたパスタを誰かが食べている。
「ーーーん?」
人形だ、と思った。何故ならやけに気配が小さい。
そう、秋葉原で買ったとか言ってクラスメイトが学校に持ってきた大きめの人形くらいの―――
けれどもそれは確かな肉感を伴っていて、ただスケールだけがどこまでも違和感を与えて来る。
あれは紛れもなく生き物だ。更に1体ではなく3体居る。
茫然としている内に、その小さな人影たちは瞬く間に一食分を平らげていた。
「いらしていたのですね、妖精の長」
ヴァッリーニさんが何か言ってる。長?何の?
「ふふ、よほど美味しかったのかしら。夢中で食べて」
いやー、ちょっと待ってほしい。衝撃的過ぎる。
「PS?」
思わず声に出してしまった。訝し気にヴァッリーニさんがこっちを見ている(ように感じる)。
けれどよくよく観察すれば細部が違って見えた。
長と言われた人ぎょ……妖精は他の2体と比べて装いが少し華美にも見えた。
「いや、あそこに居たユダたちとは何だか雰囲気が……」
頭身がユダやトマとは違っている、気がする。具体的には3頭身が5頭身くらいになっている?加えてPSはまだロボ的というか生物と言う気配は薄かったが、彼らは確かに生物としての存在感を放っている。
「ホルミ様、こちら旅人のカミヤさんです。カミヤさん、彼は妖精族の長であるホルミ様です」
ホルミと呼ばれた妖精は、如何にも人好きしそうな笑顔を浮かべ優雅に一礼して見せた。その口元に付いたソースのせいでちょっと残念なお辞儀になったが。
満腹になったであろう彼らは背後の大きな(体格と比してほぼ同等サイズの)リュックのようなものをゴソゴソと漁り、鈍く輝きを放つ石を取り出して並べだした。石はどれも手のひらに乗せられる大きさで、色や形は同じに見える。
「今回は新たなタブレットを6つと、修繕依頼したものが1つでしたね」
ヴァッリーニさんの言う通り、確かに7個ある。何に使うんだろう。
そしてただの石にも見えるコレは人工物なのだろうか。
不思議な色合いの石だ。どこか懐かしさも感じる気がする……。
「カミヤさん、不思議そうにしていますがタブレットは御存じで?」
「いえ」
やっぱり、と一つ息を吐いてから、ヴァッリーニさんは石をひとつ手に取った。
「これらはタブレットと呼ばれる大変貴重な道具です。この地の者は帝都にある専門の学園で教育を終えると、妖精族よりこれを授かります。ひとつにつき所有者として認められるのは1人だけ。そしてタブレットを得た者は、その使い方と共に世界の理を学び、良き人生を送るための術と道を得るのです」
つまりは便利アイテムという事か。それか身分証のようなものか。妖精族を通さねばならないという点が気にかかるがこの世界のルールという事だろうか。ちなみに妖精族が人間の言葉を話すことはないという。どうやって意思疎通するのかと思ったが、こちらの言語は理解しているらしく、伝えるべきことがあれば手紙など色々と手段はあるらしい。ユダやトマとの掲示板会話を思い出すなぁ。
「所有者として契約し、使い方を学べばタブレットは様々な事が出来ます。万能と言っても良いでしょう。それ故に誤った用い方をすれば使用者のみならず周囲を巻き込んでの破滅を招きます。使用者には高度な知識と正しき倫理観を備えた、タブレットを使用する資格が求められるのです」
ちなみに私のはコレです、とヴァッリーニさんは腰に提げていた飾りを示して見せた。傍目にはアクセサリーの類にしか見えないが……。
―――しかしどこかで聞いたような話だ。望月博士から半ば強制的に持たされたイケメンボイスの銀色の球体を思い出した。浮遊機動識。あれにも色んな機能があるから取り扱いには気を付けろ……って話だったよな。
そんなシリアスな話の最中に、クイクイッと袖を引かれた気がして振り向くと、妖精たちが3人で1枚の皿を持って待機していた。
その光景にヴァッリーニさんは微笑ましいとばかりに笑みを深めていた。
