32話 楽園 (1)
オルネイアはその兄妹が消えゆく様を見ていた。アビゴルは一本となったその腕をアビスに向ける。
「お前の、お前の......せいで......楽園が」
「殺してやる......お前だけは」
そして魔法陣を構え、
「邪光」
しかし、魔法は出なかった。とうに魔力など尽きているのだ。アビスならば、損傷が少なく魔法を扱えたかもしれない。だが、彼女に魔法を放つ意志などなかった。
「お兄ちゃん......」
もう一度兄の名を呼んだ。
「うるさい......もう、お前は妹なんかじゃない。気安く私に話しかけるな」
それはアビスにとって絶望の言葉であった。唯一の兄妹からの拒絶。それは何ものにも変え難い苦痛である。アビスは沈黙する。
「じゃあ、オルネイア、聞いてくれるかしら」
オルネイアに微かな動揺が見られた。しかし、すぐに彼女の真意を悟り、同意する。
「ありがとう。私はね、ある人を救いたかったの。そのある人はね、誰よりも優しい人で、私の唯一の大切な人なんだ。でもね、いつからかその人は変わってしまった......」
消えゆくその体で、精一杯の言葉を並べた。
<60年前 魔界>
当時の魔界は荒れていた。前の覇人王が天使族で、それをよく思わなかったのが悪魔族の王。悪魔族の王は、その覇人王に戦争を持ちかけて新しい覇人王の座を狙っていたの。そのせいか、魔界は緊迫していた。何につけても戦争に当てられて、郊外では貧困や飢餓が多発した。都市でも兵への出兵が行われて、魔界は混乱状態だった。そんな時代に生まれたのが私たちだったの。
「嘘よ!なんてこと!」
それが母親から聞いた最初の一言だった。我が家は代々、悪魔族の家系で父はその種族家系を重んじる厳しい人だった。母もその影響で人を見下すような態度を取るようになっていたのだ。そして、私たちが双子として生まれた時、その一言の後に母はこう続けた。
「まさか私たちの子が『人魔族』だなんて......」
そう、私たちは人魔族の特徴を受け継いでいた。突然変異というやつね。正確には私たちは、人魔族と悪魔族のハーフのような種族のようだけど。特にお兄ちゃんは、虹色の羽と虹色の瞳で悪魔族と人魔族のハーフであるという特徴がわかりやすかった。そんな感じで私たちの地獄が始まった。
生まれてからずっと罵倒されて生きてきた。流石に生まれてすぐは、そこまでじゃなかったけど、私たちが生まれて一年もたった頃には、罵詈雑言の日々であった。
「アンタらなんか産むんじゃなかった」
「いっそ捨ててしまおうかしら」
「由緒正しき悪魔族の家系なのに」
「食べ物は自分で調達しなさいね」
こんな言葉が四六時中続いた。お兄ちゃんがいなかったら、私はとっくに命を絶っていたと思う。お兄ちゃんはいつも私に優しい言葉をかけてくれた。
「アビス、大丈夫だよ。人魔族だろうがなんだろうが関係ない。僕たちは僕たちで、アビスは僕のたった1人の妹であることに変わりはないよ」
その言葉に私は救われた。
10年が経った。父はいまだに私たちと口を聞いてくれない。母の罵倒は苛烈になった。そして、覇人王の座を争う戦争が激化して、父や他の力を持つものが皆んな徴兵されて行った。私たちはどんどん貧しくなって行った。食べ物は与えられないので、ゴミ箱から食べ物を漁る日々。その食べ物も少なくなっていったので、私たちはいつもお腹が空いていた。そんなある日、ついにこの時が来たと言わんばかりに母が言った。
「ようやく、アンタたちが選ばれる時が来たわ。ここまで我慢しておいてよかった。やっと、アンタたちのような底辺でも徴兵してくれるって話が出たわ。私も金をいただいたから、さっさと準備しな」
その言葉は私たちの死を意味した。その徴兵は自爆魔法を自身に埋め込んで敵陣に突っ込むというような無駄死に兵のものだった。私たちはその家を出た。勿論、徴兵から逃げているのだ。追手はいるに決まっている。私たちの逃亡生活の始まりだ。
