第十四話:ドームの行方
「10時ジャスト……連打ぁぁぁッ!!」
日曜日の朝10時。我が家のリビングには、時報の「ポーン」という音と共に、鬼気迫るキーボードとスマホの打鍵音が響き渡っていた。
B:DASHドームツアーの追加席・一般販売。
PC前には私とパソコン画面の向こうでスマホを握りしめるのはあーちゃん。画面には虚しくも「ただいまアクセスが集中しております」の文字が踊る。
真衣と結にもパソコンとスマホで一緒に参戦してもらっている。
「繋がらない! 画面が真っ白! たまちゃんどう!?」
「私もダメ! ぐるぐる回ってる……っ!」
半ば諦めかけた10時03分。真衣のPC画面が急に切り替わった。
『お席がご用意できました。購入手続きへお進みください』
「「きたーーーーーーっ!!!???」」
真衣と結の叫び声
悲鳴のような歓声がリビングに轟いた。奇跡的に、ドーム公演のオーラスの注釈付き指定席(ステージや演出が一部見えづらい席)が2枚取れたのだ!
抱き合い、飛び跳ねて喜びを分かち合う。
「たまちゃん、真衣ちゃんも結ちゃんもありがとう……! 私たち、ドームに行ける……! ホクトくんに会えるよ〜〜!」
画面越しに号泣するアラフォー二人。
それを温かく見守る真衣と結だった。
蓮はと言えば、友達がピンポンに来て外遊び中。
末っ子は自由だ。
◇
そして迎えた、ライブ当日。
春の風が心地よい3月のドーム。
会場周辺は、色とりどりの推しカラーを身にまとったファンで埋め尽くされていた。
「すご〜い! 人、人、人!!」
「たまちゃん見て! ホクトくんのうちわ持ってる人いっぱいいる!」
あーちゃんは全身ホクトくんの推しカラーである青のコーディネート。私はレンくんの推しカラー・黄色をポイントに取り入れた服装で、会場の熱気に胸を高鳴らせていた。
発券された私たちの席は、メインステージの真横に近いスタンド1階注釈付き指定席。
確かに少し見づらい角度ではあるけれど、ステージの袖や裏側の雰囲気が伝わってきて、ファンにとってはむしろ大興奮の神席だった。
「たまちゃん、本当に来られて良かったね……!」
開演前の暗転。数万人のペンライトが一斉に点灯し、ドーム全体が幻想的な光の海に包まれる。
――ドォン!!
凄まじい重低音と共に、ステージ中央からB:DASHの5人が登場した。
「キャーーーーーーーッ!!!」
あーちゃんの悲鳴のような歓声。
中央で圧倒的なオーラを放つホクトくん。そして、その隣で弾けるような笑顔を見せる最推し・レンくん。
(あぁ……本物だ……。いつも我が家のソファーでみかん食べてるレンくんが、こんなにも眩しいアイドルなんだ……!)
ライブは圧巻の一言だった。
激しいダンス、透き通る歌声。ホクトくんの足の怪我も完全に癒え、メンバー全員が爆発的なパフォーマンスを繰り広げている。
そして、アンコール最後の一曲――。
メンバーたちがフロート(移動式ステージ)に乗り、アリーナを一周しながら会場の端々に手を振っていた時のことだ。
レンくんとホクトくんが乗ったフロートが、ちょうど私たちの座るステージ横の注釈席に差し掛かった。
「ホクトくーーーん!!」
あーちゃんが必死でうちわを振る。
その時、フロートの上のレンくんが、ふと私たちのスタンド席へ視線を向けた。
(あっ……!!)
一瞬、レンくんとバッチリ目が合った気がした。
レンくんは驚いたように目を見開いた後、ニッといたずらっぽく笑うと、胸の前で大きく両手で「オカン」と文字を描くような謎のポーズを作った。
そして、隣にいたホクトくんの肩をぽんぽんと叩き、あーちゃんの持つ「ホクト」うちわを指さしたのだ。
気づいたホクトくんが、あーちゃんに向かってビシッと指差し(ファンサ)を飛ばす!
「キャァァァァァッ!!??? 指指された!! ホクトくんが私を見たぁぁぁぁッ!!」
あーちゃんはその場にへたり込み、感極まって大号泣した。
「たまちゃん見た!? 今、ホクトくんが……ううん、レンくんもすっごくこっち見てくれて……! 私、生きてて良かった……!!」
「うん……! 本当に、最高のライブだね……!」
涙を流して喜ぶあーちゃんを抱きしめながら、私はステージの上で小さくドヤ顔でウインクしてみせた最推しに、心の中でそっとつぶやいた。
(レンくん……ファンサ、ありがとうね。君は最高のアイドルだよ!)
◇
ライブが終わった日の深夜。
余韻に浸りながらリビングで冷えたビールを飲んでいると、我が家の裏ドアがトントンと叩かれた。
開けると、ライブの熱気も冷めやらぬまま、私服に着替えたレンくんが立っていた。
「オカン、見つけたよ! 演出見づらくなかった?」
「レンくん! お疲れ様! 最高だったよ、本当にカッコよかった!」
「へへ、ありがと。神も喜んでくれた?」
「大号泣だったよ! ホクトくんのファンサ、レンくんがアシストしてくれたんでしょ? 本当にありがとうね」
レンくんは照れくさそうに頭を掻くと、リビングのヨギボーへダイブした。
「ふぅ〜〜! やっぱりここのリビングが一番落ち着くわぁ……。ツアー走破のご褒美に、オカンの手作り豚汁食べさせて」
「はいはい、すぐ温めるね(笑)」
ある意味、レンくんもうちの夕飯メニューを当てる予言の力でもあるんじゃないか?と疑いながら、
輝くドームのステージから、我が家のヨギボーへ。
世界一カッコいい最推しと、それを支える推し活オカン。
予言プロットから始まった私たちの奇妙で温かい毎日は、これからも賑やかに続いていくのだった――。
(第一部・完)




