第十三話:神の祈り
「当落発表……本日、15時……っ!」
土曜日の午後2時50分。我が家のリビングは、異様な緊張感に包まれていた。
ヨギボーの前に正座する私と、パソコンの画面の向こうでは祈るようにスマホを握りしめているのは、推し活仲間のあーちゃん。2人して同じようにスマホの画面を見つめて膝を震わせている。
今日は、B:DASH初の5大ドームツアー『B:DASH 5th Anniversary DOME TOUR』のFC最終チケット選考の当落発表日なのだ。
「たまちゃん……生きてる……? 私はもう心臓が口から出そう……」
「だ、大丈夫……! 二人で全公演申し込んだんだから、どちらか1日は絶対当たる……はず……!」
「ママたち、何回見てもその顔ウケるんだけど」
長女の真衣が冷やし麦茶をテーブルに置きながら、呆れたように笑う。
「大きい方のレンくんに『チケット取って』ってお願いすれば一発じゃん」
と画面の向こうのあーちゃんには聞こえないくらいの声で呟く結。
「それは絶対ダメ!!!!」
私が叫ぶと、結は「はいはい」と肩をすくめた。
そう、推し活のオキテとして「関係者席の融通」などという邪道は絶対に許されない。ファンとして徳を積み、正々堂々と抽選の運を勝ち取ってこそ、あの夢の空間に立てるのだ。
(まあ、そもそも関係者席なんて頼んだら『たまちゃん、なんでレンくんとそんなツーカーなの!?』ってあーちゃんにバレて一発アウトだしね……!)
「あと3分……! たまちゃん、神様にお祈りしよ!」
あーちゃんが画面の向こうでホクトのマスコットをぎゅっと握りしめる。
その時だった。
ガチャ。
「ちーす。オカン、今日『すき焼き』って言っとったよね? 卵買ってきたー」
変装用の帽子を深めにかぶったB:DASHの最推し(本物)・レンくんが、ビニール袋を下げてヌッとリビングに顔を出す。
「「「……ッ!!???」」」
玉木家女子3人の心臓が文字通り跳ね上がった。
(ちょっと待って!! なんで今日に限ってこの時間に来るの!? あーちゃんいるんだよ!?!?)
パソコン画面の向こうのあーちゃんはまだ状況をわかっていない様子。
私は全身の血が引くのを感じながら、咄嗟に立ち上がり、あーちゃんの視界を遮るように仁王立ちした。
「れ、レン……じゃなくて! 蓮!! 遅かったじゃない! お使いありがとうね!!」
大声で叫びながら、私はレンくんの背中を強引に押し、廊下へ押し出そうとする。
「あとは真衣よろしくね!!!」
と真衣に目配せをして私はパソコンの前に戻る。
レンくんは「え? 蓮? 俺、肉食べに……」とポカンとしている。
「た、たまちゃん……今の……背が高くてイケメンな男の子……誰……? 蓮くん……? 蓮くんって小5じゃ……」
「あ、あははは! 蓮の家庭教師のお兄さん!! 歳の離れた従兄弟の……レン兄ちゃん!!」
「はじめまして、レン兄ちゃんです」
レンくんが察したのか(あるいは単にノリが良いのか)、ドアの隙間から手を振った。
あーちゃんは一瞬呆然とした後、「へ、へぇ〜! 蓮くんの家庭教師のお兄さんなんだ! 雰囲気ちょっとレンくんに似てるね!」とすっかり騙されてくれた。
(危なかったーーーーーー!! 命が寿命が縮まった……!!)
冷や汗をダラダラと流しながら、無事に真衣がレンくんをキッチン奥のパントリーに押し込み、「15時過ぎるまで絶対出てこないで!」と目殺の視線を送る。
そして時計の針が15時を指した。
「あーちゃん、発表来た……!」
「う、うん……! 見るよ……せーの……!」
画面をタップする。
『厳選なる抽選の結果、お客様のチケットは――』
「……落選」
あーちゃんが絶望の声を漏らした。
私の画面も進める。
『落選』『落選』『落選』……。
「うそ……全落ち……!?」
私は膝から崩れ落ちた。B:DASHの人気が凄まじすぎて、ドームですら倍率が跳ね上がっていたのだ。
リビングに漂う重苦しい通夜のような空気。
その時、パントリーの隙間からひょっこり顔を出したレンくんが、スマホをいじりながらボソッと言った。
「あ、そういえばドームツアー、注釈付き指定席と追加席の販売が明日発表されるらしいよ。あいつら(運営)が言ってた」
「「えっ!?」」
あーちゃんと私は同時にガバッと顔を上げた。
「家庭教師のお兄さん、なんでそんなこと知ってるの!?」
「え? あ、いや……X(旧Twitter)の裏アカで噂されてて……」
レンくんが焦って言い訳する。
「とにかく! まだ諦めちゃダメってことだよね! 明日の一般販売、絶対に勝ち取ってみせる!」
あーちゃんが炎のような執念を取り戻し、拳を握りしめた。
「うん……! 絶対に二人でドームに行こう!」
◇
その夜。
我が家の食卓で玉木家+レンくんは揃ってすき焼きをつついていた。
「オカン、チケット外れてそんなにショックだったん?」
肉を頬張りながらレンくんが聞いてくる。
「ショックだよ! ファンにとってドームは特別な場所なんだから! レンくんたちが大きな舞台に立つ姿を、この目で見たいの!」
私が熱弁すると、レンくんは箸を止め、少し照れくさそうに笑った。
「……そっか。まあ、オカンたちが客席におったら、俺も心強いけどね」
その言葉に、胸がキュンとする。
最推しがステージで輝く姿を、絶対に客席から見届けてやるんだから。
あの後、公式から無事に追加の機材席解放が発表された。明日、先着の勝負だ。
私はノートパソコンを開き、連載第3話のプロットにこう書き加えた。
『諦めない想いが、奇跡のチケットを呼び寄せる――!』
(絶対当てるぞ、一般販売……!!)




