第3話:開幕の咆哮とベルーナの陣
3月下旬の埼玉県所沢市。満員札止めとなったベルーナドームは、ペナントレース開幕を待ちわびるファンたちの熱気で沸き返っていた。色鮮やかなチームカラーのフラッグが揺れ動き、球場全体が巨大な生き物のようにうねっている。
バックネット裏に設けられた実況席では、開幕戦の解説を務める2人のレジェンドが、マイクに向かって熱い視線をグラウンドに注いていた。
「いよいよ始まりましたね、2027年ペナントレース開幕戦! 今年の春、短期決戦『ドリームチャンピオンシリーズ』で日本代表『荒武者ジャパン』を世界一へと導いた熱気も冷めやらぬ中、今日の開幕マウンドには、なんと二刀流の『荒武者』こと銭形豹馬が上がりますよ、松永さん!」
元ジャガース監督でトリプルスリーを達成した松江嘉寿夫が、興奮気味に隣の席へ振る。
「ああ。しかも驚くべきは、豹馬が『1番・DH兼投手』という完全な二刀流でスタメンに名を連ねている点だ。相手アリックス・バファローズの先発・須谷龍平も若手の好左腕だが、初戦からこの奇策……西方監督の采配も冴えわたっているし、何より豹馬自身の『自分が試合を決めてやる』という気概の表れだな」
元ジャガースの投手であり「平成の怪物」と呼ばれた松永大輔が頷きながら、手元のスタメン表に目を走らせた。
先攻・アリックス・バファローズのスタメンは、
1番(左)西河龍馬
2番(二)大賀椋
3番(一)達摩厳
4番(三)達摩豪
5番(指)盛友哉
6番(遊)紅弘太郎
7番(右)喜田涼斗
8番(捕)若武健矢
9番(中)米谷祐介
先発投手:須谷龍平
と言う布陣。
対する後攻・埼玉ジャガースは、
1番(指)銭形豹馬
2番(遊)猿飛英恵
3番(右)長谷山信也
4番(一)テーラー・ナビン
5番(左)ロイ
6番(捕)香島太雅
7番(三)渡鍋聖弥
8番(二)滝川夏央
9番(中)西河愛弥
先発投手:銭形豹馬
というオーダーである。
「プレイボール!」
球審の威勢の良いコールとともに、ペナントレースの火蓋が切って落とされた。
マウンド上に立つ背番号24・銭形豹馬は、いつもの剃り込みを入れた角刈りを揺らし、不敵な笑みを浮かべてキャッチャー・香島太雅のサインにうなずいた。
バファローズの先頭打者は、1番の西河龍馬。巧みなバットコントロールを誇る好打者だ。
「さあ、初球だ!」
豹馬の体が独特のサイドスローの軌道を描き、腕がしなる。放たれた白球は、ベース盤手前で鋭く外角へ逃げるように曲がりながらミットへ突き刺さった。
「ストライク!」
「ほう……初球からあの『銭形ツーシーム』ですか。キレが一段と増していますね」
実況席の松江が目を見張る。
西河も負けじと食らいつき、カウント2-2からの5球目、内角のストレートを綺麗に弾き返した。打球は鋭く三遊間を抜ける――かに見えた。
「そこだっ!」
だが、ショートの位置から驚異的な反応で飛び出したのは、背番号087・猿飛英恵だった。
まるで忍者のような身のこなしで球に飛びつき、素早く体勢を立て直して一塁へ矢のような送球。間一髪、アウト!
ドーム中に沸き起こる大歓声の中、豹馬はマウンド上でグラブを叩いて従妹を称えた。
続く2番の大賀も遊ゴロに打ち取ると、迎えるは3番・一塁手の達摩厳。
「ガハハ、来たぜ豹馬! 世界大会の借りは、このペナントの初っ端で返させてもらうで!」
兄・厳が鋭い眼光を光らせて打席のボックスに深く踏み込む。
一触即発の緊迫感の中、豹馬はふっと鼻を鳴らし、打席の厳に向かってべらんめえ口調で言い放った。
「生憎だな、厳兄! 世界大会で散々やり合ったんだ、あんたらの癖は丸見えってんだよ! 行くぜ!」
豹馬の右腕から放たれたのは、高速スイーパー――「ジャガーボール」だった。
外角低めから猛烈な勢いで曲がりながら沈む魔球に、厳のバットが豪快に空を切る。
「空振り三振! 打ち取ったぁ、豹馬が初回を三人でピシャリと抑えてみせた!」
ベンチに控える4番の達摩豪が悔しそうに舌打ちするのを尻目に、豹馬は悠々とベンチへと引き上げていった。
そして迎える1回裏、ジャガースの攻撃。
スコアボードに「1番・DH」として自分の名前を確認した豹馬は、マウンドの興奮冷めやらぬまま、ヘルメットをかぶってネクストバッターズ・クルークルから打席へと歩み出た。
「さあ、二刀流・銭形豹馬の第1打席です! 相手投手はバファローズの若き左腕・須谷龍平!」
バファローズのバッテリーは、警戒心から外角中心の配球で攻めてくる。
だが、山形の居合道場を営む祖父・甚内から授かったバッティングのヒントと、長嶋茂雄をリスペクトする非凡な打撃センスを持つ豹馬の集中力は研ぎ澄まされていた。
カウント1-1からの3球目。須谷が投じた外角高めのストレートを、豹馬は逃さなかった。
「おりゃああっ!」
気合いの入った掛け声とともに、豹馬のバットが鋭い風を切る。
快音とともに捉えた打球は、ライト線を大きく破る痛烈なライナーとなって外野フェンスへと転がっていった。
「打ったぁ! ライト線の当たりはツーベースヒット! なんと自らのバットでチャンスメイク、二刀流・銭形豹馬が初回からやってのけた!」
一塁ベースを蹴って悠々と二塁上でガッツポーズを作る豹馬を見て、ベンチのロイが満面の笑みで腕を組み、次打者の英恵も闘志を燃やすようにバットを構え直した。
ペナントレースという長く険しい「野球街道」の幕開け。
荒武者たちの熱いドラマが、ベルーナドームの芝生の上に力強く刻み込まれようとしていた。




