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ミネルヴァの憂鬱  作者: 杉紙
13/18

13話 いらっしゃいませ

おひさしぶりです。

 見ず知らずの場所で出会った女性に部屋へ案内され、まず脳裏をよぎったのは、暖かなランプの色と石の壁のコントラスト。

 ついこの間まで、週末に通っていたバイト先の喫茶店だった。




「恭司くん、2番テーブルのお客様にお願い」


「わかりましたマスター」


 カウンターの向こうから、亜麻色の柔らかな髪に縁取られた柔和な笑みを見せる男性。

 周囲は畑だらけで家も数えるほどの片田舎において、喫茶店を長いこと続けているという――ご近所では謎が謎を呼んで半ば妖怪扱いされている――桐崎潤也という年齢不詳な美丈夫だ。

 店主である彼の人柄のおかげか料理のおかげか、この店には客が途絶えず、さりとて立地的に流行るわけでもなく、穏やかな時間が過ごせるとあって定期的に訪れる固定客も多かった。


 俺はマスターから、色鮮やかなタルトや芳醇な香りを立ち上らせるコーヒーを乗せた盆を受け取った。

 飲み物がこぼれぬよう細心の注意を払いつつ、しかしスピードは落とさずにメニューを待つお客さんの席へたどり着く。俺が近付くのに気付いたらしい女学生のお客さん達は顔を上げ、テーブルの上にあったお冷や携帯電話などを隅へ避けてくれた。

 マスターの力作をこぼさぬよう、それらを慎重にカフェテーブルに並べる。


「お待たせしました。……ご注文のお品は以上でよろしかったですか」


「はいっ、えっと、大丈夫です」


 俺はあまり笑顔が得意ではない。友人には、たまにはちゃんと笑えていると言われるが実感は無い。こういう愛想笑いのようなものは感覚が掴めない。結果的には変に力むより通常通りの顔で居た方が良いと判断してしまい、こうしてお客さんに引かれたりしているわけで。


「恭司くん、こないだの笑顔の練習では散々だったものねぇ」


「マスター……」


 それはあまり言わないでほしい。それなりに落ち込んだりもしたのだ。それなりに。

 とある週末の昼下がり、マスターの悪ノリ(あえてこう表現する)によって開催された『第○○回笑顔セミナー』にて表情筋を酷使された俺は、その後数日にわたって相当酷い顔を晒したらしい。

 いつもサンドイッチを注文する近所のおばさんには笑われた後に慰められた。笑うか慰めるかどちらかにしてほしかった。


 休憩時間になるとマスターは手ずからコーヒーを淹れてくれた。

 店に通い始めた当時はまだ小学生だったから、コーヒーを飲ませてくれるようになったのは最近だ。

 あの頃に淹れてくれた9割がミルクのコーヒー風味牛乳も懐かしいが、今こうして一緒に飲めるブラックコーヒーが嬉しい。


「そういう表情、僕は良いと思うけどな」


 不意に言われて、自分がコーヒーを飲みながらしていた表情を検分した。

 どういう表情だろうか。

 自分の顔を触る俺を見て面白かったのか、カウンターでマスターが優しく微笑んだ。



 ―――どう頑張っても俺は、ああいう風に笑える気がしない。










 自然光を取り入れた石造りの室内は、その淡い光に仄かに浮かび上がるようで、郷愁のようにその光景を思い出した。


 ソフェル開発スタッフ渾身の一作である仮想現実(VR)ゲームにログインと同時にリアリティー溢れすぎるこの場所へ放り出され、最初に会ったドレスの女性――名をアビゲイル・ヴァッリーニと言った――は、聞く限りではこの建物、聖堂を管理している責任者という事だった。


 近くには大きくはないが町があり、定期的に人々は祈りの場として聖堂を利用しているらしい。

 祈りの場ということは、やっぱり何らかの宗教団体という事なんだろうが、今まで学校の授業などで見聞きしてきたどの宗教とも違う気がする。シンボルマークも覚えが無い。

 祈るなら相手は神様だと思うのだが、一体どんな神を崇めているのだろう。


 外だったり旧だったりしなければ良いのだが……さておき。



 出会って最初は彼女が何を言っているが全く聞き取れずにいたが、幾度か発する音を聴く内に不思議な感覚に陥った。


 まるで虫食いだらけの字幕を、頭の後ろで見ているかのような。


 そうこうする内にも不明な言葉が出る度に虫食いは少しずつ消えていき、大よそ全てであろう言葉を聞き取れるようになったのがつい先ほどだ。


 言語に関しては何かゲーム内のシステム設定的なものなのかもしれないが、そもそもここが目的のゲーム世界なのかどうかも怪しいものだから、今居るのが現実なのか虚構なのかも判別出来ない。全くの情報不足。


