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好きになった年上の人は、もういない  作者: 三ノ宮 みさき


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医師は?最終話

 「話したいことがあったのに」

 独り言のように医師が呟く。

「私もです。先生が死んでいるって」

 信じられないと言いたげな表情で見られて医師は頷いた。

 そうですねと聞き取れないほどの小声で呟いた。

「戻りましょうか」

 そう言って、医師は手を伸ばした。

 驚いたのか、彼女は皺の刻まれた手を、じっと見る。

「初めてです、手を繋ぐなんて」

「そうですね。少し……」

「緊張します」

 笑う彼女に、この時、医師は初めて笑いかけた。


 家の中に入ると三人の表情は決して明るいものではない。

「アシャンの人間は、元の世界に戻す方へ方を探していたのか?」

 医師が頷く様子を見て自分の予想が当たっていたことにアイザックは、頷いたが答えは出ている。

「今まで長い間、探しても見つからなかったのだろう。なのに」

 見つかったと医師は鞄の中から取り出したのは小さな赤い塊だ。

「願いが叶うと言ったら、どう思う」

「石、果実に見えるが?」

 サイラスが驚いた、カイゼルも信じられないという顔だ。

 そんなものがあるなど聞いたことがなかったからだ。

「どんな願いでも叶うんですか」

 美夜の言葉に医師は頷いた。

「王、愛妾の傷も治るだろう」

 誰ですと言いたげな、だが、不思議そうな顔で美夜は無言だった。


 自分の顔に大きな傷ができた、それも一晩で普通ではあり得ない。

 カインは呆然とした。

 妻と息子は平然としていたが愛妾のオクタヴィアは違う、悲鳴をあげ、近寄るなと叫んだ。

 彼女だけではない、他の愛妾も顔を背けた、それだけならいい。

 城から出て行くと言いだした。

 他国から申し出で共和国になる。

 王と王妃の立場は……。

 カインは慌てた、知らないところで話が進んでいる。

 自分は置き去りにされ、皆が前に進み始めている。

 愛妾達は国、実家へ戻るらしい。

 運がいい者は嫁ぎ先があるらしい、自分は一人だとカインは思った。

 こんな醜い顔の自分を誰が愛してくれる。

 そう思った時、ある女性の顔が浮かんだ、受け入れてくれるかもしれない。

 彼女なら、そうだ、それは一筋の希望に思えた。

 急いで使者を出した、森の近くに住む、カイゼルという男を連れてこい。

 黒髪の女性もだ。

 だが、送り出した騎士たちは困惑の表情で戻ってきた。

 宰相のアイザックに追い返されたというのだ。

 どういうことだ、意味がわからない。

 自分に逆らった、いや、裏切っているのか、これは謀反ではないかと思った。


「あなた、今、よろしくて」

 その日妻が珍しく自分の部屋に来た。

「明日、アイザックが来るらしいわ。大事な話があるそうよ」

「なんだと、あいつは私の命令を聞かず、勝手なことを」

「私が許可しました」

 いつもと変わらず、きっぱりと言い切る妻の口調にカインは腹正しさを感じてしまった。

「実は、あなたの顔を元通りにすることができるかもしれないと」

 思わずカインは叫んだ、だが。

 話を遮るのはやめてくださいと元、妃であった女性は顔をしかめた。

「治るのか、この傷が消えるのか」

「詳しい話は、こちらに来て説明すると」

「そうか。やはり、アイザックは私のことを」

「もう、あなたの臣下ではないんです。結果がどうであれ、受けいれてください」


 その日、城を訪れたのはアイザックとサイラスだ。

「お久しぶりです。お元気そうで」

「それは嫌味か、アイザック、それより、この顔の傷が治るというのは本当か、元通りになるのか」

「実は一人、治せる医者がいたのですが」

「何故、連れて来なかった」

 カインは怒りの声をあげた。

「亡くなりました」

 部屋の中はしんとなった。

「亡くなった、だと」

 頷くアイザックは、ちらりと隣のサイラスを見た。

「では、どうやって」

「その医師は亡くなる間際まで方法はないかと、ある人物から解毒の薬を手に入れることができました」

 そう言ってアイザックは革袋から取り出したのは赤い石だ。

「これを煎じて飲むといいと」

「それは石か」

