第15話:豹馬、自ら二軍(ファーム)行きを志願する
ロッカールームの重苦しい空気の中、銭形豹馬は西方文哉監督の目の前に立ち、決意を固めた眼差しで言葉を絞り出した。
「監督、俺を明日から二軍に落として下さい! このままではチームに迷惑をかけるだけになっちまいます!」
一瞬の静寂の後、西方監督は険しい表情で首を横に振る。
「それはできない……。チームはお前を必要としているからだ!」
傍らにいた巨漢のロイも、弟分の悲壮な覚悟を止めようと身を乗り出した。
「豹馬、監督の言う通りだ。俺たちにとってもお前の力が何としてでも必要だ!」
英恵もまた、パッチリとした目を潤ませながら必死に声をかける。
「そうよっ、豹馬! そこまでして自分を追い詰めることはないわっ!」
「ロイ兄、おはな、ありがとう……。でもやっぱり、今のままでは本当にヤバいんだっ……!」
豹馬は二人の顔を交互に見つめ、唇を噛み締めた。
「ピッチングは愚か、バッティングの方も湿っている……。いつまでもここ(一軍)にいるわけには行かねぇ……。とにかく監督、俺を二軍に落として下さい! お願いします!」
そう言い切るやいなや、豹馬はロッカールームの床に膝をつき、深く頭を下げて土下座までして自ら二軍行きを志願した。
その必死の姿に、西方監督は深く息を吐き、静かに眼を閉じた。
「……よし、わかった! やむを得ん……。銭形豹馬、明日から二軍行きを命じる! しっかり調整してできるだけ早く戻ってこい!」
「監督、ありがとうございます! もう一度二軍で一から……いや、ゼロから鍛え直します!ロイ兄、おはな、一軍は頼んだぞ!」
頭を上げた豹馬の瞳には、苦しみの中から再び這い上がろうとする凄絶な光が宿っていた。プロ入り後、まさに人生最大の試練が訪れた瞬間だった。
翌朝、この衝撃のニュースは瞬く間に球界中を駆け巡った。
仙台の地で、スマホの情報アプリを開いた伊達鷲一郎の目に『銭形豹馬、登録抹消!』のショッキングな見出しが飛び込む。
「……してやられたかっ……。あいつのことだから何かあるはずだ……」
伊達は呟き、ライバルを失った虚無感と同時に、さらなる進化を予感して静かに画面を閉じた。
大阪から移り住み、東京で牙を研ぐ達摩兄弟もまた、そのニュースを注視していた。
兄の厳が、深い溜め息とともに呟く。
「豹馬の奴、ピッチングはともかく、バッティングがここんところ湿っとったからのう……」
弟の豪も鋭い眼光を光らせながら応じた。
「全くやのう、兄貴。あいつのことやさかい、何か策を練りそうやなぁ~」
二人は不振に喘ぐライバルの巻き返しを確信し、気を引き締め直すのだった。
さらに、福岡ディスクバンクホークスのムーンストーン兄妹も揺れていた。
「ダイアナ、今度のジャガース戦はヒョーマとの対戦を楽しみにしていただけに残念だなぁ……」
兄のアポロが肩をすくめると、妹のダイアナもどこか寂しげに遠くを見つめる。
「そうねっ、アポロ。私もいつ戻ってくるか気になるところだわ……」
一方、神田の実家・銭形家でも、母の恵子がテレビのスポーツニュースを見つめながら胸を痛めていた。
「あの子、一体何があったのかしら……。ケガとかがなければいいけど……」
だが、一軍登録を抹消された豹馬が向かった先は、所沢でも神田の実家でもなく、隣に位置する「猿飛忍術道場」であった。
師範であり、義理の叔父でもある猿飛佐吉郎の道場――自身の原点とも言えるその場所で、豹馬は己を見つめ直し、失った何かを取り戻すための孤独な修行へと身を投じていくのだった。