 今まで生きてきてゲームに触れた事自体、数少ない友人の家で、たまに一緒にプレイさせてもらった程度の知識しか無いから断言は出来ないが、普通にこれがゲームのチュートリアル的な何かだと言うなら確かに導入にありがちなご都合展開に見える。が、音声でナビゲートをしてくれる筈のエレノアさんと話が出来ない時点で異常事態と見るべきだ。ここで人に出会う事が、果たして良い事かどうかはわからない。

 

 そんな具合で、確認しなければならない事は山積みだ。――しかし。


(せっかく男に戻ったのだし、良いか)


 鼻を抜ける芳醇な紅茶の香りを楽しみながら、俺は少々甘い事を考えていた。


 


「そのような顔をしていただけるなんて、淹れた甲斐があるというものです」


「ご、ごちそうさまです」


 茶を淹れてくれた女性――ヴァッリーニさんが微笑む。俺は思わず自分の顔に手を当てていた。

 どういう表情だろうか。


 気を取り直して室内を見渡せば、旧い教会のような外壁の重厚さに相応しく調度品もどことなく豪華絢爛というよりは質素、質実剛健を思わせる内装だと感じた。彼女の服装も建物の雰囲気によく合う、多少時代錯誤かもしれないが落ち着いた色調のドレスだ。

 ああいう色合いの青を何と言うのだったか。どこかで読んだ本にセレステブルーというものがあった気がする。至高の天空とかそんな意味合いの。


 末広がりの長い空色のスカートが、ポットを持って動き回る彼女の足もとをすっぽりと覆い隠している。


 ついでに彼女が動き回る度、紅茶とは違う仄かに良い匂いがした気がした。

 甘い、けれど覚えの無い香り。―――女性の香り。

 それを意識した瞬間、急激に恥ずかしい思いがこみ上げて慌ててカップに残っていた紅茶を飲み干した。

 少し熱かった。慌てるな表情には出ていない筈だ多分。


 ティーカップの意匠は繊細で、バイト先の喫茶店でもたまにこういう茶器に紅茶を淹れていたな……などとふと懐かしくなる。文明レベル的にはそこまで差が無いように思うが、場所が場所だけに判別は難しそうだ。

 

 あまりおもてなしに相応しいものでもないのだけれど、と焼き菓子を出してくれるアビゲイルさん。

 ついでに空になったカップにお茶を注いでくれる。その俯き加減の表情が意外と近く感じてしまってむずがゆい。色素が薄いのかドレスの色を映すように明るい色味の頭髪が、お茶を注ぐ動きに合わせてゆったりと揺れた。


「お口に合うと良いのだけれど」


「美味しいです。……俺が働いてた、故郷の喫茶店を思い出します」


 マスター得意の焼き菓子。プレーンのクッキーが一番のお気に入りだった。


「カミヤさん……と仰いましたよね。どちらからいらしたの?」


 さて、彼女の素朴(もっとも)な質問に対し、『ここってゲームの中なんですか?』という非常識な質問を返すのは少々、いやかなり悩む。


 そも彼女が人間であるのか、プログラムされたAIの類だったりするのかも判らないのだ。もし後者であれば、ここは紛れもなくゲームの中の世界で、見ているものは全て投影された偽物の世界ということになる。というかその方が確率が高いし納得出来る。


 開発室と連絡出来ないのも何かしらのバグだったりするかもしれない。

 つまり今頃は彼らの方でも事態の解決に向けて動いているかも知れないのだ。

 ただ、タイムスリップや転移という不測の事態である可能性も捨てきれない。ソフェルを知る前ならそんなものは空想世界のものだと一笑に付しただろうが、目の前に広がる現実は受け容れねばなるまい。

 さらには淹れてもらった茶の味と香り。ただのゲームで再現が可能かと言われれば断言は出来ない要素だ。

 もう少し情報を集める必要がある。


「ええと、恐らくここからは遠いと思います……」

 

「まぁ、そうでしたの……。ではここへはどのようなご用事で?

