医師が告げるのは
サイラスは体格が大きい、カイゼルもだ、農民として暮らしてきたのだ。
「少し窮屈だろうが、我慢しろ」
「一体何が起きたんです」
理由がわからないカイゼルは尋ねる。
だが、今は逃げることが先だ、せめて国境近くまでと言われて無言になる。
馬を走らせながらも前後、周りを気にするサイラスの表情は厳しい。
何が起きたのかわからない、気になるのは美夜のことだ。
「彼女は大丈夫でしょうか」
「追手が、あちらに回っているなら、まずいが」
サイラスは真剣な顔だ。
「馬を降りるぞ、歩く」
カイゼルは思わず周りを見た。
「用心の為だ」
歩き出したサイラスはカイゼルの顔をじっと見た。
「顔の傷、いつ治ったんだ」
わからないとカイゼルは首を振った。
「宰相、いえ、アイザック殿が来るまで自分は気づかなかったんです」
サイラスは普通では、ありえないなと首を振った。
「お前の顔の傷だが、カイン殿だ、王の左半分が、いや、おまえ以上に」
自分の顔の傷が王に?
意味がわからない。
「ひどいのですか」
「本人より周りが驚いている。昨日までは普通だった。愛妾のオクタヴィア様がな。化物だ、近寄るなと喚き立てて」
サイラスは言葉を飲み込んだ。
「アイザック殿は、お前だけじゃない、彼女のことを心配した。他の愛妾たちも逃げだすぐらいだ」
「お后様は」
「政務で、王のことを気にする余裕なんてない、殿下もだ。共和国になる為の準備で忙しい。アイザック殿、妃も、王の傷は治らないと分かっているみたいだ」
分かっている?意味がわからない。
カイゼルの表情に気づいたのだろう。
「病気や怪我じゃない。たった一晩で変わったんだ」
サイラスの声は真剣だ。
「遅かったな」
国境、隣国を飛び越えて、数日かけて、やっと着いたのは森に近い、木造建ての一階だての家だ。
サイラスとカイゼルは出迎えてくれたアイザックに頭を下げた。
「ここは、どなたの家です。アイザック様の?」
「私が別荘なんて持てるような身分だと思っているのか」
「いえ、もしかしてと」
「ここはアシャンの人間が建てた家で幾つかの国に、こういう家がある、管理もされているから」
「アシャン、人の名前ですか」
サイラスは不思議そうに尋ねる、総称だとアイザックは呟いた。
「とにかく体を休めろ。ここに来るまでお互い無事でよかった。話したいこともある」
「彼女は」
カイゼルが尋ねた。
「休んでいる、馬に乗るのも初めてだった。途中で色々と情報を集めてきたからな」
カイゼルは、ほっとしたようだ。
その夜、食卓に並んだ食事に三人の男たちは驚いた。
「皆さん、遠慮せず食べてください」
ローストビーフ、ソーセージと野菜たっぷりポトフ、焼野菜。
初めて見る料理もありカイゼルは驚いた、だが、それはアイザックとサイラスもだ。
「城の兵舎の食事もうまいと思ってたが」
ここに車では満足な者が食べられなかった、サイラスの食欲にカイゼルは呆れた顔だ。
「おまえ、もう少し上品に食べられないのか」
サイラスの性格を察しているのだろう。
アイザックは心底嫌そうな、呆れ顔だ。
やっと会える、彼女に。
男は緊張しながら、ドアの前に立った。
自分を見たら彼女は、どんな顔をするだろう。
生きていたときと同じように、先生と呼んでくれるだろうか。
その日、朝食の席でアイザックは、これから先のことを考えようと真剣な顔になった。
「多分城は大変な騒ぎになっている」
「戻られるのですか」
サイラス言葉にアイザックは封書を見せた。
「昨日、届いた、元、王妃からだ」
何が書かれているのか、サイラス、カイゼルの表情が変わった。
美夜は、ただ、黙って聞いていたが、突然ドアをノックする音、呼び鈴の音がした。
玄関に向かった彼女だがドアを開け、尋ねてきた相手を見て驚いた。
「せ、先生?」
そこは信じられない、会えないと思っていた人の姿があった。
「体調はどうです、美夜さん」
それは診療室で、いつも自分に呼びかける、最初の言葉だ。
「は、はい」
懐かしさで頷くことしかできない。
「足の怪我のことも、あなたは我慢していました。少し診ましょう」
尋ねてきた医師の姿を見て三人の男たちは驚いた。
医師は彼女を椅子に座らせるとシャツを脱具用にと声をかけた。
男たちは恥じらう様子もなく意思の前で旨を晒す姿に驚いた。
「眠れていますか、心音が少し弱い。私は、あなたを元の世界に戻したいと考えているんです」
医師の言葉に男たち、カイゼルの顔色が変わった。
最初の出会いから不思議な女だと思っていた、元の世界。
では彼女は、この国ではない、別の世界の人間という事実を突き付けられた気がした。
「ここで暮らすというのは、あなたの寿命を縮めることになる」
寿命が短くなるってことですか、美夜の質問に医師は答えない。
「あなたの家族、友人は心配しているかもしれないでしょう」
「でも、戻れる方法なんて、それに、先生は」
「あなたが帰れる方法を」
私は探しているんです、美夜は、ぽつりと呟いた。
「先生に会えますか。向こうで」
「私は死んでいるんです」
沈黙は長くは続かなかった。
「少し散歩しませんか。向こうでは診療室で会うことしかできませんでしたから」
窓の外から三人の男たちは並んで外を歩く二人を見つめていた。
「おまえたち、どう思う」
アイザックが口を開いた。
「あの医師の言葉、信じられると思うか?」
「どういうことです」
サイラスは意味が分からないという怪訝な表情だ。
「嘘をついている、そう言いたいのか」
カイゼルの表情が変わった。
「あの医師は死んでいる、だから今まで不思議なこと、庭師を治した、お前の傷をカインに移したとして、生きた人間を元の世界に戻す。そんな事が簡単にできるか」
アイザックの表情は真剣だ、今までの出来事は普通ではない。
医師が死人だから何でもできるというのは理屈では考えられないと思ったのだ。
この時、思い出した、綿帽子との会話だ。
秘密―っ、探してるの、悪いことじゃないよ。
アシャンの人間は何を探している?
「最初に、こちらにきた黒髪の人間、男だが高齢だった、貧しい村人の為に色々な知恵を授けたらしい」
アイザックは言葉を続けた。
「貧しい村が豊かになった、だが、大国にはならない。村の人間は各国に散らばった、自分たちと同じ貧しい村を豊かにするために、だがそれだけじゃない」
サイラスは意味が分からない。
「何かを探していたらしい。その為に村を出たらしいんだ」
もしかして同じような、黒髪の人間でしょうか」
カイゼルの言葉にあり得るかもしれないとアイザックは思った。
だが、そんな簡単に。
「その男性は帰りたいと思わなかったんですか」
アイザックは無言にでサイラスを見た。
突然、部屋の中に綿帽子が現れたのだ。
「無理だよー」
いつもと違って、綿帽子の声は笑ってはいない。
「無理って、どういうことだ。見つからなかったのか」
アイザックは、綿帽子を、じっと見つめた。
「ずっと、でも、500年も見つからなかったんだよ」
途方もない長い年月だ、アイザックは顔を曇らせた。
だが、それはサイラス、カイゼルもだ。




