第8話:『重なるステップと、いつもの食卓』
「う〜ん……スーツを着るとますます緊張するなぁ……ママ、後ろ変じゃない?」
リビングの鏡の前で、真衣が紺色のリクルートスーツの襟元を整えていた。
「うん。大丈夫!綺麗よ!」
今日は、真衣がずっと憧れていた大手出版社・Webメディア部門のインターンシップ面接の日だ。
ポートフォリオの最初のページには、我が家の歴史を切り取ったあたたかい写真。そして、後半には「ミモザ」として手掛けた結のバンドのライブフォトや密着レポートがぎっしりと詰まっている。
「真衣、すごく似合ってるわよ。家族をずっと優しく撮り続けてくれた真衣の写真と文章なら、絶対に思いが伝わるわ」
私がヨギボーから起き上がって声をかけると、真衣は深呼吸をして「行ってきます!」とまっすぐな目で笑顔を見せ、ドアを開けて出て行った。
「行ってらっしゃい!気をつけて!」その背中を玄関のドアから少し出て見送る。
小さな記録係だった長女が、いよいよ自分の夢に向かって社会の扉を叩こうとしている。その背中を見送りながら、胸がじんわりと熱くなった。
(巣立ちの時……にはちょっと早いか。でも、その時と見えてきているのよね……)
◇
その日の午後。大学の講義を終えた結が、少し照れくさそうな、でもどこかソワソワした様子でいつもより早く帰宅した。
「ママ……ただいま。あのね、今日……キャンパスで会えたの」
「あらあら! ロンドンの、あのサックスの彼に?」
結がコクンと頷く。
一時帰国した彼は、かつて通っていたキャンパスを訪れ、二人はあのコヴェント・ガーデン以来の再会を果たしたのだという。
「ミモザお姉ちゃんが撮ってくれたライブ写真のおかげで、彼、私のベースボーカルのスタイルをすごく褒めてくれて……。今度彼が完全帰国したら、彼のサックスと私の歌とベースで、一緒にセッションしようって約束したんだ」
頬をほんのり赤らめながら語る結の瞳は、キラキラと輝いていた。ロンドンでの偶然の出会いから始まった音楽の絆が、同じキャンパスの空気とミモザの写真を通じて、確かな未来の約束へと変わった瞬間だった。
◇
夕方、面接を終えた真衣が「面接、自分の言葉で全力を出し切れたよ!」と晴れやかな顔で帰ってきた。
さらにそこへ、二つ上のフロアから変装を解いたレンくんが、両手いっぱいの高級テイクアウト料理を抱えて「薫さん! 撮影早く終わったんで晩ご飯一緒に食べていいですか!?」と賑やかになだれ込んできた。
「ちょうど良かったわ! 真衣面接お疲れ様会と、結の嬉しい再会のお祝いをしましょう!」
リビングの大きなテーブルをみんなで囲む。
インターン面接の手応えを楽しそうに語る真衣。
ロンドン少年とのセッションの約束をレンくんに冷やかされて赤くなる結。
「俺も新居で曲作りめっちゃ捗ってるよ!」と豪快に笑うレンくん。
「蓮も学校から帰ってきたら、すぐご飯ね」と楽しそうに準備を手伝う子どもたち。
玉木家が暮らす都内マンション。今日も家族の周りにはいつも新しくて心地よい風が吹いている。
みんなで囲む、賑やかで愛おしい夕食の食卓。
私はお気に入りの観葉植物越しに、輝く笑顔を見せる子どもたちとレンくんを見つめ、ふんわりと幸福な吐息をついた。
「みんなが選ぶ未来は、これからもっともっと、眩しい場所へとつながっていくわね」
胸の中に湧き上がる愛おしさを噛み締めながら、私は明日からの新しい物語に想いを馳せていた——。