 ここは帝国の直轄領です。目的無く遠方からの訪問者が足を踏み入れられる土地でもありません」


 言葉を濁した俺に対し、佇まいを直した、厳かな問い。


 帝国、と来たか。与えられた情報だけで考えるなら、ここは厳重に管理された宗教上重要な土地で、俺はそこに突然紛れ込んだ不穏因子ということになる。

 遠方からの目的不詳な異邦人であれば、確かに警戒するだろう。何と説明すべきか……困った。


「すみません……気付いたらあの場所に居たんです。どうやって来たのかも俺には」


 ええ、本当にわかりませんからね……。

 苦し紛れだが素直にそう口にすれば、彼女は引き結んでいた口元を少し綻ばせた。


「まぁ、そのような事が」


「えっと、信じてもらえますか。自分でも怪しいと思うのですが」


「そうですね……けれど貴方からは何の害意も感じられませんでしたし。まずはお客様として遇するのが当然でしょう。どうぞ此処を我が家と思ってお寛ぎになって」


 

 ……彼女はどう見ても、決まりきった動きをするNPCノンプレイヤーキャラクターなんかじゃないし、ゲームを遊んでいるプレイヤーでもない。此処に根差して生きている意思ある人間だ。


 ここまでのリアリティーを何故追及したのかソフェルゲーム部門の皆さま。

 それとも、本当に此処は別の世界だとでも言うのか。



 頭を抱えたい気持ちでどこか遠くを仰ぎ見ていたその時、聖堂に扉の開く音が響いた。


「司教様」


 見れば年の頃は俺と同世代かそれより若そうな、優し気な面立ちの少年だった。

 大きな帽子に刺繍の施された仰々しく裾の長いローブを纏い、いかにもこの聖堂の関係者ですという出で立ちだ。

 うわぁ……第二村人発見だ。村というスケールじゃないかもしれないが。



「どうしましたトーヤ。今日の仕事は終えたの?」


「はい、務めについては滞りなく……しかし、お伝えしなければならないことが」


「伺いましょう」


「少し前に観測塔(クーポラ)で大規模な観測不可領域の出現を確認しました。何者かがこの聖地に足を踏み入れている可能性も………え?」


 焦りを隠すように、懸命にヴァッリーニさんに訴える瞳が俺を捉えて固まった。


「――――――!」


 おお、声には出さずにいるが滅茶苦茶驚いているな。


「司教様、来客があるというお話は伺っておりません。その者は一体」


「紹介が遅れましたね、彼は先ほどいらしたキョウジ・カミヤさんと仰る旅人さんです」


「ど、どうも……」


 恐る恐る手を挙げて声を掛けてみた。


 少年はなるべく平静を装っているように見えるが、目がどうにも鋭い。ギリギリと音が聴こえてきそうだ。有り体に言えば敵意が滲んでいる。


 完全に敵認定されている様子に、どうするか思案していると。


「トーヤ、控えなさい」


「――っ、司教様が仰るのならば」


 ヴァッリーニさんが宥めてくれた。

 正直どうしようか途方に暮れる寸前だったのでありがたい。というかヴァッリーニさん、何気にすごく偉い立場のひとなのだろうか。責任者って言ってたしな。

 

 全然知らない世界かと思ったけど、もしかして割と近い外国だったりするだろうか?

 しかし、先ほどヴァッリーニさんは帝国直轄の領地だとかいう事を口にしていた。地球上に帝国の名を冠した国家は存在はしたし、近代でも帝国と揶揄されるような国家や企業なんかはあった。が、正式名称として帝国を名乗る国家は無かった筈だ。イギリスは王国だっけか。

 その上言語も、(だいぶイタリアっぽいなとは感じたが)覚えの無い系統だった。何故か直ぐに意味が理解出来るようになったが。

 おまけに司教様、ときた。現実に女性が『司教』という役職に就けただろうか?

