12話 未知なる世界
ミッドナイトなドライブを経て辿り着いたゲーム会社にて、濃ゆい面々と対峙した俺こと神谷恭司――いや、きよか……であるが、果たして無事にこの人外魔境を脱する事が出来るのだろうか。
ちなみにミッドナイトと言ってはいるが、時間経過的には夕飯前という事も付け足しておく。
「さて、それじゃあ検査を始めますので、とりあえずそこに座って楽にして」
「……わかりました。よろしくお願いします」
トーマと呼ばれた若い男が示すのは、部屋の片隅に並べられた複数のカプセル状のもの。
中には座り心地の良さそうなソファのような椅子があり、形状は複雑な形をしてはいるが、リクライニング出来るデッキチェアのよう。
恐る恐る中に入って座るが、見た目通り座り心地は悪くない。むしろ良い。
柔らかすぎず硬すぎず、しっかりしたホールド力。
以前バイクを買った時に店で乗せてもらったスポーツカーのフルバケットシートのようだ。いや、リクライニング出来るならセミバケットか。
そんな事をぼんやり考えている内に準備が整ったらしい。
「キヨカ、段階的に進めていくけれど違和感や不調を感じたら直ぐに言ってくれ」
アンドレ―さんがまるで医者の様に安心させるための口調で話し掛けて来る。
「どんな検査なんですか?」
「簡単に言うと病院でやっているMRIのようなものだよ。さっき書いてもらった質問票にあったと思うが、手術等で体内にペースメーカー等の金属が入っていないかどうか。これは正確に書いてもらわないと危ないんだ」
まるでというか、とても医療的なお話だった。
「はい、大丈夫だと思います。けど、ゲームなのに随分と大掛かりなんですね」
実際はこの体が生まれて(?)数日だ。分からない事はまだまだあるが、とりあえず体内に金属が入ってるなんて事は無い筈。恐らく。たぶん。
「ハハハ、まぁね。一般のユーザー向けには簡易版を準備しているけど、キヨカにやってもらう事はゲームしてもらう以外にもあるからね」
もちろん、この適性検査を通ったらだけど。
そう付け加えたアンドレ―さんは、部下たちに指示を飛ばし始めた。
機械が静かに震える音。さざ波の様にその音は近づいてくるようで、しかし恐怖や不安は感じなかった。
「あの」
「ん?どうかした?」
「目とかは瞑っていた方が良いのでしょうか?」
不意に浮かんだ疑問をそのまま投げてみた。
横で何やら機械を操作していたトーマさんが、それを聴いてか吹き出した。
「なかなか大物ッスね、彼女」
「ふっ、ふふっ、ああ、目は閉じていても開いていても良いよ」
彼女呼ばわりにちょっと居心地悪くなるも、まぁコレ付いてるしなぁ……と胸元を見下ろす。
そうだ、何だかんだと馴染んてしまっている気がするが、俺は男なのだ。
元の性別に戻る手段を探そうにも分からない事だらけでは進まない。
けれど、ゲームの中でくらいは、戻っても良いのではないか?
――非現実世界でなら、好きなキャラクターを作って操作しても良いのでは?
