第十二話:衝撃の過去(?)と、オカンの大激走
「メンバーの一人が極秘で隠している衝撃の過去……!?」
編集・佐藤さんからの電話を切った後、私はヨギボーの上でみかんを剥いている最推し・レンくんを穴があくほど見つめた。
「……ん? オカン、なに? みかん食べる?」
無邪気に一房差し出してくるレンくん。20代半ば、国宝級イケメン、B:DASHの絶対的センター。
(まさかレンくん……生き別れた御曹司だとか、昔裏社会で伝説の拳を持つ少年だったとか、そういう壮絶な過去が……!?)
「ねえ、レンくん。……あなた、私に何か隠してることない?」
「え? 隠し事? ……あ」
レンくんがピクッと肩を跳ねさせた。
みかんを握りしめた手がわずかに震えている。
(あ、当たっちゃった!? マジで何かあるの!?)
「……オカン、感鋭すぎだろ。どこで知ったん……?」
「えっ、いや、直感というか……」
レンくんは周囲(誰もいないリビング)を警戒するように見回すと、声を潜めて言った。
「実は俺……中3の時、学級委員長やってたんよ」
「……はい?」
「あと、実家で飼っとる犬の名前、『ポチ』じゃなくて『プリンセス・ベルリン3世』なんよ。カッコつけてラジオでポチって嘘ついとった……」
「……それだけ!?」
「それだけって何!? ファンに『昔はちょっとヤンチャでした』風の雰囲気出してるのに、学級委員長でポチがプリンセスとかバレたら激ダサじゃん!!」
頭を抱えて真剣に悩む最推しを見て、私は脱力してヨギボーに崩れ落ちた。
可愛い。可愛いすぎるけど、編集部が求めているのはそういう「微笑ましい黒歴史」ではないのだ。
(どうしよう……! 読者が喜ぶような『ドラマチックで衝撃的な過去』を書かなきゃいけないのに、現実のレンくんの過去が平和すぎる……!っていうか、誰もレンくんが昔ヤンチャだったなんて、これっぽっちも思ってないからね。小さい頃からアーティストになる為にレッスン頑張ってきたの知ってるしね。)
◇
その日の夜、私はPCの前で頭を抱えていた。
『玉木薫』の連載第二話。編集部からは「グループの絆を揺るがすような、切ない秘密」を要求されている。
(でも、もし私が小説で『かつて相棒を裏切った過去がある』とか『重い病を隠している』なんて重いストーリーを書いたら、それが現実になってB:DASHの誰かに降りかかったらどうするの……!?)
冷や汗が止まらない。
予言の力が本当にある以上、安易にシリアスな不幸展開を描くわけにはいかないのだ。
「……あ!」
私はひらめいた。
「衝撃の過去」のスケールを、不幸方向ではなく「究極のドタバタ&人情系」に振り切ればいいのだ!
カタカタカタカタ――!
私はゾーンに入った集中力でキーボードを叩き始めた。
『主人公がひた隠しにしてきた衝撃の過去――それは、デビュー前に世話になった下町の商店街のおばちゃんたちとの「ある約束」だった。彼はかつて、商店街ののど自慢大会で優勝し、「俺が売れたら全員をドームツアーに招待する」と誓っていたのだ!』
『秘密裏に100人分のドームチケットを手配しようと奔走する主人公。その怪しい動きを「スキャンダルか!?」と勘違いしたメンバーたちが、彼を追跡する大騒動が巻き起こる――!』
(これだ……! これなら誰一人傷つかないし、B:DASHらしいドタバタコメディとして最高に盛り上がる!)
朝方、無事に原稿を送信した私は、達成感と共に泥のように眠りについた。
◇
数日後。
「たまちゃん!! 今週の連載読んだよ〜〜っ!!」
あーちゃんから大興奮の電話がかかってきた。
「もう最高! 商店街のおばちゃんたちのためにコソコソ奮闘する主人公、可愛すぎない!? スキャンダルだと思って尾行するメンバーたちの勘違いコントも最高だった!」
「ふふ、ありがとうあーちゃん! 好評で良かった〜!」
「でね! これすごいのよ! 今日のB:DASHの公式ラジオでさ、レンくんが『実は昔、商店街ののど自慢大会で歌ったことある』ってタイムリーな話をしてて! たまちゃんの小説、本当にB:DASHの空気を完璧に捉えてるよね!」
(危なかったーーー!! 「商店街ののど自慢」まで現実とリンクしかけてたーーー!!)
電話の裏で胸をなでおろしていると、玄関のドアがガチャリと開いた。
「オカーン! 今週の原稿読んだよ! 俺、のど自慢大会で『およげ!たいやきくん』歌って3位だった過去思い出したわ!」
「レンくん声が大きい!! あーちゃんと電話中だから静かにして!!」
電話口を押さえながら玄関に向かって叫ぶ
電話口で「え? たまちゃん今誰の声……?」と首をかしげるあーちゃんに、「あ、テレビテレビ! バラエティ番組の音!」と必死で言い訳しながら、私は最推しの口にみかんを押し込んだのだった。
(今日も我が家は平和です――……たぶん!)