 世界史の授業やテレビの特集番組で聞きかじった事を断片的に思い出す。

 テストにも出た気がするのだがいまいちうろ覚えだ。帰ったら勉強し直そう……帰れたらだが。


「しかし司教様、私をお呼びいただければ小間使いのような真似をしていただかずとも宜しかったではないですか」


 ヴァッリーニさんが淹れてくれたお茶やお菓子が並べられた卓を目端に収め、暗に“なんで自分を呼ばなかった”という非難の色を声音に滲ませているような少年の声は、しかし懇願の色合いも多分に含まれているように感じた。

 上司だからという事は関係なく、本当に心から、彼女の事が心配なのだろう。


「私がしたくてしたことです。このような些事でトーヤの手を煩わせたくは無かったもの」


「そのようなお気遣い……私には不要です」


 ヴァッリーニさんの少年を気遣う言葉に、彼は仄かに赤面しているようだ。

 よっぽど慕っているのだろうなと、普段あまり空気の読めない俺でも想像して余りある。


「申し訳ない。トーヤさんだったか。俺は恭司という。

 たまたま、この辺りに迷い込んでしまって。困っていた所を助けていただいたんだ」


「……貴方が嘘を言っていなくとも、司教様に仇なす者でないという確証はありません」


 それはそうだが。そこまで頭ごなしに決めつけられると、あまり居心地がよろしくない。


「トーヤ、そこまでです。

 ごめんなさいね、カミヤさん……彼は時たま、心配性に過ぎる事がありまして」


 居心地はよろしくない――が、文化の違いとでも思って納得しておこう。

 叱りつけられて項垂れる彼の、上司を心配する気持ちは本物のようだし。


「しかし司教様、彼が現象(トラブル)の原因である可能性もあります」


 言い募るトーヤに思わず内心で同意してしまう。

 そう、タイミングとしては俺が原因であってもおかしくはない。

 しかし俺は何もしていないわけで。何故だ。


「そうですね……今回の現象は過去に類を見ないものです。それに彼はとても協力的ですし、可能性だけ考慮して保留とします。他に影響は。まず第一に気に掛けるべきは街の人々の安全でしょう?」


 彼女の言葉にトーヤがハッとした顔で上司であるヴァッリーニさんを仰ぐ。


「直ぐに確認に参ります。―――反体制派の工作の可能性も考えられます。最低限の守りは残して行きましょう」


 もう彼らが何を言っているのか理解が及ばない。

 反体制派(レジスタンス)?工作?ここはどこの中東だ。


「だとしたら、大変な事です。

 我々だけでなく、町の人々や、妖精たちに危険が迫っているということ――」



 ――んん? ヴァッリーニさん、いま何と?



観測塔(クーポラ)が使えない現在、帝都に連絡を取る手段はありません……」


 深刻な表情でトーヤが呻く。


「妖精との会合は明日の予定でしたが、これは予定を繰り上げるべきかと」


「そうですね……お呼びする準備を進めておきましょう」


「では、行って参ります。警護をクレイツ隊に任せますが、くれぐれもお気をつけくださいませ」


 くれぐれも、と言っている辺りでチラリとこちらを軽く睨みつけてきた。本当に心配性だな。

 そしてやっぱり妖精と言った。今度は(トーヤ)が。

 そんなファンタジーな生き物が居るのか……これでゲームでないとするなら本当にここは一体どこなんだろう。


 気が遠くなりかけた俺だが、気が付くとトーヤの傍らに何時の間にか3人の人物が立っていた。

 びっくりした。音もしなかったんだが。

 トーヤと似たような裾の長い、シンプルなローブっぽい上着を着ている。

 彼らは特に言葉を交わすでもなく、小柄な少年が足早に退出すると、やはり音も無く後について出て行った。あれが護衛ということだろうか。


 扉がゆっくりと閉まる。


 トーヤを見送る形で俺に背を向けていたヴァッリーニさんは、彼らの気配が去った辺りで不意に手を叩いた。可愛らしい音に思わず扉からヴァッリーニさんへ向き直る。


「さて、キョウジさん。申し訳ないのだけれどお手伝いしていただけないかしら。

 このような状況で、人手が足りないのです」


「え、いや、はい。俺で良ければ……一体何を?」


 突然の展開に驚きつつも何とか返答する。丸腰の俺に出来る事など限られていると思うが。


「先ほど、確か故郷では喫茶店で働いてらしたと仰いましたよね」


「はい、そうですけど……」


 徐に振り向いたヴァッリーニさんの、相変わらず閉じられた瞳から、何故か鋭い気配がした。


「お料理はお出来になるかしら」


「――――――はい?」






 斯くして俺は厨房に立っている。


 厨房を検分し食材の備蓄を確認したところ、書いてある文字は判別出来ないものの、見たところ馴染のある食材ばかりだとわかった。

 特に保存食は一見して判るものが在った。

 明るいきつね色の細長い棒の束。そう、パスタだ。平麺(フェットチーネ)もある。


 メイン食材が決まれば後は早かった。ソースにする為の食材を探す。

 玉ねぎに似た俵型の植物、縞模様が入ったキャベツのようなもの、魚肉の塩漬け。

 それと調味料はヴァッリーニさんに一つ一つ確認した。 

 有難いことに、見た目を大きく裏切る品はそれほど無さそうだ。


(名称が翻訳された後は同じ響きに修正されるのか)


