第1話:『二つのルートと、ひみつの間取り図』
【語り:真衣】
大学生になって2年目。講義やサークルで忙しい日々を送りつつも、我が家のリビングに帰ってくると、いつも独特の温かい熱気に包まれる。
それもそのはず、今年の玉木家は「ダブル受験イヤー」なのだ。
高3の結は、音楽活動と大学受験の両立に頭を悩ませ、中3の蓮は、陸上部でのラストスパートと高校受験に向けて必死に机に向かっている。
「う〜ん……音大に行って音楽理論を叩き込むか、普通の大学に通いながら歌は別で極めるか……迷うなぁ」
「結、まだ言ってるの? 僕はとにかく陸上の強豪校に入って、インターハイ目指すって決めてるからシンプルだけどね!」
夕食後、参考書を広げながら議論を交わす二人。そんな二人のやりとりを、真面目な顔で見つめている人物がいた。
ママだ。
「……ふむふむ。結ちゃんは音楽スタジオに通いやすくて、蓮くんは陸上競技場がある高校に通いやすい場所ね……」
なにやら一人で納得したように頷くと、ママはノートPCの画面をコソコソと家族に見えないよう傾け始めた。
「ママ、さっきから何見てるの?」
私が尋ねると、ママは慌てて画面を閉じ、「えっ!? 何でもないわよ〜、ただの目の保養!」と分かりやすく動揺してみせた。
怪しい……。
気になった私が、ママが席を立った隙にそっと画面を覗き込むと——そこには『都内・3LDK・駅徒歩5分・防音室相談可』という不動産検索サイトの画面がずらりと並んでいた。
(えぇっ!? 都内へのお引越し計画……!?)
そう、ママはW受験を迎えた二人の進路や将来の夢を思い描くうちに、「いっそのこと、子どもたちの活動拠点に近い都内に引越したらどうかしら?」と、一人で密かにリサーチを始めていたのだ!
「ちょっとママ、本当に引越すつもりなの!?」と後でこっそり問い詰めると、ママは人差し指を唇に当てて「しーっ! まだ内緒よ」とお茶目に笑った。
「結の音楽も、蓮くんの陸上も、真衣の大学通学も……都内に出た方がみんな動きやすいでしょ? なんとなくね、近いうちに我が家にとって大きな環境の変化が来る気がするの」
相変わらずの「なんとなく」の直感。けれど、ママのその直感はいつも家族の未来を明るい方向へ引き寄せてきた。
◇
数日後。我が家にやってきた佐藤さんは、いつものように美味しいケーキをテーブルに置きながら、ママが真剣な目つきで間取り図のプリントを見つめているのに気づいた。
「先生、それは……都内の物件資料ですか?」
「あら、佐藤さん! バレちゃった? 二人が受験生でしょ? これからの活動を考えたら、都内に拠点があった方がいいかな〜って、なんとなく探してみているの」
「なるほど。子どもたちの未来を見据えた生活拠点の見直しですね。……でしたら、僕の方でも防音設備や交通アクセス、日当たりの良い物件をいくつかピックアップしてリスト化しておきましょう」
「え! 佐藤さん、そこまでしてくれるの!?」
「当然です。先生が快適に執筆でき、お子様たちが伸び伸びと夢を追える環境を整えるのも、担当編集者(兼マネージャー)の役目ですから」
どこまでも頼もしすぎる佐藤さんのサポートに、ママは大感激。
結と蓮のW受験という高い壁。けれど、ママが描き始めた「都内への引っ越し」というワクワクするような未来の選択肢は、重くなりがちな受験生の空気をふんわりと明るい風で包み込んでいた。
家族それぞれの未来に向かって、玉木家はまた新しい一歩を踏み出そうとしていた——。