ああ、なるほど。おかわりね。
それからしばらくして、料理とデザートに満足した妖精たちが帰り、トーヤたちが帰ってきた。
「此度の会合もつつがなく終えられたようで、大変お疲れ様でございました司教様」
「いいえ、これが私の役目ですもの。それに殆どカミヤさんのお陰ですから」
タブレットの取引が無事に終えた事で、トーヤも多少俺に向ける視線が柔らかく―――
「そう簡単に警戒を解くわけには参りません。私の見極めはまだ終わっておりませんので」
ならなかった。
トーヤから向けられるトゲトゲした視線を逃れるように、俺は帰り際に妖精たちから渡された石の欠片をじっと見つめる。
PSによく似た、けれど少しだけ違うように見える彼らは、俺に「PS」と呼ばれた時から何かを思案している風でもあった。PSと同じように言葉を操らない妖精たち。この欠片にどんな意図が込められているかはわからないが、持っていけという事なのは確かだろう。
「確かに、まだ警戒を緩めるわけには参りませんねトーヤ。今日の所は他に異常は見当たらなかったとの報告ですが、時をおいて何か起こらないとも限りません」
大真面目に頷くヴァッリーニさんに、トーヤも俺も少し溜息が出た。
だんだん判ってきたが、ヴァッリーニさんは少し天然さんか。
「そういうことではなく……いえ、わかりました。観測塔の不具合は現在解消されています。帝都への報告も済んでいますし、しばらくは観測精度を上げ周辺監視にあたりましょう」
「お願いしますね」
見るからにやる気満々に、しかし表面上は平静を装いながら、トーヤは他のスタッフ(部下だろうか)に指示を出しつつ仕事に戻っていった。
そして俺はというと、ヴァッリーニさんから宛がわれた客室で一息ついてから、また妖精に貰った石を眺めている。小袋とかに入れれば、お守りみたいに持ち歩けそうだ。通学で乗っていたバイクにもお守りが付いている。父がくれた地元神社の交通安全のお守りだ。特に信心深いわけでもないが、こういうアイテムが自分は好きなんだろうな……とは常々感じているところだ。
客室も清掃が行き届いていて、敷布も掛布もまるで埃臭くない。窓辺には生花まであしらわれている。
花など詳しくはないが、白っぽいその小さな花弁は聖堂の外にも咲いていた気がする。小さな気遣いに心が和んだ。そして視線をそこからまた動かすと、部屋の隅に何やら調度品にほどよく混じって不思議なものがあるのに気付いた。
「何だコレ。棚か?」
外観としては街中のビルのエレベーターの隅にある非常用道具入れのような設置感。
質実剛健を体現した聖堂内の装いにあって、少しのっぺりというか、浮いて見える調度品に思えた。
『それは空調システムですな』
突然の声に体が硬直する。
いや、声らしい声は聴こえていない。まるで頭の中で喋っているような……
「だ、誰だ!?」
『おや、これは失礼。我らの事をご存じではないかと思い参じた次第ですが……窓辺に居ります』
慌てて窓辺を見る。そこには、
「さ、っきの……妖精?」
『はい、先ほどご紹介に与りました妖精族が族長、ホルミでございます。美味しいお料理を作っていただきありがとうございました。メルクとイルマも貴方の料理に感動しておりましたよ。里に持って帰りたいくらいだと』
先ほどのようにお辞儀をしながらの挨拶。口は殆ど動いていない。だがしっかりと言葉が理解出来た。
一体どういう仕組みかは解らないが、妖精とも会話出来るようになったという事なんだろうか。
『どうやら貴方はまだご自身の状態を把握されておられないようですな。しかし我ら妖精族に伝わる始祖たる方々の存在を貴方は口にされた。ですので、そのタブレットの一部をお渡ししたのです。貴方の位置情報を得る為ではありましたが』
ホルミが言う事はよくわからない。が、ふと想像した。
妖精の姿はどこか彼らに似ている―――つまり、彼らから妖精は生まれたのではないか?
