傷を引き受ける
サイラスは城に戻ると、アイザックの姿を探した。
庭師から聞いた話を伝えなければと思ったのだ。
その日の夕方、サイラスはアイザック姿を見つけて、ホッとした。
「実は庭師の家を尋ねました」
自分の報告にアイザックはそうかと頷いた、だが先を促すことはしない。
「何か、ありましたか」
「殿下に婚姻の話が来たのだ。少し遠方だが、大国だ。王妃は前向きに考えている。そのことで、近日中に死者が来る話し合いの場がもたれるだろう」
こんなときに、サイラスは慌てた。
「忙しくなる。お前も同席するか」
自分は一介の騎士です、そう断ろうとしたが気づいた。
「医師を捜すのはやめろ。婚姻の話だけだと思うか」
「他にも、何かあるのですか」
「我が国と共和の話を持ちかけてきた」
この国は決して大きくはない、サイラスは分からないという表情になった。
「それは隷属では、いえ、うがった考えをすれば」
「向こうは以前、殿下と会い、意気投合したそうだ。殿下も、この話を前向きにに考えてくれと言っている」
サイラスは驚いた。
急な話だと思っていた、だが、水面下で周りが知らないうちに進んでいたのか。
「夕食の後、話し合いがある。お前も無関係とはいいがたい。同席しろ」
アイザックの言葉にサイラスは頷くしかなかった。
「母上、僕は、この話を前向きに、考えたいと思います」
息子の言葉に王妃は驚いた顔だが、マ家族そうに頷いた。
「実は彼女とは以前から手紙のやりとりをしていました。婚姻は決定ではない、婚約という形ですが。その後、僕は向こうの……」
「国を治める?」
「僕一人ではありません、彼女と一緒にです。二つの国をまとめるというのは簡単ではありません」
王妃は頷いた。
「向こうは、あなたのことを認めているのね」
王子は頷いた。
「悪い話ではないと思います。父上も、そう思うでしょう」
カインはすぐには返事ができない。
「あなた、国のことよ。まだ、あの女のことを考えているの」
王妃に言われてカインは僅かに顔を歪めた。
すると、その時、初めて息子は父親に声をかけた。
「大丈夫ですよ。あの女は死にません」
「何故だ。医者でもない、お前に」
わかりますと王子は頷いた。
「医師が教えてくれました。母上もご存知ですよね」
頷く王妃にサイラスだけでない、会作も驚き、無言だ。
「実は昨夜、医師が私と息子に会いに来たの。あの女は死ぬことはないから安心してほしいって」
「そうなのか」
このときカインの顔に、ほっとした安堵の色が浮かんだ。
だが、その顔を見て、王妃だけではない、息子も呆れたようだ。
「王妃様、医師と会ったというのは」
アイザックが尋ねた。
「白服の高齢男性。顔に大きな痣があったわ。そう言えばわかるかしら」
アイザックとサイラスは返事に迷った。
王妃は、あなた達、医師を探そうとしてくれたんでしょうと言葉を続けた。
「アイザック、私は王妃を辞めるわ。実は、あちらの国に行こうと思うの。政務に関して協力して欲しいと言われているの」
驚いたアイザックに王妃は続けた。
「離婚して、王妃をやめようと思うの」
カインの表情が変わったが、王妃は平然としている。
「この国はいずれなくなるのよ。それに、他国の政務に関わる仕事をするの。小国といえ、国の王妃だった女が、周りが納得すると思うの」
王妃の言葉にアイザックは頷いた。
「そのことで、近いうちに向こうの大臣が来るわ。あなたが向こうに行く前に準備や相談をしたい言ってるの」
息子は驚いた。
「早い、いえ、当然ですね。母上。公のもてなしの席を僕に任せてくれませんか」
「どういうことだ」
息子の言葉にカインだけではないアイザック、サイラスも驚いた。
「王女と文通している。父上、話を聞いていないのですか。彼女の手紙にリシャール公は我が国の政治に興味が、一度、母上と詳しく話がしたいと思っているようなんです」
話は終わった。
王妃様とアイザックは声をかけた。
「時間はかからないと思うわ。使者が来て、息子が他国へ嫁ぐ準備。忙しくなるわ」
王妃は言葉を切った。
「婚約と言ったけど、向こうは正式に話を進めたいと思っているようなの」
「聞いていたら、そのような雰囲気でした」
「私も向こうに行く準備をするわ。その前に城で働いている者たちの仕事先、身の振り方を考えなくては」
「愛妾たちは」
王妃は笑った。
「実家に戻るかと思ったけど、そんな歳ではないでしょう」
問題はオクタヴィアねと王妃は言った。
「殿下は死なないとおっしゃって言っていましたが。本当ですか」
王妃は頷いた。
「死ぬ事はない。確かにそう言ったけど」
言葉は続かない。
「王妃様聞いてもいいですか。あちらの使者、リシャール公爵と直接、会ったことは」
「ないわ、噂をきいたことはるくらい。国の為にかなり尽力を尽くしている、貴族だけでない、民からも慕われているそうよ」
「ところで、あなた、最近、どこに通っているの」
王妃の言葉にアイザックは驚いた。
「花束を持って、気になる女性のところかしら」
「ぃ、いえ、それは」
「白い花は病気や不浄のものを寄せつけないという意味があるの」
知らなかった、自分は綿帽子の言葉に従って森の入口に咲いている白い花を持って彼女のところに行っただけだ。
だが、あの後、森に行っても白い花は咲いていなかった。
だから、街の花屋に行って白い花を買ってカイゼルの家を尋ねたのだ。
その日、カイゼルの家を訪ねたアイザックは驚いた。
「どうしたんだ、おまえ、そ、その」
言葉が出ない、アイザックの様子にカイゼルの方が驚いたようだ。
まさか、気づいていない。
「顔、自分の顔を触ってみろ」
言われてカイゼルは自分の顔に手を伸ばした。
以前なら顔の傷、盛り上がったいびつな感触を感じる筈だった。
「どうして、傷が?」
カイゼルの声は震えている、今まで気づかなかったのか。
「医者に診てもらったのか。いや」
顔の傷はひどかった、数日で治るものではない、どういうことだ。
「まさか、あの男」
思い出すようなカイゼルの言葉にアイザックは聞き返した。
「もしかして高齢で顔に痣がある男、違うか」
カイゼルは頷いた。
このときアイザックは王妃の言葉を思い出した。
オクタヴィアは死ぬことはない、だが、その後言葉を濁した、いや、はっきりとは言わなかった。
アイザックはカイゼルを見た。
「いいか、今から話すことは仮定だ。お前の傷は治ったんじゃない。代わりに他の人間が引き受けたとしたら、どうだ」
「ど、どういうことです」
傷を引き受けた?意味が分からない。
「その男だ。お前の顔の傷を移したんだ」
誰に?まるで魔法だ。
もし、そうだとして、誰なんだ。
「傷を誰が引き受けたんです」
アイザックは答えようとして言葉に詰まった。
オクタヴィアか、いや。
わからない、いや、考えたくなかった。




