切り捨て、見捨てられる未来を想像する?
「治らないのか」
カインは顔色を変えたのは医師からの報告を受けたからだ。
「ただの傷なら、方法もあるかもしれませんが」
「違うのか?」
医師は首を振った。
自分は今まで、こんな症状、状態を見たことはないという。
「怪我なら治せるかもしれません。一体どうして、こんなことになったのです」
医者の言葉にカイン自身説明ができなかった、オクタヴィアは鳥かごを開けて、鳥を逃がした。
それだけだ、なのに直後、彼女の両手は真っ黒になってしまった。
城の中には呪いだ、伝染病の類ではないかと噂する人間いる。
「薬を飲めば治るとは言えません」
医師は驚きというより困惑だ。
カインは宰相のアイザックに相談した。
あのとき、鳥を逃がせと彼が叫んだことで、事態は変わった。
「あの鳥は、ただの鳥ではなかったのか。ブラックベアも突然姿を消した、アイザック、おまえ、何か知っているのか」
「陛下、世の中には説明できないことがあります。いえ、あのような鳥を捕まえて見世物にすることで怒りを買ったのではありませんか」
誰の怒りだ、カインの表情が変わった。
「この国には魔物や魔獣がいません。ですが他国から、やってきた可能生もありますワ。そうでしょう、アイザック」
王妃の言葉に内心ほっとした。
「あなたは外交、他国のことなど、知らないでしょう。アイザックにだって答えられない、できないこともあります」
「庭師はどうなった」
カインの言葉にアイザックは無言だ。
「家に帰ってからのことは存じません」
「まさか、亡くなったのでは」
そんなことはないと首を振った。
いくら城の仕事を辞めたからといって、家族から報告が来るはずだと思った。
「陛下、私は医師ではありません」
綿帽子に聞いたところで、オクタヴィアの手が治る可能生は低いとアイザックは思っていた。
「ですが、少し調べてみます」
そう言ってアイザックは庭師の自宅を尋ねることにした。
「宰相殿」
自宅を尋ねてきた自分を見て庭師は驚いたようだ。
元気そうでアイザックは、ほっとした。
「実は十日ほど前に村を訪れた医師が診てくれたんです」
手を見せてもらうと真っ黒ではない、だが黒ずんだ血色が悪い色なのに変わりはない。
「家族に迷惑をかけました。あの鳥を、命令だからといって捕まえなければよかった」
「どういうことだ」
庭師は妻を見た。
「悪かった、お前に迷惑をかけた」
「いいの、あなたが生きているんだから、あのままだと大変な事になるって言われたじゃない」
庭師の妻はそう言って、自分の服の袖をまくり上げた。
アイザックは驚いた。
服の袖で隠れて気づかなかったが、妻の腕は灰色に変色している。・
「どういうことだ」
「飲み薬と塗り薬で、私の傷を妻に移したんです」
アイザックには理解ができなかった。
「痛みはあるのか?」
アイザックは庭師の妻に尋ねた。
「ないです。でも夜になると全身に熱が出るときもあります。いいんです、この人が家に帰ってきた時、主人は眠れなくて、腕を切り落としたいというんです」
塗り薬、飲み薬で治った、だが、肌の色は元通りというわけではない。
しかし、最初の真っ黒になった腕を思い出すと、回復している。
「完全に元通りのような肌の色には難しいかもしれないと言われました」
庭師は生きているだけでいいと漏らした。
「治療費は、かなり高額だったのではなかったか」
その言葉に妻だけではない、庭師も無言だ。
もしかして、かなりの大金を払ったのではないだろうかとアイザックは考えた。
「それが、自分は他所から来た人間だから、この国の金をもらっても意味がないと言われました」
庭師の妻は医師の言葉を思い出しながら続けた。
「金のことではないと言われました。実は私の子供が医師を連れてきてくれたんです。村人の怪我人の手当手をしているのを見て、医師だと思って」
「その医師の名前は」
だが、庭師も妻も、すぐには答えない。
「黒髪でした、白髪交じりで、白衣を着た、物静かな方でした」
「どこへ行ったか、わかるか」
妻も庭師も首を振った。
医師を捜すしかないのかと思った。
「宰相殿、あの医師を捜すのは簡単ではないかと」
「どういうことだ」
庭師の妻は少し困った顔だ。
「私が、お金はどこかで換金してもらえばいいと。でも、受け取ってくれなくて、食べ物を渡そうとしたんです。でも、駄目でした」
金も食べ物も受け取らなかったのか。
「いつの間にかいなくなっていました」
城へ戻ったアイザックは王妃に呼ばれて驚いた。
「庭師は死んではいなかったのね」
アイザックは庭師を尋ねて、聞いた話を説明した。
「庭師を治療した医師が見つかれば」
「それは仮定でしょう。捜すのはやめなさい」
言葉が出てこない、王妃は真顔になった。
「金で助かるならいくらでも出すと言いたいところよ。でも、それは国民の税、王の愛妾の為に私は金貨、銀貨一枚出すつもりはありません」