 俵型の植物は「それはチポラーです」と聞こえた瞬間に例の字幕が切り替わり「玉ねぎ」となった。

 やはり聞こえてから翻訳するタイプのようだ。自分の頭がおかしくなったのでなければ良いが、現状においては助かる現象である。


 他、何種類かの野菜について特徴を訊きながらレシピを組み立てていく。

 と言っても調理出来るものは喫茶店バイトで習ったメニューに限られるのだが。

 幸運な事にこの世界?では台所設備がしっかりしているらしい。

 食材がよく冷えた状態で保存してある戸棚があった。冷蔵庫、というよりは本当に戸棚だ。電線が見当たらないのが気になるが。

 おまけに、古めかしい外観を裏切るように、綺麗な水を引いているらしい蛇口まで。

 コンロに至ってはデザインこそ素朴だが、機能は普段使うガスコンロと大差ない。


「パスタとスープ、付け合わせは紫キャベツをメインにしたサラダ……なら出来そうです」


「まぁ、あっという間に思いついてしまうのですね」


 すごいわ、と手を合わせて微笑むヴァッリーニさん。

 間に合わせ家庭料理レシピだが大丈夫か。


現在(いま)厨房担当の方は買い出しに出掛けていて、帰りも遅い予定だったので助かります」


 現在時刻が何時なのかはわからないが、明るく未だ日が落ちる気配も無い。外に居た時に足元に落ちた影を考えても正午に近いのではないかとアタリを付けた。

 これが昼食……ということなのだろうか。


 厨房担当者には付き添い兼護衛が1人付いていて、護衛残り3人が現在ヴァッリーニさんの居る聖堂を守る為に待機しているらしい。

 という事は、全員分作るなら10人前だ。来客と、余剰(おかわり)を考えて12~13人前程度を目安にするか……。家で自分と父親の分だけを作っていた時と比べると、なんだか給食センターに就職したみたいだ。


「家庭料理の範疇を出ませんが……俺で役に立てるのでしたら」


「言葉といい、料理といい、貴方は本当に不思議な方ですね……」


「え」


 不意に掛けられた言葉の真意を測りかねて、返答に詰まってしまった。

 何か不作法をしただろうか。

 解る範囲で厨房を検分し、両手で何とか抱えられる程度の大鍋を探し当てた俺は、パスタを茹でるための湯を準備している所だった。さすがに水量がすごいので時間が掛かる。


「いえ、悪い意味では無いのですよ。

 ただ、貴方の驚き方と順応の早さ……これは想像なのですが貴方が居たのは、この世界とは似て非なる場所だったのではないですか?」


「……………」


 つまり。

 俺に手伝いを頼んだのは、動向を観察して正体を探る為だったのか?


「私が貴方を疑って探りを入れていたのではないか、などと思われているのでしたら、違いますよ。

 この通り、私は目が不自由ですから、誰かに頼まなければ凝ったお料理は出来ないのです」


 目を確かに閉じてはいるが、彼女はお茶を淹れたり、皿を運んだり、障害物に当たることも無くスムーズに動き回っていたはずだ。微かに見えている、というレベルでは説明がつかない。


 二の句を継げずにいると、ヴァッリーニさんは少し雰囲気を和らげて笑いかけてきた。


「貴方のように『迷い込む』方は稀に居ると聞き及んでいますわ。貴方がどこからいらしたにせよ、大精霊の導きあってのことでしょう。改めて、歓迎いたしますカミヤさん」



 そう微笑んだ彼女に、俺はいつか見た優しい人の笑顔を思い出した。




大変、ゆっくりお送りしております……とりあえず3話分くらい出来てるので、後日に次話を(もう一度推敲して)投稿したいと思っております<(_ _)>投稿した分も、もしかしたらまた手直しするかも。

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