 果物の汁を固めたものですとアイザックは説明した。

「ただ、効果は万人には期待できない。人によっては薬が効きすぎてしまう可能生があるとも」

「どういうことだ」

「傷が、ひどくなるかもしれない。あるいは薬の解毒作用が強く、亡くなる可能生もあると言われました」

 カインは無言になったが、気を釣り直して尋ねた。

「それでは意味がない」

「今のままでも死ぬことはないだろうと言われました」

「どうします、カイン様」

 サイラスが声をかける、陛下とは呼ばない。

 カインは、大丈夫なのかと尋ねた。

「強すぎる薬は毒にもなります」

「サイラス、おまえ、試しに」

 そうきたかとサイラスは首を振った。

「俺は怪我も傷もないです、試しに飲んだところで意味がありません。それに死ぬ可能生があるなら」

 カインの顔が歪んだ、心底嫌そうに、無理もない。

「少し飲んでみるだけでも」

「カイン様、これは一度、一回きりの分量です。少なすぎても効果はない。試す、試さない、選択の権限は、あなたの意思です」

 あなたが決めなければ意味がないんですと言われてカインは黙りこんだ。



 数日後、アイザックとサイラスは帰ってきた。

「王は、どうでした」

 カイゼルが尋ねた。

「元、王だ」

 アイザックは革袋から赤い塊を取り出した。

「死ぬかもしれないというのは、かなりこたえたみたいだ。少し時間をくれと言われて一日猶予を、だが」

「無理ですよ。アイザック殿。俺に毒見役みたいなことをさせるんですよ」

 サイラスが呆れた顔で溜息を漏らした。

「それ、私がもらってもいいですか」

 美夜の言葉に男たち三人は驚いた。

「どんな願いでも叶うんでしょう」

 男たちは無言だ。



【三人の男は夢を見た】


「先生、最後の患者さんが終わりました」

「今日も多かったな」

「最近、感染症が流行っていますから」

 看護師の言葉に医師は頷いた。

「明日も忙しくなりますね。先生、それ、どうしたんです」

 デスクの上の小さな観葉植物を看護師は不思議そうに見た。

「昼休み、外に食べに行った帰りにね」

 ああ、花屋で買ったんですかと看護師は笑った。

 「名前をつけたらどうです」

 以外だったのか、医師は不思議そうな顔だ。

 名前をつけて可愛がると、植物って長生きするんですよ」

 医師は驚いたようだ。

 しばらく、その小さな鉢植えを見ていた。

 左半分の大きな痣のせいか、五十近くという年になっても女性と付き合うこともない、結婚もしないまま、ずっと独り身だった。

 家族だな、医師は鉢植えを見て微笑んだ。

 帰り支度をしながら、鉢植えを手にとり、声をかけた。

「帰ろうか、美夜」




 目が覚めた時、カイゼルはなんともいえない気分になった。

 白衣の医師が彼の板世界で生き返っているという事実だ。

 そのことをアイザックとサイラスに話す。

「俺も見ました、同じ夢を見たってことですか」

 サイラスの表情は複雑な表情だ。

「彼女は自分の世界に戻りたいと願うこともできたのでは」

「それで幸せになれるのか」

 アイザックの言葉にカイゼルは複雑な顔だ。

「彼女は、あの医師のことが」

「仮定、想像で言うな、仮にそうだとして、元の世界に二人が生き返る?その可能生がなければ」

 カイゼルは無言になった。

「彼女は自分のせいで医師が事故で亡くなったことを後悔していた」

 アイザックは道中の会話を思い出した。

 もしかすると。彼女は医師のことが。

 かなり年上だ、顔に大きな痣もある。

 だが、そんな事は関係なかったのか、本当のことはわからない。

「そういえばオクタヴィアは」

 場の空気に気まずくなったのか、愛妾の名前を出したのはサイラスだ。

「城を出たようだ、カインは」

「ここへ、来たりしないか」

 呟いたのはカイゼルだ。

 二人の表情が変わった、あり得る、だが。

 追い返すと断言するように口にしたのはアイザックだ。

 三人の男達は互いの顔を見たが何も言わない。

 言葉が出てこないのか、先の事を考えているのか。

 ただ、何かが始まりそうだ、予感を感じていたのは、間違いなかった。


完結です。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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