はっきりとした線引だ、王の愛妾だから見捨てるのか。
「何も受け取らず姿を消した、理由があって自分のことを知られたくないのか。他に理由があるのかもしれないわ。そんな人間が治療をするかしら」
アイザックは返事ができない。
「カインが王命で頼んだとしても、この国の人間ではない。無理があるでしょう」
「見捨てろと、おっしゃるのですか」
王妃は笑った、だが、それは心からの笑顔ではなかった。
「本当に、次から次へと問題を起こしてくれるわね」
アイザックは返事ができなかった。
その日、夕食のあとカインは王妃に呼ばれた。
室内にはアイザックだけでない、サイラスもいる。
「どういうことだ、お前ならわかる」
カインはアイザックだけでない王妃に視線を向けた、何か言いたげだ。
だが、アイザックが答えようとするのを王妃が制した。
「公平な判断が必要だと思ったの。庭師だけど医師に診てもらって、今は落ち着いているわ」
驚きだけでない、ホッとした表情になるカインに、今はと王妃は続けた。
「治ったと思っているの」
「違うのか」
小さな溜息が漏れた、王妃の表情にカインは不安を感じたのかもしれない。
「庭師の傷を妻に移したらしいわ。この国の医者にはできない治療法ね」
傷を移した?意味が分からないのかカインは不安な表情だ。
「庭師の妻の腕も肌の色が変わったらしいわ。夜になると熱が出て苦しむそうよ」
室内は沈黙に包まれた。
事情を知らないサイラスは微妙な顔つきだ。
「発言を、よろしいでしょうか」
王妃が頷くと、庭師を治療した医者を捜せばいいのではという言葉だ。
正論だ、アイザックは王妃を見た、だが、彼女は一言。
「捜すことはしません」
言い切った。
「何故だ」
王妃は、アイザックにちらりと視線を送った自分に任せて欲しいと言いたげに。
「その医者は名乗らずに立ち去った、他国の人間らしいけど、庭師の場合、善意で治療したのかもしれない。子供に頼まれて心が動いたのかも、でも、あの女は違う。王の愛妾なら、国を崩壊させることができるかもしれない。意味がわかる?」
狙われているのはあなたかもしれないのよと王妃はカインを見た。
予想、考えもしなかった、カインは言葉がでない。
「治療する、治ったように見える、あなたとオクタヴィアは仲睦まじく元の関係になる、夜を過ごして、あなたに病気が移る、どう?」
「そんなこと」
カインは無言になった。
「本当に、あなたって」
突然、王妃は笑い出した。
アイザックだけではない、サイラスも驚いた。
「今のは私の想像よ。目先ことしか考えてないのね」
「なっっ、冗談にしてはひどすぎる」
するとアイザックが口を挟んだ。
「陛下。医師は名乗ることをしなかった、他国の人間を信用して、もし、命に関わるような事があれば」
「いいんじゃない」
王妃は、あっさりと言った。
「あなたが亡くなったとしても、跡継ぎはいるわ」
「私は捜すべきだと思います」
このとき口を開いたのはサイラスだ。
「そう、では手伝ってあげたら」
ら王妃はサイラスを見た。
「私とアイザックは、自分から毒を飲むような危険なことをするつもりはないわ」
カインの顔色が変わった。
「サイラス、あなた、自分の命をかける覚悟はある?」
「それは」
「カインに協力するということは、あなたも狙われる可能生もあるわ。バカ女の治療の最中の薬に毒が含まれていて、それに偶然、触れて亡くなるかもしれない」
サイラスの表情が変わった。
「まあ、騎士の一人ぐらい、どう、アイザック」
「よろしいのでは、サイラスは隊長格ではありません。変わりはいくらでもいます」
「陛下、判断を間違われませんよう」
アイザックが静かに言った。
「私を見捨てるのか」
カインの言葉にアイザックは首を振った。
「私は国を守らなければなりません。王妃もです、サイラス、お前はどうだ」
騎士は言葉が出てこない。
「俺は、仕える主がいなければ……」
王妃が笑った。
「好きにしなさい、でも王が亡くなった後、私たちにすり寄って来ないで、私もアイザックも忙しくなるわ。葬儀なんてしない。愛妾たちの身の振り方を考えなければ、他国との外交も今まで通りにはいかないでしょう」
「宰相、いや、アイザック」
部屋を出た後、サイラスは呼び止めた。
「あれはひどすぎるのではないか」
何のことだ、アイザックはちらりと視線を返した。
「王が死んだとして、その後は、お前の代わりなどいくらでもいると言ったことか」
「どちらもだ、もう少し、言い方に」
「真実だ、陛下もだが、お前も甘い、頭の中は、どうなっている。現実を見据えて王妃は言ったんだ。国の上に立つとは、そういうことだ」
「わかっている」
アイザックは首を振った。
本当に、そうかと問いかけるような眼差しだ。
「いや、最初に、あんな女を愛妾にしたことだ。似ているな、お前も王も甘すぎる」
冷めたというより呆れ顔で見られたサイラスは言葉が出てこなかった。




