第9話:『輝く秋のトラックと、繋がるバトン』
『風の選択肢』がベストセラーランキングの首位を走り続ける中、季節は澄み渡る秋へと移り変わっていた。
「先生、重版の勢いが止まりません。海外翻訳のオファーも複数届いております! そこでまずは国内の皆様へ感謝を伝えるため、東京・名古屋・大阪・福岡を巡る全国大型書店ツアーを開催させてください!」
リビングの陽だまりで、佐藤さんがいつも以上にキリッとした表情で朗報を届けてくれた。お気に入りの観葉植物の葉陰、ヨギボーに深く埋もれながら、私は「あらあら……本当に夢のようねぇ」と嬉しさと新たな挑戦への緊張感で胸を押さえる。
重い記憶の気配を断ち切り、この都内マンションで家族の未来を信じて紡いだ物語が、確かに多くの人の心に届き、国境を越えて広がろうとしている。佐藤さんも「国内ツアーで読者の生の声を吸い上げて、最高の熱量で次回作の本格構想に入りましょう!」と意気揚々だ
◇
そんな嬉しいニュースが舞い込む中、ピンポーンと勢いよく玄関のインターホンが鳴った。
「薫さん! 重版の朗報を聞きつけて、二つ上のフロアからお祝いの高級ぶどうのお届けでーーす!」
変装用のサングラスを胸元に引っかけ、レンくんが笑顔で飛び込んでくる。引っ越し完了以来、すっかり「上の階の住人」として馴染んだレンくん。
「レンくん、いらっしゃい。いつもありがとうねぇ」
私がお茶を淹れようとしたその時、真衣がスマホを握りしめたまま、信じられないという顔でリビングに駆け込んできた。
「ママ! 佐藤さん、レンくん! 大手出版社とWebメディアのインターン、どっちも合格通知が届いたの……!!」
「真衣ーーー! おめでとう……!」
ポートフォリオに込めた「ミモザ」としての写真と文章、そして我が家の歴史を切り取った情熱が見事に届いたのだ。今にも泣き出しそうな真衣をギュッと抱きしめる。佐藤さんもメガネを押し上げながら深く頷き、レンくんも「すげーー!真衣ちゃん! さすが玉木家の長女!」と大はしゃぎで拍手を送っていた。
自分の足で夢の扉を開いた真衣の輝かしい笑顔に、私の目にも涙が滲む。
◇
そして週末。私たちは都内の陸上競技場のスタンドにいた。
強豪高校に進学した蓮の、秋の新人戦だ。
トラックに響く砲砲と同時に、一斉に飛び出す選手たち。その先頭集団で、伸びやかなフォームで風を切り裂いて走るのが蓮だった。
「蓮ーっ! 行けーーっ!!」
結と真衣、そして変装したレンくんと一緒にスタンドから声を限りに応援する。
中学時代の葛藤や、得意ではない勉強も必死に取り組んでなんとか内申点をクリアした日々。様々な壁を乗り越えて掴み取った強豪校のユニフォームを着て、蓮は堂々の2位でゴール板を駆け抜けた。
「ママ! 僕、自己ベスト更新できたよ!」
汗を光らせてスタンドへ走ってきた蓮を、みんなで抱きしめる。
真衣のインターン合格、蓮の陸上での大躍進、結の音楽活動とロンドンで出会った彼との絆、そしてレンくんがもたらす賑やかな風。
ヨギボーで膝の上にノートPCを乗せ、新居のバルコニーから広がる都内の秋空を見上げながら、私は静かに新しいキーを叩き始めた。
子どもたちがそれぞれの場所で繋いでいく、未来への眩しいバトン。
その一瞬一瞬を愛おしく抱きしめながら、私はまた、誰も見たことのない新しい物語のページを開いていく——。




