第6話:秘密のロケ地と、探偵との攻防
「ハァ……ハァ……っ! れ、レンくん、もう無理……! 元弓道部だけど、長距離走は専門外……!」
夕暮れの路地裏を全力疾走し、私とレンくんが滑り込んだのは、古い商店街の片隅に佇む昭和レトロな喫茶店『カフェ・ド・ミモザ』の陰だった。
待機していた黒塗りのロケ用ワンボックスカーの陰に身を潜め、息を整える。
「ハハッ、ごめん真衣ちゃん! でもあの子、双眼鏡持って本気で追いかけてくるからさ」
変装マスクを少しずらし、爽やかに汗を拭うレンくん。相変わらず土壇場に強いトップアーティストだ。
「……で、もしかして、ここが例の映画のロケ地の喫茶店?」
「そう。見てごらん」
レンくんが指さした喫茶店は、蔦の絡まるレンガ造りの外観で、看板には偶然にも「ミモザ」の花のイラストがあしらわれていた。
昨日、緑のヨギボーでミルクティーを飲みながら書いた歌詞の情景と、目の前のセピア色に染まる喫茶店が見事にオーバーラップする。
(本当に……あの時、頭に浮かんだ情景のままの場所に辿り着いちゃった……)
母譲りの「予言」の不思議さに吐息をついた、その瞬間——。
「――捕まえたで、ミモザ捜索隊・特別追跡ターゲット……!!」
「っ!?」
背後からぬっと現れたのは、息を荒らし、肩で息をしながらも勝利の笑みを浮かべる吉野 琴音だった。カバンではYUI缶バッジがジャラジャラと揺れている。
「琴音……!? よくここまで……」
「京都人の執念を舐めたらあかんよ……! 大体の逃走ルートから、このレトロ喫茶街に絞り込んで張ってたんや!」
琴音は双眼鏡を首から下げたまま、レンくんと私を交互に指さした。
「観念しなさい! 謎の帽子男性……いや、B:DASHのレン様! そして、ミモザ様と極秘裏に繋がっている副隊長・玉木真衣!」
「あはは、完全に特定されちゃってるね」
苦笑いしながら帽子を取るレンくん。その圧倒的な素顔とオーラが露わになった瞬間、琴音は「ひゅっ」と息を呑み、その場に膝から崩れ落ちかけた。
「ほ、本物のレン様や……!? な、なんで真衣ちゃんとB:DASHのレン様が二人で走って……え、待って、頭が追いつかへん……!」
パニックになりかける親友を前に、私は意を決して琴音の肩を掴んだ。
このままでは「真衣がレンと熱愛!?」なんて最悪の勘違いをされかねない。かと言って、私が「ミモザ」本人で、結が「YUI」であるという最大の秘密をすべて明かすわけにはいかない。
「琴音、落ち着いて聞いて。……秘密を一つだけ明かすから」
「ひ、秘密……!?」
私は呼吸を整え、クールな表情を取り戻して真実の「一部」を打ち明けた。
「私の実家……実は、B:DASHの事務所やレーベルと昔から家族ぐるみのお付き合いがあるの。妹の結も音楽をやっていて、レンくんは我が家に良く遊びに来る『親戚の親しいお兄ちゃん』みたいな存在なの」
「し、親戚のお兄ちゃん……!? レン様が!?」
「うん。で、今日はレンくんたちが探しているMVのロケ地が大学の近くにあるって聞いて、私が案内役としてちょっと付き合わされてただけ」
「そうそう」とレンくんも合わせる。
「驚かせちゃってごめんね。真衣ちゃんの親友さんでしょ? いつも真衣ちゃんが大学で世話になってるって聞いてるよ」
「れ、レン様が私のご認識を……っ!?」
顔を真っ赤にして卒倒しそうになる琴音。
しかし、「推し活探偵」の鋭い瞳が再び光を宿した。
「……じゃあ、なんで私から逃げたんですか? それに、この喫茶店……YUIちゃんの曲の雰囲気にもピッタリすぎます!『やっぱりミモザ様と関係があるんと違いますか!?」
YUIオタクの鋭い洞察力を発揮しながら食い下がる琴音に、私は心の中で冷や汗を流しながら、あらかじめ考えていた「完璧な言い訳」を繰り出した。
「それはね、琴音。……実は、作詞家のミモザさんは、レンくんやYUIの音楽チームが信頼している『匿名チームのペンネーム』なの」
「えっ……チーム!?」
「そう。一人の人物じゃなくて、若手のクリエイターたちが集まって言葉を持ち寄るプロジェクト名みたいなもの。だから色んな人のリアルな体験が歌詞に反映されるし、ロケ地の情報もチーム内で共有されてるの」
(……嘘はついてない。母・薫と私と結の『チーム玉木家』なんだから……!)
私の堂々とした説明に、琴音は「はぁ〜〜〜っ!」と大きく納得の声をあげた。
「そうだったんか……! だからミモザ様の歌詞は多面性があって、未来を予言するみたいなリアルさがあるんやね……! 謎が解けたわ……!」
危ないところだった。
ポンコツで純粋な親友の探偵眼を、なんとか「真実の半分」で煙に巻くことに成功したのだ。
「……あ、でも琴音」
「何や、真衣ちゃん?」
「このことは、大学のみんなには絶対に秘密にしてね。レンくんのプライベートでもあるし」
「当たり前やん! 探偵の守秘義務、絶対に守るわ!」
胸を張る琴音を見て、私とレンくんは顔を見合わせてホッと息を吐いた。
こうして、嵐のような逃亡劇とミモザ捜索劇はひとまず幕を下ろしたのだった——。




