過去の女と比べてしまう
「危険な生き物がいて森の近くに住んでいるのか」
王が驚いた。
「あんた、裕福な人間なんだろうな。変装までして」
男の言葉に二人は無言になった。
「街の人間、皆が幸せに暮らしていると思っているのか。いつ、死んでもいいって思っているんじゃないか」
男は呆れたように二人を見た。
朝ごはんは畑の野菜で作った具だくさんのスープとパンだ。
パンは最初、街で買っていたが美也が作ると言い出したときは驚いた。
粉と水、卵を水で解いて焼いた平たいパンに野菜や肉を挟んで食べる。
こんな朝食は初めてだ。
妻がいたころはどうだった?
もっとうまいもの、贅沢な肉が食べたいと文句を言っていなかったか。
「私、今日は川に行こうと思うんです」
「遠いぞ、少し離れているし」
「魚を釣ろうと思うんです。肉も良いですが。魚も美味しいですよ」
「道具がないと大変じゃないか」
美也はふふふと笑った。
「手づかみで、あと大きな石があれば大丈夫です」
石、そんなもので魚をどうやってとカイゼルは不思議そうな顔になった。
川の石と石をぶつけて魚を気絶させてとるんです、石打漁っていうんですと美也は笑った。
そんなことで魚が捕れるのかとカイゼルは驚いた。
「無理なら別の方法を考えます」
この女は赤の他人だ、それなのに家の中の事食事の用意、率先してやってくれる。
家の中はきれいになっていく、今まで一人で食べていた食事とは違うものが出てくる。
近くの川で服や寝具を洗ってくれる。
知らない人間が見たら勘違いするだろう。
ジャムを売ることで、街に行くことになったが、毎日ではない。
久しぶりに街の人間を見たが誰も美也のことを聞いてくる人間はいなかった。
今まで街の人間と積極的に付き合ってはこなかったから無理もない。
それでいいと思っている。
「カイゼルさん、魚料理、何が食べたいですか」
魚なんて今まで口にした事あったか。
生では無理だ、焼く、煮る、他にどんな食べ方がある?
「カイゼルさん、私、ここにいてもいいですよね」
美也が尋ねた。
「街でジャムを売っていても、私のこと誰も、奥さんかと聞いてくる人もいなかった、普通なら気になりませんか」
「この顔だからな」
カイゼルの言葉に美也は顔ですかと呟いた。
「結婚していたんですか」
昔だとカイゼルは呟いた。
「貧乏暮らしに嫌になったのか、男ができたのか」
そうですかとは呟いた。
「好きな人ができたのかは別として、貧乏なんですか、家もあるし食べるのに、それほど困っているとも思えません」
「そうなのか」
「上を見たらキリがないですよ」
カイゼルは言葉が出ない、自分一人だけなら以前はぎりぎり食べていけた、だが今は違う。
「今の生活は昔とは違う、色々と余裕ができた」
美也は笑った。
「じゃあ、もう少し頑張りませんか。寝具を新しくしませんか。カイゼルさんのシーツや枕、古くて布も薄くなっています」
「あんたのは」
「後でいいです。お鍋がもう一つほしいですね」
自分の事は後回しなんだと思った。
このとき、カイゼルの脳裏には過去の記憶が蘇った。
自分を見捨てて去った元妻の姿だ、目の前の女と思わず比べてしまう。
元妻は、常に上だけを見ていた、それこそ、貪欲なぐらいに。
少しでも余裕ができれば、綺麗な服がほしい、立派な家に住みたい。
薄汚い農村で泥にまみれて暮らす事に対して始終、不満を抱いていた。
だが、眼の前の女は新しい鍋で嬉しそうに笑い、自分を気遣う。
無欲さと優しさが心に染みるほど心に受けた傷痕が疼く。
この生活が、いつまで続く、側にいてくれるのか、不安を感じていた。
「ここにいてくれるのか」
返事を聞くのが怖くて言い出せない。
「俺の顔の傷、気にしないんだな」
思わず聞いてしまった、すると美也は、どこか寂しそうに笑った。
「私の国でもいましたよ。優しい人でした」
自分に似た人間がいたのか、知り合いだろうか。
男、女、家族、友人、もしかして。
答えを聞こうとして、カイゼルは言葉を飲み込んだ。
聞いてしまえば終わってしまうかもしれない、過去の生活には戻りたくないと感じる自分がいた。
臆病だと思いながらも、気く事ができない自分がいた。