逃亡生活といってもこれまでと大して変わらない。路地裏で1日過ごすだけである。そこは誰も寄り付かない場所。そんな路地裏で基本的には過ごし、お腹が空いたら路地裏を出て、ゴミ箱から食べ物を漁る。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「私たち、いつまでこんな生活なの?」
「あとちょっとだよ。あとちょっとで、お腹いっぱい食べられるようになるからな。もう少しだけ耐えてくれるか?」
「うん!お兄ちゃんとだったらいくらでも待てるよ!」
私の言葉にお兄ちゃんは笑った。
「......サラーレ。僕もだよ、アビス」
それから少しの時が過ぎた。私たちは、私たちと同じようになってしまった子どもを保護して、一緒に暮らすようにしていた。子どもたちは私たちより悲惨な目に遭った子たちばかりで、兵器として実験施設に入っていて逃亡した子。自爆兵として徴兵されてそのまま逃げ出してきた子。天使族の攻撃を受けて、家や家族を失って一人になった子。皆んな境遇は違えど、辛い思いをしてきた子達ばかりだった。気づけば、その数は20人にもなっていた。そして、そのまとめ上げとなっていたのが、お兄ちゃんだった。
「皆んな、大丈夫だ。みんな揃っていれば必ず、報われる時が来る。今は運が悪いだけなんだよ。僕を信じて、ついてきて欲しい。必ず、皆んなで幸せになろう」
お兄ちゃんはいつもみんなを明るくした。その時が私たちの人生の中で一番楽しかったかもしれない。それぞれで皆んなの食糧を調達して、皆んなで寝る。暇な時は各々の得意な魔法で遊ぶ。皆んな魔法が得意だった。そりゃそうだよ、皆んな施設の実験台とかだったんだもん。そんな感じでとっても楽しかったんだ。
「ねえねえ、ロザルク、マリスカ!二人は好きな人っている?」
「ええ?急に何?それは......いないこともないけど」
ロザルクが照れて言った。
「アタシはまだだね!強いていうならアビゴルだが、アタシにはもっと相応しい人がいると信じているよ!」
「ええ!駄目!お兄ちゃんは私のだから!」
「アビス。あなたは本当にアビゴルが好きね」
「そ、そんなんじゃないし!」
「そう照れんなって。アビゴルのことは皆んな好きだからよ」
「みんな揃って僕の話?」
お兄ちゃんがやって来ちゃった。皆んなで頬を赤らめてその場を後にする。
「な、何でもないよ!」
楽しかったな。何気ない会話だったけど。私にはそれで十分だった。
ある日、イグゾルが珍しいものを持って来た。
「見るのネ!これは珍しい『絵本』ってやつなのネ!」
イグゾルが持って来たその絵本に皆んな釘付けになっていた。その絵本にはこの世界の創世にまつわるお話が描かれていて、最期は皆んなが幸せに暮らせる街「楽園」にたどり着いたというストーリーが描かれていた。その楽園は、皆んなの心を癒し、惹きつけた。
「私、ここに行きたい!」
「僕も!」
皆んなが楽園に行きたがった。正直、私も行きたかった。それが無いものだとしても。
「じゃあ、皆んなで行こう。ここに行けば、皆んなで幸せになれるんだろう。なら、行くしか無いだろう。この楽園が僕たちの運が回ってくる時だ!」
皆んなの心が一つになった。
「よくやりましたね、イグゾル。褒めてあげてもいいですよ」
「お前に褒められても嬉しく無いネ!」
ソムクロスとイグゾルが言い合っていた。こんな光景も日常茶飯事である。そう、あの事件以来は......
お読みいただき、ありがとうございます。ラウファ過去編の始まりです。始まりと言ってもあと一話で第三章終了なんですけどね。第三章はラウファとの決戦でしたが、いろいろな伏線も回収してきました。あと一話でラウファのどんな過去が明かされ、そして伏線が回収されるのか。どうかお付き合いください。




