特別編『ふたりのオカンと、博多の風』
【語り:レン(B:DASH)】
時はさかのぼり…
「……マジで言ってるの?オカン!?」
東京ドーム公演を終えた翌週のオフ。俺は楽屋のパイプ椅子に深々と腰掛け、スマホを耳に押し当てて絶叫していた。
『なに大声出しとるとねレン! 友達とふ
東京観光旅行に行くことになったけん、ついでにレンのマンション寄るだけやろ! 博多から明太子とがめ煮送るより、直接作った方がよかろ?』
「いやいや、スケジュールパンパンやって! 部屋なんか散らかり放題やし——」
『ツラツラ言いなさんな! 明日の昼には羽田着くけんね! じゃあね!』
プチッ、ツーツー……。
「……ハァぁぁぁぁ……」
俺は頭を抱えて天を仰いだ。
電話の主は、俺の本物のオカン——福岡で居酒屋を切り盛りしている、声とリアクションがデカい名物オカン(悦子)だ。
東京に出てきてからというもの、俺にとっての「東京のオカン」は、間違いなく玉木薫さんだった。
仕事で落ち込んだ時も、実家が恋しくなった時も、玉木家のダイニングキッチンで薫さんの作った飯を食べ、真衣ちゃんや結ちゃん、そして末っ子の蓮と軽口を叩くことで、俺は自分を保ってきた。
(……待てよ? オカンが上京してくるってことは……絶対『薫さんのところにお礼に行きたい』とか言い出すやんか……!)
胸に嫌な予感が走り、俺は冷や汗を拭った。
◇
案の定、翌日。
ド派手な豹柄のブラウスにサンバイザーを装着し、キャリーケースを引いて現れた実のオカン。
(大阪か?!オカン大阪からきたのか??)なんて俺の心のツッコミなんて気づくはずもなく、リアルオカンは開口一番こう言った。
「レン! あんたがいつも世話になっとるっていう『東京のオカンさん』の家、今から連れていき!」
「はぁ!? オカン、いくらなんでもそれはちょっと…アポなしで玉木家に行く気か!?」
「アポなら取ったわ! 薫さんに昨日インスタのDM送ったら『ぜひお越しください〜!』って言ってもらえたけん!」
「いつの間にDM交換しとんねん……!!」
俺の制止も虚しく、俺は変装用キャップを目深にかぶり、実のオカンを連れて玉木家へと向かう羽目になった。
◇
「初めましてぇ〜! レンの母の悦子です〜! いつもウチの息子が大変お世話になっております~!」
「悦子さん! ようこそお越しくださいました〜!お会いしたかったです~! ささ、上がってください!」
玉木家の玄関で繰り広げられる、Wオカンの初対面。
薫さんはいつものふんわりした笑顔で迎えてくれた。リビングへ入るやいなやうちのオカンは「これ博多の名物の明太子と、手作りのガメ煮です!」と重たい保冷バッグを差し出している。
そこへ、学校から帰ってきたばかりの小6の蓮がランドセルを放り投げてリビングに飛び込んできた。
「ただいまー! あ、レン兄ちゃん! 来てたんだ!」
「おう、蓮! おかえり」
「あらぁ〜〜っ! この子が噂の蓮くん!? うちのレンと同じ名前の!」
うちのオカンが目を輝かせて蓮にすり寄ると、蓮は一瞬びっくりしつつも、持ち前の懐っこさでニカッと笑った。
「レン兄ちゃんのお母さんですか? はじめまして。僕、玉木家の『蓮』です! Wレンの小さいほうです!」
「まぁ〜〜可愛かねぇ!! うちのレンも小学生の時はこれくらい素直で可愛かったとに、今じゃこんなボソボソ喋るようになってから……」
「余計なこと言わんでええからオカン!」
呆れる俺の横で、真衣ちゃんも結ちゃんも「こんにちは〜」とリビングに入ってきた。
「あれ、2人とも今日は早いね?もう帰ってたの?」
「真衣ちゃんに結ちゃんも! 写真よりずっと可愛かねぇ! レンの奴、いっつも『真衣ちゃんはしっかり者で、結ちゃんは歌が上手くて、蓮は運動神経バツグンだ』って自慢しとっとよ!」
「ちょっとオカン……!」
顔を真っ赤にする俺を見て、真衣ちゃんがクールな顔でフッと微笑んだ。
「レンくんのお母さんはじめまして。真衣です。」
「こんにちは!結です!レンくん、今日はねテスト期間中だから真衣も私も下校早かったんだよー」
「あらあら、テスト中なのにおばちゃんお邪魔しちゃって大丈夫なの?」
俺への言葉まで全部回収していく実母……敵わない。
◇
夕方。
リビングでは、実のオカンと薫さんが緑のヨギボーの周りでお茶を飲みながらすっかり意気投合していた。
「薫さん、本当にありがとうございます。レンが10代で単身上京して、ずっと心配だったんですけど、最近はこちらで温かいご飯食べさせてもらってるって聞いて……」
オカンの声が、少しだけ湿っぽくなる。
「ううん、悦子さん。レンくんがいてくれたから、うちの家もずっと賑やかで楽しかったんですよ。真衣にとっても結にとっても、蓮にとっても、本当の頼れるお兄ちゃんですから」
薫さんが優しくそう言うと、うちのオカンは目頭をハンカチで押さえた。
その横では、蓮がオカンの作ってきたガメ煮を勢いよくバクバク食べている。
「レン兄ちゃんのお母さん、このガメ煮めっちゃ美味い! 明太子もごはん進む!」
「まぁ! 蓮くんは気持ちのよか食べっぷりねぇ! おかわりたくさんあるけんね!」
「やったー!」
蓮の無邪気な笑顔に、リビング全体が温かい笑い声で包まれる。
「……ねえ、レンくん」
結ちゃんがマグカップを手に、僕のとなりに歩み寄ってきた。
「……どうした、真衣ちゃん」
「レンくんのお母さん、すごく温かい人だね。レンくんがまっすぐ育った理由、ちょっと分かった気がするわ」
「……いきなり褒められた?恥ずかしいやろ」
俺はガメ煮を食べながら、口元がゆるむのを隠せなかった。
◇
夜、そろそろ帰る時間になり、玄関で見送られる。
「蓮、またあとでVCでゲームしような」
「うん! 宿題終わらせて待ってる!」
「薫さん、また遊びに来るけんね!」と実のオカンが手を振る。
福岡のオカンと、東京のオカン。
そして、妹や弟みたいに愛おしい玉木家の3姉弟。
賑やかすぎる帰り道、俺は夜風を浴びながら呟いた。
「……まあ、たまにはこういう休日も悪くないか」
(Wレンの休日・完)