荒唐無稽かもしれないが、ここがゲームの世界であるにしろ、そうでないにしろ、そういう考え方でしか納得が出来ない。
「ホルミ、さん……此処は一体どこなんだ。どうやったら元の場所に帰れる?」
『…………』
「頼む、教えてくれ」
彼なら知っているのではないかと思った。PSを先祖だと言う彼なら。勿論根拠などありはしなかった。
『残念ながら、現状で貴方の望む答えはご用意できません』
力が抜ける。フラフラと、寝台に座り込んでしまった。
わかっていたのに、自分でも意外だ。こんなにも、心細くなるなんて―――
『ですが、可能性を提示する事は出来ます』
妖精の言葉に、弱りかけていた心が息を吹き返す。
そして窓辺の妖精は続けた。
『そのタブレットの欠片が、貴方を導くでしょう』
一体この欠片が何を―――
疑問は口を開いた瞬間、響いたノックの音にはじけ飛んだ。
「はい!」
「お、ちゃんと居るな。ちょっといいか」
誰かが部屋を訪ねてきたようだ。窓辺を見ればホルミの姿は既に無い。
不安になりながらもドアを開けて訪問者を迎える事にした。
「よう、さっきは美味い飯を食わせてもらったぜ。ありがとうな」
訪問者は若い男だった。
口ぶりと身なりから、どうやら彼は聖堂の『守り』を任されていた人達の一人ではないかと感じる。
さっぱりとした金髪に精悍な顔立ち、体つきはいかにも武人で、テンプレな『騎士』を連想した。
いや、騎士にしては態度が砕けすぎだろうか。
「い、いえ。お口に合ったなら良かったです」
「かってぇな。歳も近そうだし話しやすいようにしてくれよ。ええと、カミヤ?だっけ?」
「は、あ、ああ神谷恭司だ。えっと恭司が名前で」
「ファミリーネームがカミヤね、なるほど。オレはクリス。クリストファー・クレイツだ。クリスで良い」
「え、ああ、わかった」
自己紹介しながらズンズンと部屋に入ってくる。そして慣れた手つきで椅子を回すと背もたれを抱くように腰掛けた。
「いや、ぶっちゃけお前さんの監視を頼まれてるんだけどよ。コソコソすんのはオレの性に合ってねぇっつーか。まぁ座れよカミヤ」
椅子はそれ一つなんだが……ああ、ベッドに座れって事か。
監視ってぶっちゃけすぎだろう、いいのかそれで。
「いやぁ、最初は怪しさしかねぇ男だなとか思ってたんだけどな、あんな美味いモン食わされたらどっちでも良くなるよなー。また作ってくれねぇか?」
俺が座るまでの間もめいっぱい男は話し掛けて来る。随分とおしゃべりな奴に目を付けられたものだ。
別段苦手と感じる事は無いが、このスピードでのコミュニケーションには自信が無い。加えて彼が名乗ったのは、たしかトーヤがこの聖堂の守りを任せた隊の隊長的な人物名ではなかったか。
けれど俺は男にどこか懐かしさから来る安堵を感じていた。ソフェルに来る前、普通に高校に通っていた頃のクラスメイトに、少しだけ似ていると思ったからだ。
「あんなので良ければ……監視って、俺に言って大丈夫なのか?」
「お前さんが本気で下手人なら、敵地でのんびり夕餉の支度なんぞするか?だとしたらどんだけ肝が据わってんだよとオレは感心するね」
カラカラと笑う。陽気な男だなぁと思った。
「ま、姫さんに何かするってんなら話は別だけどよ」
瞬時に周囲の空気が零下にでもなったかのような寒気に襲われた。
何だコレは。背を汗が伝うのがわかる。次の瞬間には自分の首がどこかへ吹き飛んでいるかのような、殺気……みたいなものか?
冗談だよ、と笑う男に得体のしれない恐怖を感じた事を知った。
「すまんすまん。見たところ本当にお前さん素人だな。試すような事して悪かったよ」
料理している間の手元も実はずっと見られていて、不審な動きがあれば斬って捨てられていたんだぜ――などと加えて言われてしまえば声も出ない。
バシバシと肩を叩かれるが、俺は抵抗も出来ずされるがままである。さっきのはマズかった。本気で背筋が凍り付いたと思ったし、もう少し持ち直すのが遅れていたら下着が危うかった。口が裂けても言えないが。
「確か旅人なんだろう?詫びに何か、必要なものがあれば都合してやるよ。どうだ?」
「……驚かされて喉が渇いた」
「ははは!そうか、そうだな!」
クリスはテーブルにあった陶製の水差しを手に取り、中身が空であることを確認してから何事か呟いた。
水差しを持つ指に嵌められた指輪が微かに光ったような気がする。そして「ほいよ」と無造作に差し出され覗き込んだ陶器の中には、なみなみと湛えられた水面に映る、間の抜けた俺の顔。
「汲みに行く手間が省けたろ」
二カッと笑ったその顔は、いたずらが成功した悪ガキのそれだった。
タイトルは作者の心の叫びかもしれない。




