第八話:予言の欠片と、リビングの珍客
あーちゃんと別れ、スーパーで特売の豚肉とキャベツを買い込んで帰宅した私――玉木薫は、玄関を開けた瞬間に異変に気づいた。
「あー! そこ右! 蓮、右から来てるって!」
「わかっとる! 今ウルト使うけん、レンくん下がって!」
賑やかなゲームのSEと、見慣れたリビングから響く聞き馴染みのありすぎる声。
そして、何故だかレンくんの博多弁がうつりつつある末っ子の蓮。
靴を脱いで廊下を抜け、リビングのドアを開けると、そこにはヨギボーに深く沈み込み、我が物顔でコントローラーを握るB:DASHの最推し・レンくんの姿があった。
「ただいまー……って、レンくんいつ来たの?」
私がスーパーの袋を抱えたまま固まると、画面から目を離さないままレンくんが言った。
「あ、オカンおかえりー。今日仕事が早く終わったけん、蓮と約束しとった新作ゲームのマルチプレイしに来た」
「いや『来た』じゃないでしょ! あーちゃんが家寄らなくて本当に良かったよ……!」
「神来てたら軽く修羅場だったよね」と、隣で漫画を読んでいた真衣が冷静に突っ込む。
「まあまあオカン、立ち話も何だし座りなよ」
まるで自分の家かのように言って冷えたお茶を差し出してくるレンくんに頭を抱えつつ、私は買い出しの袋をキッチンへ運んだ。
「で? たまちゃんとは何話してきたの?」
ゲームの区切りがついたのか、レンくんがキッチンカウンター越しに聞いてくる。
「何って……普通に推し活の話だよ。ホクトくんのアクスタが最高だとか、ライブのDVDがどうとか。あと、私の雰囲気が最近変わったんじゃない?最近の我が家はどうかって突っ込まれて焦ったんだからね」
「へえ、たまちゃんはホクト推しだっけ。相変わらずブレんねぇ」
レンくんはくすりと笑うと、ふと思い出したように表情を少し曇らせた。
「そういえばさ……ホクト、最近ちょっと無理しとるかもしれん」
「え? ホクトくんが?」
「うん。次のドームツアーの演出、ホクトがソロでやるダンスブロックがあるんだけど……あいつ、妥協するのが嫌いでさ。連日深夜までスタジオに籠もってて、足痛そうにしてるのに『大丈夫』しか言わんくて」
レンくんの言葉に、胸の奥がチリッと痛んだ。
B:DASHのストイックな絶対的ダンスリーダー・ホクト。ファンの前では完璧な笑顔とパフォーマンスを見せる彼が、裏でそこまで追い詰められているなんて。あーちゃんが何より大切にしている最推しだ。
その時、頭の片隅で「何か」が繋がった気がした。
(待って……私、先週編集の佐藤さんに送った『玉木薫』としての新作プロットのアイデア出しで、なんて書いたっけ……?)
心臓が嫌な跳ね方をした。
私は慌ててノートパソコンを開き、担当編集者に送ったプロットのテキストファイルを開いた。
そこには、私が無意識に打ち込んでいた小説の設定が並んでいた。
『舞台上で完璧を演じ続ける表現者。彼は仲間に弱みを見せられず、限界を超えて倒れてしまう――それを救うのは、一番近くにいる「不器用な相棒」の言葉だった』
(……ウソでしょ……?)
冷や汗が背中を伝う。
私の書く小説が、なぜかB:DASHの未来を予言してしまう現象。
前回のレンくんの時と同じだ。このままだと、ホクトくんは無理がたたって本当に大ケガをしてしまうかもしれない。
「……レンくん」
「ん?」
パソコンの画面を見つめたまま、私は震える声で言った。
「ホクトくんね、たぶん『大丈夫』じゃないよ。なんとなくだけど。」
「え……?」
「完璧な人ほど、弱音の吐き方が分からないの。一番近くにいる不器用な誰かが、強引にでも立ち止まらせてあげないと……折れちゃうよ」
真剣な私の表情に、レンくんは目を見開いた。
いつもの冗談やおちゃらけた雰囲気はなく、真剣に私の言葉を受け止めている。
「……オカン、たまにすごい鋭いこと言うよね」
レンくんは少し驚いたように呟いた後、フッと柔らかく笑った。
「了解。今夜、あいつのスタジオ突撃して無理やりうどんでも食わせてくるわ。『オカンが心配しとったぞ』って言ったら驚くかな」
「私の名前は出さなくていいから!(笑)」
リビングにまた、いつもの温かい笑い声が戻った。
でも、私の手元にあるパソコンの画面には、まだ続きの文章が残っている。
『――しかし、真の問題は彼らのパフォーマンスそのものではなく、陰で動く「予期せぬトラブル」だった』
(……予期せぬトラブル……? これって、一体何のこと……?)
あーちゃんの最推し・ホクトくんを襲うかもしれないピンチ。そして、私の予言ノートが示す不穏な気配。
私――玉木薫は一抹の不安を抱えながら、静かにパソコンを閉じた。




