『玉木家の京都旅行編(後編):朱色の鳥居と、京町家の夜』
「はぁ、はぁ……! レン兄ちゃん、ダンスで鍛えてるだけあって脚力ハンパないね……!」
「ハハッ、なめんなよ! 中2の陸上部には負けられん!」
無数の朱色の鳥居が幻想的に連なる伏見稲荷大社。
そのゆるやかな坂道を、Wレン――B:DASHのレンと、陸上部の中2・蓮が競うように駆け上がっていく。トップアーティストの圧倒的なスタミナと、成長期真っただ中の軽快なフットワーク。すれ違う外国人観光客が「サムライ!?」と驚いた顔で見送っていた。
「ちょっと! ふたりとも早すぎるってば!」
はるか後ろから追いついてきたのは、高2の結と大1の真衣だ。息を切らす結の横で、真衣は冷めた表情を崩さずにふたりを睨みつけた。
「二人とも、京都まで来てトレーニングしないで。転んで怪我でもしたらどうするの」
「真衣、固いこと言わないでよー! ほら見て、上からの景色めちゃくちゃきれいだよ!」
「もう!そんなに動きたいなら蓮はママのお迎え行ってあげて!2人があんまりにも速いから、ママ全然追いつけなそうなんだから!」
無邪気に笑う蓮に真衣からの司令が飛ぶ。
「あーーー…ママ忘れてた………仕方ない。行ってくる!」
来た道をもう一度小走りで降りていく蓮。しばらくして、蓮に腕を引かれながらゆっくり上がってきた母・薫が、扇子で風を送りながらふんわりと微笑んだ。
「みんなお待たせ〜〜運動不足を感じるわぁ。蓮のお陰で助かっちゃった~。金比羅山で疲れたって泣いて、真衣におんぶされてた蓮が本当に成長感じるよーーー!ママ泣いちゃう!…って、蓮もみんなもまだまだ汗だくじゃない。……はい、汗拭いてね」
薫がポケットから取り出したタオルを渡すと、Wレンは顔を見合わせて素直に汗を拭った。
◇
夕暮れ時。
一行が身を寄せたのは、祇園の路地裏にひっそりと佇む伝統的な京町家旅館だった。
畳の香りが心地よい広間には、京懐石の豪華な料理がずらりと並べられている。
「うわぁぁ! これ何!? めっちゃ美味そう!」
蓮が目を輝かせ、さっそく目の前の湯葉料理に箸を伸ばす。
「これ、生湯葉のあんかけだって。美味しいよ、蓮」
真衣が小鉢を取り分けてやり、向かいに座る結はスマホで料理の写真を熱心に撮影していた。
「この綺麗な彩り、次の曲のビジュアルイメージに使えそう……! お姉ちゃん、あとでミモザのメモ帳にアイデア残しておいてね」
「ご飯食べてからね」
賑やかな食卓の主賓席で、薫が嬉しそうにお猪口を傾ける。その隣では、変装を解いたレンが、リラックスした表情で薫のグラスにトクトクとお酒を注いでいた。
「薫さん、本当にいい旅館ですね。静かで、ご飯も美味しくて……」
「いいお宿でしょ?担当編集の子に紹介してもらったの〜。急遽、レンくんの分も追加できて良かったわー。レンくんもみんなも毎日がんばっているから、たまにはこうしてのんびり羽を伸ばさなくちゃね。ドームツアー、楽しみにしているわ」
「はい! 絶対に最高のステージにします!」
あの、レン合流サプライズ後、真衣の冷静な情報判断により、急遽お部屋の追加が可能か問い合わせをした薫。横では黒木さんが申し訳なさそうに謝っていた。
食事が一段落すると、蓮が待ちきれない様子でキャリーケースからポータブルゲーム機を取り出した。
「レン兄ちゃん! ご飯食べたし、昨日ほゲームの続きやろうよ!」
「おう、ええよ! 今日こそどっちが真のストライカーか決めようや!」
畳の上で車座になり、画面を覗き込むWレン。隣では結がキーボード代わりのアプリでメロディを打ち込み、真衣はその横でノートPCを開いて歌詞の推敲を始めている。そして、薫はそれらを緑の座椅子に深々と腰掛けながら、優しい眼差しで見守っていた。
(みんなうちのリビングにいる時と変わらないわ)
玉木家のリビングのそのまま風景。けれど今夜は、古都の風と畳の香りが、その温かさをいっそう特別なものに仕立て上げていた。
「ねえ、真衣」
ふいに薫が声をかけた。
「何? ママ」
「こうして家族みんなで旅に出て、大切な言葉や音を集めて……なんかママめちゃくちゃ幸せかも」
「……うん。ミモザの歌詞、またひとつ良いものが書けそうだよ」
真衣は画面から目を離し、ゲームで大騒ぎするWレンと、鼻歌を歌う結、そして微笑む母を見渡して、静かに微笑んだ。
(そう言えば最近レンくん、ママのことオカンて呼ばなくなった?)
ふと頭に浮かんだ疑問を胸の奥にそっと仕舞い込み、真衣はキーボードへと指を戻した。
夜が更けても、京町家のあたたかな灯りは、いつまでも賑やかな笑い声を優しく包み込んでいたのだった——。
「ちょっと!蓮もレンくんも寝ちゃう前に自分たちの部屋に移動してね!」
最後までしっかり者の真衣だった。
(京都旅行編・完)