結果から言うと適性はクリアした。
スタッフの皆さんの話の受け売りだが、検査と同時に各種スキャンを行い、アバターとの同期も済んだらしい。
あとはゲームを始めてみて、微調整を行うとのこと。
「さて、ちょっと遅くなってしまったね。今は本社で寝泊まりしてるって聞いてるから、送っていくよ」
「え、あの、もうキャラクター作成とかは終わっているんですか?」
さー皆帰ろうかーなんて言い出すアンドレ―さんに思わず問いかける。
「うん。操作感を見る為に、あまり現実とのギャップは大きくない方が良いんだ」
うーむ……これはちょっと残念かもしれない。欲を言えば自分で弄ってみたかったし。
まぁこの街に置いてもらう対価としての労働だ。あまり文句を言うのも憚られる。
「まぁ期待してくれていたのは分かるし。楽しみにしてくれたなら嬉しいよ」
「主任、ちょっとイントロだけでもやらせてあげましょうよ」
む? さきほど吹き出していたトーマさんがアンドレ―さんに声を掛けた。
ちらと名札が見えたが、藤間さんと言うのか。
「気持ちは同じだがトーマ、夕飯が遅くなるぞ?」
「服務規定に反する就業時間超過は認められませんよ」
困り顔のアンドレ―さんに並んで、帰り支度を進めていた眼鏡の男性が淡々と返す。
「ちょっとだって。ゲームの内容を知っていてもらった方が次回進めやすいだろ?キヨカもやりたそうだし」
ちらとこちらを見て笑みを深める藤間氏。
俺はそんなに解り易い顔をしていただろうか。
そりゃ未知の領域への好奇心が無いと言ったら嘘になる。けれど明日はさくらさんとも約束しているから遅くなるのも問題な気も……いやしかし。
「残業が嫌なら先に帰っていいぜサトリ。嫁さんの飯を食いっぱぐれたく無いもんな」
「………………」
挑戦的に言い放つ藤間氏と対照的に、サトリと呼ばれた男性は落ち着き払って何やら一瞬考えるそぶりをし、
「そうですね、そうさせてもらいます」
悠然と荷物を手に部屋を出て行った。ちゃんとアンドレ―さんには「お疲れ様です。お先に失礼します」と丁寧に挨拶して。
「……なんかすごい人ですね」
思わず口に出た言葉にトーマさんはまた吹き出していた。
「あいつはアレで良いんだよ。規則厳守厨だし頑固極まりないが仕事はちゃんとこなす」
さっきは喧嘩腰に見えたけど、もしかしたらアレで普段のやりとりの範疇だったのかもしれない。
しかも既婚者ときた。どんな奥さんなのかちょっと気になるがこの場は置いておこう。
やはりサトリさんも日本人なのだろうか。ここの空間がカオス過ぎて気にならなかったが、佐鳥とかそういう字なのかもしれない。
「それで主任」
「うーん、キヨカがやりたいって言うなら少しは大丈夫だけどさ」
降って湧いた機会に、俺は思わず身を乗り出していた。
「っ、本当ですか。あの、よろしくお願いします」
瞬間、周囲の人間が「お」という顔で固まった。
?何か俺の顔に付いているのだろうか。
少し迷ったが好奇心に勝てなかったのは事実。もしかして迷惑だったか?
「キヨカ……さっきまでは妙に大人びてる子だなと思ってたけど、ちゃんと子供らしい面もあるんだねぇ」
……そんな縁側のじいさんみたいにしみじみ言われても。
「―――それじゃ準備は良い?アナウンスが入ってから導入が始まるから、力は抜いてリラックスしてね。
あとゲーム内での通信は私が担当するから、よろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますエレノアさん」
包容力ある座席に身を任せ、耳を打つ落ち着いた女性の声音に息を吐く。
エレノアさんはオペレーターとして、ダイブ後の俺とのやり取りを受け持つとのこと。
頭部に装着した機械は、昨今見かけるARヘッドギアと比べてかなりスマートなデザインと重さだ。
これなら長時間付けていても痛くなったりすることはないだろう。
「始める前にもう一度念を押しておくけれど、我々が開発したこのゲームはゲームであってもただの娯楽ではない。我々開発陣はもちろん、本社もこのプロジェクトに心血を注いでいる。だからキヨカのその目で見て確かめてほしい」
「……」
アンドレ―さんの真剣な表情に気圧されて言葉が出なかったが、俺は何とか一つ頷いて見せた。
途端に格好を崩した彼の表情はとても穏やかで、最初の印象と同じおおらかさに安堵した。
「まぁ、ちょっと難しい事言ったけど、あまり気負わずに楽しんでくれれば一番うれしいよ。
それじゃ、起動」
期待が最高潮に達した頃、そんな一言でゲームは開始された。
視界がゆっくりと闇に沈み、眠りに引き込まれるような感覚に戸惑う。
もちろん明確に眠気を感じたわけではない。少なくとも主観ではしっかりと覚醒しているつもりだ。
<システムチェック、オールグリーン。シナリオデコード、クリア。イントロダクション、スタート>
真っ暗な視界に光が現れる。
それは最初ゆっくり宙を泳いでいたが、アナウンスの声に合わせて形や速度を変えながら数を増やしていき、その度に世界は明るさを増していった。
徐々に世界が形作られていく。
いつの間にか、寝ていたと思っていた体はしっかりと大地を踏みしめて立っており、色付いていく世界が天と地を分けて行く。
開闢の瞬間を俺は呆然と見ていた。
あっという間に、周囲には緑豊かな大地と、整えられた庭に囲まれた大きな建造物が姿を現していた。まるで西洋の城のように堅牢で華やかなそれは、確証は無いが推察するに『教会』や『聖堂』と呼ばれるものではないだろうか。
見上げる視線から首を巡らせて周囲を観察してみると、庭もどことなく英国風というか、テレビで見掛けたガーデニング番組を思い出す。
ご丁寧に、小鳥の囀りまでが耳朶を打つ。
優しくそよぐ風に、草花が小首を傾げるように揺れていた。
作り物の世界の筈なのに、鮮やかに広がっていくそれはまるで本当に目の前にあるようで、無意識に肩が強張っていた。怖いのだろうか、俺は。
―――こんな圧倒的な存在感が、バーチャルだって?
