第11話:『博多の風と、ステージに咲くアンサンブル』
全国大型書店サイン会ツアーもいよいよ終盤。秋の気配が深まる福岡・博多の大手書店で、私のサイン会が開催されていた。
「薫先生! 『風の選択肢』、発売日に買って何度も読み返しています!」
「あら嬉しい……! 今日も足を運んでくださって、本当に嬉しいわぁ」
一人ひとりの読者の方と手を握り、感謝の気持ちを言葉にする。こうして九州の地でも薫の綴った物語が誰かの心に届いている。その様子を嬉しそうに見守る佐藤さんを見て、更に私まで嬉しさが増す。
サイン会が無事に終了し、担当の佐藤さんに案内されてバックヤードの個室控室へ向かうと、そこにはド派手な笑顔で手を振る女性と、その隣に静かに佇む背の高い男性の姿があった。
サイン会の列に並んでいたお2人を発見した佐藤さんの配慮により、列から離れ控え室へ案内された2人。レンくんは日本中が知るトップアーティスト。ご家族の身バレや不要な噂・騒ぎを防ぐため、佐藤さんが気を利かせて一般の読者の方々とは別のプライベートなスペースを手配してくれていたのだ。
「薫さーん! おつかれさま!ほんっとにバリ大盛況やね~!」
「あらあら……悦子さん! それに……お父様!?」
再会の嬉しさとともに、パッと胸が温かくなった。レンくんのお母様である悦子さんだ!
あの大騒ぎだった我が家での対面以来、LINEで「うちのアホ息子がまたお邪魔してすみません!」「明太子とか博多の美味しいもん送っとうよー!明日には届くはずやから!」と頻繁に賑やかにやり取りしていたけれど、まさか福岡のサイン会まで駆けつけてくれるなんて!
「レンから『薫先生が福岡でサイン会やるで』って聞いてですね、もうじっとしてられんくて! うちの人に『行くで!!』って車出させたんですわ。表の列に並んどったら佐藤さんが声掛けてくれてな」
悦子さんがマシンガントークを繰り出す隣で、初対面となるレンくんのお父様が、ゆっくりと、しかし力強い動作で深々と頭を下げてくださった。
「薫先生、はじめまして。レンの父です。妻や息子からいつも話を聞いております。東京で一人暮らしをする息子を、温かく見守ってくださって……心より感謝申し上げます」
無駄な口数は少なく、けれど深い感謝と誠実さが宿る低い声。どこか無骨で芯のあるその佇まいは、まさに静かな温かみを持つ九州男子そのものだった。
「まあまあ、お父様、悦子さん。レンくんは我が家にとっても大切な家族のような存在なんですよ。こちらこそ、いつも元気をいただいてありがとうございます。先日の送っていただいた明太子と特製のからし高菜も、すごく美味しかったです。」
賑やかな悦子さんと、静かに微笑みながら見守るお父様。レンくんの安全とプライベートを守りながら交わす温かい空気感に、私の心はじんわりと満たされていった。
◇
東京へ戻ると、今度は結——ソロアーティスト『YUI』としてのスペシャル単独ライブの日がやってきた。
都内ライブハウスの楽屋裏。今日はソロのサポートとして、一時帰国中の一ノ瀬奏くんが特別ゲストとしてステージに立つことになっている。
「奏、準備は大丈夫? YUIのボーカル、生で合わせるとめちゃくちゃグルーヴ強いから覚悟しておいた方がいいぞ」
周囲の目を避けて深めに被っていた帽子と変装用のサングラスを外し、ソファーでくつろぐレンくん。同じマンションに住んでいることも、お互いのプライベートも、みんなで大切に守ってきたからこそ、こうして楽屋でも自然体で笑い合えるのだ。
「ふふ、レンさん。心配ありがとうございます。大丈夫ですよ。何度もセッション繰り返してきたし、今日は結の癖もアレンジもしっかり受け止めますから。ずっとこの日を楽しみにしていたんです。負けませんよ」
一ノ瀬奏くんは落ち着いた笑顔でサックスを磨き上げていた。その佇まいには、音楽に対する一途な情熱と誇りが宿っている。
「結、今日も良い表情、最高の瞬間を全部撮るからね」
大きなカメラを構えた真衣——『ミモザ』が、楽屋で微笑む結と一ノ瀬奏くん、自由なスタイルのレンくんの姿をファインダーに収めていく。大手出版社やWebメディアでのインターン経験を経て、真衣の撮影スタイルはプロとしての洗練と温かみを増していた。
◇
客席の照明が落とされ、大きな歓声が地鳴りのように響く。
暗転したステージにスポットライトが照射され、ソロアーティストとして立つYUIが、力強くベースの弦を叩きつけた。重厚でグルーヴィーな低音、そして歌い手として伸びやかで芯のある歌声をフロア全体に響かせる。
そこへ、特別ゲストとして一ノ瀬奏くんのアルトサックスが鮮やかに切り込んできた。
ロンドンの風を纏った情熱的なサックスの音色が、YUIの歌声と低音に重なり合い、互いを高め合うようにどこまでも高く舞い上がっていく。ソロとしての圧倒的な存在感と、離れた場所で互いの音を磨き続けてきた二人だからこそ奏でられる、奇跡のようなアンサンブル。
「すごいね……結。一ノ瀬奏くんも……なんて眩しいの……」
関係者席の少し陰になった場所でペットボトルを握りしめながら、私の目からは溢れる涙が止まらなかった。
隣では「ママ泣きすぎ」と私を見て笑いながら「結姉、カッコよすぎる!」と目を輝かせる蓮と、目立たないよう深くフードを被りながら「最高のセッションやな」と誇らしげに頷くレンくん。そして客席のあちこちを軽やかに動き回りながら、最高の瞬間をレンズで切り取っていくミ真衣。
福岡で出会ったお父様と悦子さんの温もりと心遣い、一ノ瀬奏くんを迎えたYUIの圧巻のソロステージ、そして自分の道を着実に歩む子どもたち。
ヨギボーで膝の上にノートPCを乗せ、静まり返った深夜のリビングでノートPCを開く。
画面の向こうに広がる真新しいページに、私は愛おしい家族の未来と、希望に満ちた言葉を打ち込み始めた——。




