第12話:『それぞれの空へ、繋がる未来』
秋の深まりとともに、リビングの窓から見える都心の空は澄み渡っていた。
「……できたわぁ」
最後の一行を打ち込み、画面に浮かび上がる『完』の文字を見つめる。次回作『繋がる音と、交差する人生』の脱稿。
全国ツアーで受け取った読者の皆さんの熱い想い、福岡で出会ったレンくんのご両親の温もり、真衣の社会への第一歩、そして推しレンくんのnewトラックから得られた癒しと感動、そしてYUIとして舞台に立った結と一ノ瀬奏くんが響かせたあの奇跡のようなアンサンブル——すべての愛おしい時間が、この原稿の中に息づいている。
「先生、本当にお疲れ様でした。素晴らしい……胸が熱くなる最高の大作です」
隣で見守っていた佐藤さんが、いつも以上にメガネの奥の目を潤ませて、深く深くお辞儀をしてくれた。お気に入りの観葉植物の葉がそよぎ、ヨギボーに沈み込む私の身体を、達成感と温かい安らぎが包み込んでいく。
◇
数日後。澄み切った秋空が広がる羽田空港の国際線ロビーに私たちはいた。
一時帰国を終え、ロンドンへ戻る一ノ瀬奏くんの見送りだ。
大きなスーツケースとサックスケースを傍らに置いた奏くんが、まっすぐな瞳で私たちに向き直り、丁寧にお辞儀をした。
「皆さん、本当にありがとうございました。日本で皆さんからいただいた温かい空気と、YUIとのあのステージの音は、僕の生涯の宝物です」
「奏くん、ロンドンでも体に気をつけてねぇ。いつでも我が家に帰ってきてちょうだいね」
私と真衣、蓮、そして変装用の帽子を深く被ったレンくんが温かく声をかける。
そして、奏くんは結の方へと向き直った。
「結。次に会う時は、もっとお互い遠くまで響く音を用意しておこう。ロンドンと東京で、離れていても僕たちの音は繋がっているから」
「うん! 奏くんのサックスに負けないくらい、私も私の音楽を磨いておく。次に重ねるアンサンブル、絶対に最高のものにしようね」
結の力強い言葉に、奏くんは優しく頷く。固く交わされた言葉と視線は、ただのお別れではなく、未来へと続く確かな約束だった。
保安検査場へと向かう奏くんの後ろ姿を、私たちは彼が見えなくなるまでずっと見送っていた。
◇
都内マンションへ戻ると、リビングにはいつもの賑やかで愛おしい我が家の日常が広がっていた。
真衣はプロの現場で撮影した写真をポートフォリオにまとめながら、「ママ、次の記事の企画案に私もこれ出してみようと思って!」と弾けるような笑顔を見せる。
蓮は陸上部の朝練から帰り、ソファーで豪快にプロテインを飲みながら「次の大会では絶対に優勝する」と目を輝かせる。
二つ上のフロアから突撃してきたレンくんは、「薫さん! 執筆お疲れ様のお祝いに、上の階から高級スイーツ持ってきましたよ~!」と相変わらず我が物顔で寛いでいる。
そして結は、防音室で新しい楽曲のフレーズを愛おしそうに奏で始めていた。
自由で、だけどそれぞれの体温が感じられる距離感で生きていけることがとても幸せだなと感じる。
あの頃、こんな今が想像出来ただろうか。
バルコニーへ出て秋の風を感じながら、私は青く広がる空を見上げた。
子どもたちが繋いでいく未来のバトン。
それぞれの場所で輝くその足跡を、私はこれからも母として、一人の作家として、愛を込めて見守り、紡ぎ続けていく——。




