第2話:出陣の気勢と親心咲く茶の間
神田明神での勝運祈願を終えて間もなく、開幕の足音は刻一刻と迫っていた。
都内・神田にある銭形家の居間には、爽やかな春の陽光が差し込んでいる。長机の上には、湯気を立てるお茶と、和菓子がずらりと並べられていた。
「いやあ、恵子さん、恭子さん! いつもお邪魔してすんまへんなあ!」
豪快な関西弁で茶の間を震わせたのは、元大阪の柔道場主で、現在は警察署の柔道指導員を務める巨漢・達摩雷蔵である。隣には、豊満な体格で和やかに微笑む妻の玉緒が座っていた。
「ほんまですよ。いつも急にお邪魔してしもうて……。うちの厳と豪が、いつも豹馬くんや英恵ちゃんにご迷惑かけてへんか心配で」
「あらあら、雷蔵さんに玉緒さん、気になさらないでくださいな。厳ちゃんも豪ちゃんも、うちの豹馬や英恵にとっては掛け替えのないライバルであり、大切なお友達なんですもの」
銭形家の母・恵子が天女のような笑みを浮かべてお茶を注ぐ。その隣では、双子の妹である猿飛恭子と、その夫で「猿飛忍者道場」の師範・佐吉郎が座っていた。
「そうですよ! DWAとの世界大会でも、厳ちゃんと豪ちゃんの打撃は本当にお見事でしたわ! うちの英恵も『達摩の兄ちゃんたちのパワーは世界一だ』って尊敬していますのよ」
恭子が快活に笑うと、無口な佐吉郎も静かに頷いた。
「うむ……あやつらのバットの振りには、迷いがない。良い拳法家や武道家と同じ筋が通っておる」
「ガハハ! 忍術の師範にそう言ってもらえると、父親冥利に尽きますわ!」
雷蔵は膝を叩いて喜んだが、すぐに少し顔を曇らせてお茶をすすった。
「……しかし恵子さん。ペナントレースっちゅうのは、短期決戦とはまた違う長丁場ですさかいな。うちの息子ら、銭形のアニキ(平馬)が亡くなった後、豹馬くんがどれだけの覚悟でプロに入ったか知っとる分、グラウンドに立つと意地でも負けられんとお互いムキになってしまうんですわ」
「ええ……」
恵子はふと目を優しく細め、亡き夫・平馬の遺影に視線を遣った。
「あの子たち、みんなプロの世界で一生懸命に自分の道を走っていますわ。厳ちゃんも豪ちゃんも、豹馬も英恵も……そして、新しく帰ってきた朗威も。親としては、怪我なく無事に1年間を戦い抜いてくれること、ただそれだけを祈るばかりです」
「ほんまに、その通りですなあ……」
玉緒がしみじみと頷き、銭形家の茶の間には、子どもたちの未来を温かく見守る親たちの深い情愛と笑顔が満ちていた。
――時を同じくして、埼玉県所沢市。
埼玉ジャガースの本拠地・ベルーナドームのロッカールームおよびベンチ裏は、息をのむような緊迫感に包まれていた。
色鮮やかなジャガースのユニフォームに身を包んだ選手たちがずらりと整列している。
背番号24を背負う二刀流・銭形豹馬、くノ一守備の紅一点・猿飛英恵、そして新戦力の巨漢スラッガー・ロイ。
さらに、先輩エースの髙橋空多、平良快馬、左腕の炭野千弘、武中夏輝、クローザーの海津央、打てる捕手の香島太雅、そして名手の権田壮介や滝川夏央――。そうそうたる顔ぶれが、真っ直ぐな視線を一点に注いでいた。
彼らの正面に立つのは、背番号74――当チームを率いる指揮官、西方文哉監督である。
現役時代、二軍監督時代から豹馬たち叩き上げの選手を温かく、時に厳しく育て上げてきた智将は、ゆっくりと腕を組み、静かに、しかし腹の底に響く声で語り始めた。
「……いよいよ、あさってから2027年のペナントレースが開幕する」
ロッカールームの空気が、ピシッと張り詰める。
「まずは、先のドリームチャンピオンシリーズ……お疲れ様だった。我がチームから出場した豹馬、英恵、平良、滝川、そして荒武者ジャパンの選手たちの健闘は実に素晴らしかった。世界一の称号を手にしたことは、誇っていい」
西方は一度言葉を切り、鋭い眼光で選手一人ひとりの顔を見渡した。
「だが――世界の頂点を極めたからといって、このペナントレースが1ミリでも易しくなると思うなよ」
その一言に、豹馬の目つきが変わった。
「他球団は今、世界を制した我々埼玉ジャガースを徹底的に研究し、引きずり下ろそうと死に物狂いで向かってくる。バファローズの達摩兄弟、イーグルスの伊達、ホークスのムーンストーン兄妹……それだけじゃない。ファイターズやマーリンズにも、恐ろしい新星が牙を研いで待っている」
西方監督は歩みを進め、豹馬の目の前で足を止めた。
「豹馬」
「……はいっ!」
「今年、お前に背負わせる背番号『24』は……かつてこの球団の歴史において、不滅の鉄腕と称された稲田和久(モデル:稲尾和久)さんの永久欠番だ。特例としてこの番号を託した意味、分かっているな?」
「へいっ! 言うまでもねえです! 先発ローテの柱として、どんな死球も跨いで投げ抜いてみせます!」
「よし。……そしてロイ、英恵」
「「はい!」」
「ロイ、お前のフルスイングはチームの新たな破壊力だ。変化球への対応に課題はあるが、お前のパワーを誰もが頼りにしている。英恵、お前の俊足と神速の守備はチームの命線だ。権田や滝川としっかり盤石の二遊間を築け」
「任せてください、監督!」
英恵がハキハキと応えると、ロイも力強く頷いた。
西方は全員に向き直り、力強く拳を握りしめた。
「143試合の長い戦いだ。調子の良い時もあれば、苦しい時期も必ず来る。だが、我々は埼玉ジャガースだ! 泥臭く、泥にまみれ、お互いをカバーし合いながら、一番高い場所へ駆け上がるぞ! 全員でパ・リーグ連覇、そして日本一を掴み取るぞ!!」
『――オーッ!!』
ベンチ裏に地鳴りのような勝ちどきが轟いた。
銭形豹馬、猿飛英恵、ロイ。そしてジャガースの猛者たち。
それぞれの胸に激しい闘志の火が点り、栄光と試練のペナントレースへ向けて、荒武者たちの出陣の刻が満ちようとしていた。