「あ」
声が漏れる。同時に違和感。いや、慣れ親しんだ感覚が戻った、と言うべきか。
「え……?」
反射的に両手を掲げ見る。それは確かに―――男の手だ。
「も、もしかして……戻って」
みっともなく喉が震えた。思っていた以上に、女性の身体になった事が不安だったようだ。不安にならない人間が居るとすればその方が驚きではあるが。
思わず鏡を探すが、所持品ってどこだ?
身体をまさぐる。服は着ていたが見たことのないデザインの服だ。ポケットの場所すらわからない。
ゲームならメニュー画面とかで色々確認出来るんじゃなかったっけ?
「あの、エレノアさん?」
通信機らしいものも見当たらないので、恐る恐る声を上げてみる。
―――返答は、無い。
「え、エレノアさん?聞こえますか!?」
何だ。何か起こったのだろうか。システムのバグか?
俄かに湧き出る焦燥感。どうしたら―――
「―――□□、□□□□□□」
鈴を転がすような、少女の声がした。
地獄に仏とはこの事か―――そんな心地で振り返る。
しかしその場違いな存在は強烈な違和感として網膜に焼き付いた。
城の前に、ドレスを着た少女がひとり。
青い空をそのまま人にしたような少女だった。行儀よくスカートの裾を抓んでお辞儀をする姿を見て、まるでどこぞの貴族か姫かというオーラに怯んで言葉に詰まる。
「□□□□□□?」
「あ……いや」
どうしよう、よく聴いたら何を喋っているのかまるでわからない…!!
「□□□□□□……?」
「す、すみません、ええと言葉がわからなくて」
「□□□□…、あなたは、どこからいらしたの?」
動揺のまま、可憐な唇に視線が吸い寄せられる。今、唐突に意味が理解できた。
どういうことだろう……まるで頭蓋の後ろから字幕を眺めているような違和感。
少女の話す言葉は、確かに今まで聞いたことが無い言語で間違い無いだろう。
学校で習っていたのは英語だけだったが、父に付き合って見ていた洋画(主にアクション)では、色々な言語を聴く機会があった。ついでに思い出すと、父は数か国語を話していた気がする。趣味で覚えたらしい。
「あー、ええと、俺の話している事、わかりますか?」
「……ええ、先ほどはまるで解らなかったけれど、今は。不思議ですね。何をなさったの?」
それが俺にもよくわからんのです……
苦笑いしていると、目を閉じたままで少女は微笑んだ。
その微笑みにわけもなくドキリとする。
閉じられた瞳が、全てを見通しているかのような錯覚を覚えた。
「何か事情がおありのようですね?宜しければお話を伺いましょう。
迷い子に手を差し伸べ光をもたらす事も、私にとって大切な使命です」
俺を先導して歩く姿からは、何の迷いも気負いも感じられない。
――悪い人では無い、だろう。
もしかしたらこれも導入イベントの類なのかもしれない。ここでチュートリアル的に会話やアクションの説明などが入るのかもしれないし。
慌てても何も解決しないだろうからな。ここは腹を括ろう……。
意を決して少女に倣い建物へと向かう。
風が少しだけ巻いて、緑の濃い香りと鳥たちのざわめきが俺を包んだ。
さくらさんとの待ち合わせには果たして間に合うのか―――待て次回。




