3話:迷走する探偵と、リビングからのSOS
「真衣ちゃん! この学食の角の席……ミモザ様が潜伏するのに打ってつけの場所やと思わへん!?」
火曜日の昼休み。
文学部の講義棟を抜け出してきた吉野 琴音は、学食の人間観察に精を出していた。手には「ミモザ捜索ノート」と書かれた怪しい大学ノートが握られている。
「……琴音、ちょっと声が大きいかな。それに、作詞家さんのミモザがなんでうちの学食に潜伏するの?」
私は日替わり定食の唐揚げをハシでつまみながら、冷静にツッコミを入れた。
「だって考えてみて? 『アザレアの予感』のあの繊細な言葉選び……絶対、人間観察を極めた人間で、尚且つカリスマ的な出すオーラがあるはずや! ほら、あそこの窓際で文庫本読みながら一人でパスタ食べてる眼鏡の先輩とか、怪しくない!?」
「あの人は私の出版学ゼミの2年上の先輩。ただの極度の人見知りで、作詞とは無縁だよ」
「えぇ〜っ、ハズレかぁ……」
ガクッと肩を落とす琴音。
彼女のポンコツ推理に付き合わされるのも、これで 3日目だ。私が本人であり、YUI(結)の姉であるという最大の秘密は、今のところ奇跡的に守られている。
(……でも、このままだといつか墓穴を掘りそうだな……)
私がミルクティーを飲んで冷や汗を拭っていると、ポケットの中でスマホがブブッと激しく震えた。
画面を見ると、高校生の妹・結(YUI)からのLINEだ。
『まーーーいーーーーー!! 大ピンチ! 助けてーーーっ!!』
画面を埋め尽くす大量の悲鳴絵文字。
私は琴音に「ちょっと席外すね」と言い残し、学食の静かな通路へと移動して電話をかけた。
「結? どうしたの、そんな慌てて」
『真衣ーー大変なの! 映画の挿入歌のコンペ、急遽提出が今週末に繰り上がっちゃったの! メロディはできたんだけど、歌詞が全然浮かばなくて……!』
電話の向こうで、結のパニック気味な声が響く。
『レーベルのプロデューサーさんにも「YUIの透明感と、ちょっと切ない恋愛の予感を入れた歌詞で頼む」って言われちゃって……。お願い真衣さま!!ミモザ様!!!ミモザパワーを貸して……!』
「今週末……!? 本当に急過ぎ…今日の放課後、早めに帰るから」
『ほんと!? ありがとう真衣ーー! 大好き!』
電話を切った私は、深く息を吐いた。
結のアーティストとしての活動を支えるのは、作詞家「ミモザ」としての私の大切な役目だ。でも、恋愛の予感……?
(私、弓道と勉強ばっかりで、恋愛なんてしたことないんだけどな……初恋だってまだなのに…)
体育科の男子たちや他校生から寄せられる謎の好意(無自覚モテ)なら山ほどあるが、自分自身の甘酸っぱい恋心なんて、皆目見当もつかない真衣だった。
◇
学食の席に戻ると、琴音はノートに新しい謎の図式を描いていた。
「真衣ちゃん、おかえり! 大丈夫?」
「あ……高校生の妹から電話。今日の放課後、ちょっと急いで家に帰らなきゃいけなくなっちゃって」
「えっ! そうなん!? ……あ、もしかしてご両親に『吉野屋の羊羹』届けるため!?」
目を輝かせる琴音に、私は苦笑いしながら頷いた。
「あーーー、そうだね。羊羹も家族喜ぶと思う。それもあるし……ちょっと妹の勉強(作詞)の手伝いもしなきゃいけなくて」
「そっかぁ! 真衣ちゃんの妹さん、幸せものやなぁ。……あ、なら私も一緒に駅まで行くわ! 探偵の聞き込み調査も兼ねて!」
「いや、聞き込みはいいから……」
◇
夕方。
大学最寄り駅の改札前で、琴音と別れる。
「真衣ちゃん、気をつけてな! 羊羹、ご家族で食べてや〜! で、ミモザ捜索の続きはまた明日!」
「うん、ありがとう琴音。また明日ね」
ぶんぶんと手を振る琴音を見送り、私は電車に乗り込んだ。
つり革に掴まりながら、スマホを開く。
そこには、結から送られてきた新曲のメロディデータ。
(切ない恋愛の予感……か)
車窓の外を流れる夕暮れの街並みを眺めながら、私は思考を巡らせる。
「ただいまー」
我が家の玄関を開けると、甘い出汁の匂いが漂っていた。
リビングへ向かうと、観葉植物の横の『緑のヨギボー』に深々と埋もれた母・薫がノートパソコンを叩き、その横で結が頭を抱えて唸っている。
「おかえり真衣! 放課後お友達との用事とかなかった?結が『切ない恋の歌詞が書けない』って大騒ぎしてるのよ」と母。
「真衣ちゃ〜ん! 待ってたよー!」と泣きつく結。
「ただいま、ママ、結。……よし、じゃあ夕飯食べたら、二人でじっくり作詞会議ね」
カバンからノートパソコンを取り出しながら、私は息を吐く。
母・薫譲りの「予言」の作詞になってしまうかもしれない私の紡ぐ言葉。私が今夜、このリビングの緑のヨギボーの上で紡ぐ言葉は、一体どんな未来を引き寄せてしまうのだろうか。




