第4話:緑のヨギボーと、午前零時のメッセージ
「——でね、プロデューサーさんからは『夕暮れの駅前、すれ違うふたりの視線』みたいな、切ない恋の予感をテーマにしてほしいって言われてるの。なんか映画の雰囲気とかキーになる風景?みたいなのがそんな
感じなんだって」
夕食を終えた玉木家のリビング。
観葉植物が青々と葉を広げる横で、私――真衣は特大の『緑のヨギボー』に身体を預け、膝の上に置いたノートPCの画面を見つめていた。
隣には、ヘッドホンを首にかけた高2の結が電子キーボードを抱えて座り、ローテーブルの反対側では母・薫が淹れてくれた大好きな温かいミルクティーの甘い香りが立ち上っている。
「夕暮れの駅前、か……」
私はマグカップからミルクティーをひとくち飲み、ホッと一息ついてからキーボードに指を添えた。
幼い頃、言葉が出ずに黙り込んでいた私に、母がくれた「ノートとペン」。そして今、私は作詞家「ミモザ」として、結の歌声に命を吹き込む言葉を探している。
「結、メロディのサビ前、もう一回聴かせて」
「うん! ……♪〜〜」
結の透明感あるハミングがリビングに響く。
甘いミルクティーの余韻と、その切ない旋律に耳を澄ませていると、不思議と頭の中に情景が浮かび上がってきた。
『夕暮れの改札口 人波に消える影 伸ばしかけた手と、零れ落ちた言葉』
『すれ違う足音のなかで 君が振り返る理由を 私はまだ知らない——』
「……真衣!!!それ!!」
結がパッと目を輝かせ、キーボードの鍵盤を叩いた。
「すごい……! すっごく切なくて、胸がキュッてなる! やっぱり真衣の言葉って、なんでこんなに景色が目に見えるみたいに浮かぶんだろう!」
「気に入ってくれたならよかった。サビの展開は、もう少し言葉と音に合わせてみたいけど、雰囲気はこの方向でいいかな?」
母・薫も自分のマグカップを手に微笑んでいる。
「真衣の書く詞は、静かなのに熱があるのよね。……誰か特別な人を思い浮かべて書いたの?」
「えっ……!? ち、違うよママ! 弓道部の練習帰りの駅の風景を思い出しただけ!」
思わず顔が熱くなり、バッとヨギボーに顔をうずめる私。
(……私にそんな甘酸っぱい経験なんてあるわけないでしょ!)と心の中で叫びつつ、言葉のピースを組み上げていく。
深夜零時近く。
無事に歌詞の第一稿が完成し、結が「真衣様!最高ー!」と自分の部屋へ駆け上がっていった。
◇
「ふぅ……」
静まり返ったリビングで、私はヨギボーに沈んだまま冷めかけたミルクティーを一口飲み、スマホを手に取った。
画面をスクロールしようとしたその時、メッセージアプリに通知がポコンと届いた。
送り主の名前を見て、私は息をのんだ。
『レン』
東京ドーム公演を大成功させ、今や多忙を極めるB:DASHのレンくんからだった。
『真衣ちゃん、遅くにゴメンね。オカン(薫さん)から聞いたよ。結ちゃんの新曲の作詞、やってくれてるんやって?』
『うん、今ちょうど書き終わったところ。結も喜んでくれたよ』
すぐに既読がつき、テンポよく返信が返ってくる。
『さすが真衣ちゃんやな。……あとな、唐突で悪いんやけど、明日の放課後って時間あったりする?』
『明日? 大学はあるけど、夕方なら空いてるよ。どうしたの?』
画面の向こうで少し間が空いた後、届いたメッセージに私は目を丸くした。
『実は明日、仕事で真衣ちゃんの大学の近くまで行くんだけどね。……ちょっと真衣ちゃんに見せたい場所があってさ。二人でちょっとだけお出かけしない?』
(二人で……お出かけ……!?)
ドキン、と胸が高鳴る。
いつも我が家で気さくに笑い、私や結や蓮を兄弟のように(そして母をオカンのように)慕ってくれるレンくん。
でも、彼は日本中を熱狂させるトップアーティストだ。
そして——脳裏に浮かんだのは、先ほどヨギボーの上で大好きなミルクティーを飲みながら書き上げたばかりの歌詞。
『すれ違う足音のなかで 君が振り返る理由を 私はまだ知らない——』
(……うそでしょ。まさかこれ、また母譲りの「予言」になっちゃってる……!?)
手の中のスマホが、やけに重く感じられた。
深夜の静かなリビングで、私の甘酸っぱくも波乱に満ちた「予言」が、静かに動き出そうとしていた——。




