『京都旅行番外編:境内に残された女子組と、胃痛のマネージャー』
「……はぁぁぁぁぁぁ……っ」
初夏の爽やかな境内。
新緑の隙間から差し込む木漏れ日の中で、地響きのような深い溜め息がひとつ落ちた。
B:DASHのチーフマネージャー・黒木(30代半ば)は、脱兎のごとく境内の裏道へと消えていった「Wレン(レンと蓮)」の背中を呆然と見送り、ガクッと肩を落として膝に手をついている。その姿は、まるで激しい合戦を終えた武士のようだった。
「あのバカ……『今日はホテルの部屋で大人しく歌詞の構想練ります』って言ってたの何だったんだ……。なんで大阪から京都まで爆走して八坂神社で隠れんぼしてんだよ……」
胃を押さえながら呻く黒木マネージャー。
そのすぐ横で、玉木家の母・薫がふんわりとした笑顔でハンカチと冷たいお茶のペットボトルを差し出した。
「黒木さん、お久しぶりです。どうぞ、お茶。お暑いでしょう、喉乾きませんでした?」
「あっ、い、いえっ! すみません、お気遣いいただいてしまって……! 玉木さん、いつもレンがお世話になっております……!」
スーツ姿の強面な見た目に反して、黒木マネージャーは深々と頭を下げた。
東京の事務所でも、レンから「東京のオカン」として名前を聞きまくっている薫の前では頭が上がらない。
「ううん、気にしないでくださいね。レンくん、うちの蓮とすっかり意気投合しちゃって……あの子たち、昨日の夜からゲームで打ち合わせてサプライズ合流を企んでたみたいなの」
「ゲームのボイスチャット……! なるほど、あいつそういえばボイチャで『明日の作戦が〜』とかブツブツ言ってたのはそれか……!」
黒木マネージャーが「あーー、…レンのやつ…!」と頭を抱える横で、長女の真衣が冷めたミルクティーのペットボトルを手に、クールな表情で口を開いた。
「黒木さん、すみません。うちの弟も陸上部で無駄に足が速いので、レンくんを連れてどこまでも逃げちゃいそうですが……お仕事、大丈夫でしょうか」
「あ、真衣ちゃん。大丈夫大丈夫! あいつらの行き先なら大体わかるから。……どうせ近くの甘味処で抹茶パフェでも食って待ってるよ。レン、甘いものに目がないから」
「あ、それならうちの蓮もです」と真衣がくすりと笑う。
その時、B:DASHのメンバーであるハルトとショウのふたりが、境内の影からコソコソと戻ってきた。
「マネージャー、レンと男の子、境内抜けて円山公園の方へ爆走して消えました!」
「速すぎるってあいつら! 運動部の脳筋の走りだよありゃ!」
息を切らすふたりに、黒木マネージャーは鋭い視線を飛ばした。
「2人とも! なんでついてきてんだ! 目立ちたくないから大阪の古着屋にでもコソッと行ってくるって言ってただろ!」
「だって〜! レンだけズルいじゃん! 京都の美味しい抹茶スイーツ食べたい!」
「俺も八坂神社でおみくじ引きたかった!」
小学生のように口を尖らせる人気アイドルふたり。
その様子を見ていた次女の結が、ぽんっと手を叩いた。
「あ! もしよかったら、レンくんたちが戻ってくるまで、みんなで近くの甘味処でお茶にしませんか? ママがすごく詳しいんです!」
「えっ、いいの!?」と目を輝かせるメンバーふたり。
「こら、お前たち失礼だろ……」と制止しようとする黒木マネージャーだったが、薫が「まあまあ、よかったら黒木さんも一緒に。美味しい生麩パフェのお店がありますよ」と優しく微笑むと、抗う術を失ってしまった。
◇
数十分後。
八坂神社のすぐ近くにある、落ち着いた雰囲気の京町家カフェ。
テーブルの上には、彩り豊かな抹茶パフェや生麩のセットが並んでいた。
「うっま……! なにこれ、めちゃくちゃ美味い!」
「やばい、大阪のたこ焼きも良かったけど、京都の和スイーツ最高……!」
夢中でパフェを頬張るB:DASHのメンバーふたり。
その向かいで、結が目を輝かせてふたりに質問している。
「あのっ、B:DASHの新曲のパフォーマンス、すっごくカッコよかったです! 最後のサビの歌割りの変化とかハモリとか、どうやって練習してるんですか?」
「お、見てくれたの!? あれね、レンが『もっとスピード感出そう』って言って、深夜に何回も合わせ直したんだよね〜」
「結ちゃん、歌うまいんだってね? レンがいつも『結ちゃんの透明感ある歌声はヤバい』って自慢してるよ」
「えぇっ!? レ、レンくんが……!?」
嬉しさで顔を赤くする結。
その隣で、真衣は静かにノートを開き、京都の街並みの情景やメンバーたちの飾らない言葉をメモしていた。作詞家「ミモザ」としてのアンテナが、新しい言葉のピースを拾い集めている。
そしてテーブルの端では、黒木マネージャーが温かいほうじ茶を一口飲み、ふぅーっと長くて深い溜め息をついていた。
「……すみません、薫さん。せっかくの家族水入らず。本来なら僕がしっかりしなきゃいけないのに、こんなご迷惑をおかけして……」
「いいのいいの、黒木さん」
薫は優しく微笑み、自分の絵馬に書いた言葉を思い出していた。
「レンくんはね、我が家にとって本当の家族みたいな存在なんです。あんなに楽しそうに走っていくレンくんの顔、久しぶりに見ました。……ドームツアー前で、きっとすごくプレッシャーも大きいんでしょう?」
黒木マネージャーはハッとしたように目を見張り、照れくさそうに頭を掻いた。
「……まあ、そうですね。普段は絶対に見せませんけど、裏ではめちゃくちゃ追い込んで練習してますから。……だから今日、玉木家の皆さんの顔が見れて、あいつ本当はすごく救われてるんだと思います」
「なら、良かったです」
薫が微笑むと、黒木マネージャーの胃の痛みも、少しだけ和らいだようだった。
◇
その頃——。
円山公園のベンチで、大きな抹茶パフェをふたつ並べ、口のまわりにきな粉をつけた「Wレン(レンと蓮)」が、スマホの画面を見つめて首をかしげていた。
「……あれ? レン兄ちゃん、マネージャーさんたち追ってこないね」
「ほんまやな……。おかしいな、いつもの黒木さんなら怒号あげながら追いかけてくるのに」
「もしかして……真衣たちに捕まって、カフェで美味いもの食べてるんじゃない?」
「……あ!! 絶対そうや!! 薫さんの甘いもんの提案にハメられたんや!!」
「ずるい! 俺もパフェ食べたかったのに!」
「お前いま喰っとるやろ!!」
八坂神社の風が吹く中、置き去りにされた(と思い込んでいる)男二人組の、間抜けで平和な叫び声が響き渡るのだった。




