ジャムを買いに行く、騎士
赤いベリーのジャムを売っている店がある。
ジャムを買ってきて欲しいと頼まれたときサイラスは驚いた。。
「王妃がどうしても欲しいと言ってな」
王は政務、政は妻で王妃に任せている、愚王というわけではない。
何故とサイラスと思った、自分は城を守る騎士だ。
だが、王の命令なら仕方ない、渋々と街へ出掛けた。
ところが、ジャム売りはいなかった。
「赤いベリーを売っている人間がいると聞いたんだが」
「ああ、たまにしか来ないんだよ。月に片手の数も来ないよ」
何だ、それははサイラスは驚いた。
「運が良ければ会えるけど、入れ物を持ってないね。だったら売ってもらえないよ」
男はサイラスを気の毒そうに見た。
「入れものだと」
「鍋も持ってないのかい、あんた」
男は呆れた顔でサイラスを見た。
ジャム売りは毎日、店を出しているわけでもない。
しかも、運よく会えたとしても、鍋がなければ買うことすらできない。
(……これは思った以上に厄介な任務だ)
サイラスは心の底からそう思った。
「いつ来るか分からないのか」
「あんた人の話を聞いてなかったのか、運が良ければって言っただろ」
男は呆れた顔でサイラスを見た。
「ジャムもお玉に一杯しか売ってもらえない」
サイラスは無言になった、今のは聞き違いか、お玉に一杯って、ほんのちょっぴりじゃないか。
「赤いベリーは森にしか自生していないんだ。畑の作物みたいにたくさん生えてるわけじゃない。だから皆、楽しみにしてるんだよ」
「多分、来ても買えないと思うぞ、無理なんじゃないか。赤いベリーはもう終わるころだよ」
男の言葉にサイラスは驚いた。
「終わりって、どういうことだ」
「あれは実がなっても短いんだよ。この間も売りに来てたが、並んだ人間、皆、買えなかったからな。買ったやつが他のやつに分けていたくらいだ」
その言葉を聞いてサイラスは顔を曇らせた。
相手が商人なら金を詰めば買えるかもしれないと思った。
「あんた、金を払って買おうとしてないか。強引に」
不意に、男がサイラスを睨んだ。
表情から、何かを察したのかもしれない。
男の鋭い視線は見透かしているようだった。
サイラスは返す言葉を失った。
自分は王命を果たそうとしているだけだ。
そのはずなのに、胸の奥に小さな棘が刺さったような違和感だけが残っていた。
ジャムは街に行けば買えると思っていた、仕方ない、出直すことにした。
一週間、通いつめたが、売りに来ない。
だが、その日、いつもとは違う賑わい、雰囲気にサイラスは気づいた。
「よかったねー」
「運が良かったよ」
親子の会話にサイラスは、はっとした。
手に入れ物を持っている。
「すまない、もしかしてジャムを売リに来ている人間がいるのか」
「は、はい」
母親らしき女が頷いた。
「おじさん、もう売り切れだよ」
女の子の言葉にサイラスは驚いた、間に合わなかったのか。
「もう、終わりってことか」
サイラスにとって、耳を疑う言葉だ。
「ジャムは、もうおしまいだって」
女の子の言葉が通じていないと思ったのかもしれない。
「あの、ベリーの実が残り少ないから売リに来ることはないという意味だと思います」
この間の男との会話を思い出す。
赤いベリーは期間が短い、売りに来ないということか。
確かめなければ、女に教えてもらった方向へサイラスは走り出した。
あれだ、鍋を片付けている女と男の姿を見つけたサイラスは近寄ると声をかけた。
「すまない、ジャムをほしいんだ、今度はいつ来る?」
自分を見上げた女はすみませんと頭を下げた。
「終わりと聞いたが、売りに来ないということか」」
「はい、ベリーの実は残り少なくなっていますし
またあるということか、サイラスはほっとした。
それなら特別に作ってもらえないかと考えた。
「すみません、あなた、街の人じゃないですね」
声をかけてきたのは顔の左半分に大きな傷のある男だ。
「悪いが、ジャムは終わりです」
この男、平民ではない、体つきもガッシリとしている鍛えられている。
カイゼルは男をじっと見た、どこかで見たことがある気がする。
赤髪で静観な顔つき、そうだ、確か城の騎士団に赤い髪の。
「森にベリーの実があるなら作ってもらえないか、俺は」
城の騎士団に所属している人間でジャムを欲しいと言っているのは平民ではない。
そう言えば、ジャムが手に入るとサイラスは思った。
「すみません」
女が頭を下げたときだ。
サイラスは無言になった。
女の背後に突然、黒い巨体が現れたからだ。
昔見たことがある、ブラックベア、巨大な黒熊だ。
咄嗟に腰の剣に手をかけ抜こうとしたときだ。
「お姉さん」
「ジャムは終わりって、本当なの」
女の子たちが駆け寄ってきた。
危ない、サイラスは思わず声をあげようとした。
逃げろと声をかけるつもりだった、だが。
女の子たちが熊のそばにいてもブラックベアは身動き一つしない。
もしかして、いや、そんな事あるわけない。
(……見えていない?)
女の子たち、女と男、いや、側を通り過ぎる人、誰も気づいていない。
サイラスの背筋を冷たいものが走る。
これは幻か、だが、金色の目は自分を見ている。




