第七話:神の降臨と、推し活会議
『ちょっと! 今週の平日のどこかでランチしない?ちょっとそっちにも用事あるから!喋りたいこと山盛り!』
陽当たりの良いリビングの角のヨギボーの上。観葉植物に囲まれながらスマホを覗いていた私は、届いたLINEに思わず笑みをこぼした。
送り主は、私の唯一無二の推し活仲間・あーちゃんだ。
電車で1時間ほどの場所に住んでいる彼女は、太陽神のように明るく、底抜けにポジティブな女性だ。子どもたちからは、その圧倒的な光のオーラから敬意を込めて「神」と呼ばれている。
「ママ、あーちゃんから連絡? 神、来るの!?」
小5の蓮が目を輝かせてすり寄ってくる。
「平日の時間が合うときにこっちで一緒にランチしようって! 家にも寄ってもらおうか」
「やったー! 神が来る!」
「……あ、でもママ」
超ロングヘアをふわりとなびかせながら、長女の真衣が冷静に言った。
「もし神がいる時に、大きい方のレンくんが『オカン、ご飯食べていい?』ってフラッと来ちゃったらどうするの?」
「……っ!!」
想像して一瞬背筋が凍った。天下の推し活仲間と、天下の最推し(本物)が我が家で鉢合わせ……!
修羅場??!
あ、でも、よく考えたらあーちゃんの推しはB:DASHのダンサーリーダー ホクトくんだ。
あーちゃんはB:DASH箱推しと言いながらも、結局はホクトくんの超強火。レンくんに関しては「まあ、レンくんは顔面国宝だよね〜」くらいの、超フラットなスタンス。レン推しの私とは絶妙に「推し被り」していないのだ。
(いや、でも本物がリビングで豚汁食べてたらさすがに爆発するよね……!? その日はレンくんが来ないことを祈ろう……!)
◇
そしてその週の金曜日。
駅前のカフェで、私とあーちゃんはテーブルいっぱいにアクスタやトレカを広げていた。
「見てよこのホクトくん! 今回のアクスタのビジュ、完全に神がかってると思わない!?」
あーちゃんは目をキラキラさせて、自分の推しの写真を熱弁している。
「本当だ、今回のホクトのアクスタ初めてちゃんと見たけどいいじゃん! あ、でもね、この前の生放送のレンくんの衣装もすごくて――」
私がスマホで動画を見せかけると、あーちゃんは「あ〜、確かにレンくんも相変わらずイケメンだよね!」とサラッと流し、
「でさ! その直後に抜かれたホクトくんのウインク見た!? 私、あの瞬間一時停止して画面拝んだからね!?」
と、秒速で自分の推しに話題を引き戻した。
(ふふ、相変わらずホクト強火!レンくんにはあっさりだなぁ……笑)
でも、そのブレなさ加減が今の私にはたまらなく心地よかった。
もしあーちゃんがレンくんの大ファンだったら、私はレンくんと家族ぐるみの付き合いをしている罪悪感と秘密の重さで破裂していたかもしれない。
「そういえばさ〜、たまちゃんの方はどうなの? 最近リアルの生活は?」
アイスティーを飲みながら、あーちゃんがニヤニヤと聞いてくる。
私こと玉木薫。推し活仲間の中では『たまき』で通っている。ほとんどの人が下の名前だと思って、「たまちゃん」と呼ばれている。
「えっ、リアル……? 別に何もないよ、相変わらず子どもたちとドタバタで……」
(実はその最推しのレンくんが、我が家で偏食発揮して『トマト無理ばい……』とか言ってるなんて口が裂けても言えない……!)
「ふーん? なんかさ、最近ちょっと綺麗になったっていうか、雰囲気が柔らかくなった気がするんだよね! 素敵な人でもできたのかな〜って」
「な、ないない! 妄想がすぎるよ!」
動転してグラスを倒しそうになる私を見て、あーちゃんは大爆笑した。
「あはは! ごめんごめん! まあ、たまちゃん
にはレンくんっていう雲の上の推しがいるもんね! リアルも推し活も、楽しんだもん勝ちだよ!」
「本当にそう。今が一番幸せだよ」
と心底思う。
「そうだよね。やっと半年くらい経ったっけ?旦那さんの件から。本当にたまちゃんがこんな笑えるようになって、本当に嬉しいんだから!もっと幸せになろう!」
太陽みたいな笑顔で笑いながら、うっすら目には涙を浮かべるあーちゃんを見て、私はほっと胸をなでおろした。
あーちゃんの眩しい明るさと、レンくんの素朴な笑顔。そして、賑やかや三姉弟。
なんだか私の周りには、温かくて素敵な風がたくさん吹いている。
幸せだな。去年の我が家が嘘みたい。
(よし……帰ったら、みんなで食べる夕飯の仕込みを頑張ろう!)
ヨギボーの待つ我が家へ向かって、私は足取り軽く歩き出したのだった。




