第37話:揺れる進路、海を渡る決意の夜
日本シリーズの激闘と、世界を舞台にした「荒武者ジャパン」の全勝優勝――。熱かったシーズンが静かに幕を閉じ、球界はついに本格的なオフシーズンへと突入した。
そんな中、水面下では海を越えた熱視線が注がれていた。
今シーズン、圧倒的なパフォーマンスで球界を沸かせた銭形豹馬、達摩兄弟、そして伊達鷲一郎の4人に対し、メジャーリーグのスカウト陣が熱心に視察を重ねていたのだ。
しかし、達摩兄弟と伊達の3人は熟考の末、それぞれのチームへの残留を表明。国内でのさらなる高みを目指す道を選んだ。
一方で、ただ一人――銭形豹馬だけが、深い葛藤の渦中にいた。
「ジャガースに残るべきか、それともメジャーへ挑戦すべきか……」
残留か、ポスティングシステムを利用したメジャー挑戦か。答えが出ぬまま、豹馬の心は大きく揺れ動いていた。
オフの静けさが戻った東京・神田の銭形家。
この日は、猿飛英恵とロイも遊びに訪れており、夕食の食卓を囲んでいた。
食卓には美味しいおかずがずらりと並び、英恵もロイも相変わらずの旺盛な食欲で箸を進めている。しかし、なぜか主役であるはずの豹馬だけは箸がまったく進んでおらず、明らかに元気がない。
ほとんどおかずを残したまま、豹馬は「……ごちそうさま」と小さく呟き、そそくさと自分の部屋へと引き上げてしまった。
残された母・恵子は、心配そうに息子の背中を見つめながら呟く。
「いったいどうしたのかしら、豹馬……。また何か思い悩むことでもあったのかしら……」
母の不安をよそに、豹馬の様子を気にかける英恵とロイは、食事が終わるとすぐに豹馬の部屋のドアをノックして中に入った。
「どうしたのよ豹馬? いつもの元気がないじゃない……。もしかして、どこか具合でも悪いの?」
心配そうに覗き込む英恵に対し、豹馬は重い口をようやく開いた。
「いや、そうじゃねぇんだ……。実はな、前々からメジャーリーグのスカウトたちが俺の試合を視察してたみたいで……。このままジャガースに残るべきか、それとも球団に頼んでポスティングしてもらうべきか、ずっと迷ってるんだ……」
その打ち明け話を聞いたロイは、豪快に笑い飛ばしながら力強く肩を叩いた。
「何だ、そんなことだったのか! その若さ(22歳)にしてメジャーから声がかかるなんて、実に素晴らしいことじゃないか! 確かに今の若さじゃポスティング制度を通すしかないから、実際に契約できるかは未知数だ。だけど、ここは思い切って挑戦するべきだ! こんな絶好のチャンス、滅多にあるもんじゃない!」
さらに、英恵もロイの言葉に深くうなずき、優しい瞳で豹馬を見据えた。
「ロイ兄の言う通りよ、豹馬。あたしたちのことは何も心配しないで。とにかくこれはあなたの人生なんだから……。後悔しないように、自分の選んだ道を無駄にしないでよ! もし豹馬がメジャーの舞台に選ばれたら、あたしたちは心の底から祝ってあげるからねっ!だから、もしそうなったら――ジャガースのことは、あたしたちに任せてちょうだい!」
家族のように支えてくれる従兄妹たちの温かい言葉。
胸につかえていた霧が晴れるように、豹馬の表情に迷いが消え、いつもの力強い光が戻ってきた。
「……ありがとう、ロイ兄、おはな! よし、決めたぜ。明日にでも球団に連絡して、ポスティングを了承してもらうように直談判してくるっ!」
その頃、プロ野球界の別の一面では、新たな明暗が分かれていた。
パ・リーグの新人王には、チームがBクラスに低迷しながらも、驚異的な2桁勝利と最多奪三振のタイトルをマークした千葉ロットマーリンズの金脇総司が堂々の選出。
その一方で、かつて「殺人スライディング」によって球界の問題児と揶揄された北海道アジアハムファイターズの早瀬駆は、度重る素行の問題や戦力的な判断も相まって、非情にも球団から「戦力外通告」を言い渡されていたのだった。
時代の波が大きくうねる中、荒武者・銭形豹馬は、新たな海の向こうの夢へと向かって、力強く一歩を踏み出そうとしていた。




