黒い鳥の仕業?
アイザックは城を出てしばらく歩いていたが、不意に足を止めた。
「ダイジョーブ、あとは一人で帰れる」
マントの下から聞こえてきたのは子供の声、サイラスの肩についていた白い綿帽だ。
「あの人ね、ばくばく食べるの。野菜だけでないの、芋も、おかわりまでしたんだよ。許せる?」
サイラスが、あの家で食事を御馳走になっていた姿を見て怒っているようだ。
「美也は喜んで、お弁当まで持たせようとしたけど。カイゼルが止めたの」
アイザックはそうかと小さく頷いた。
「城の人間が食べたら、面倒な事になると思ったの」
「確かにな」
「あなたは、いい人?」
聞かれてアイザックは返事に困った。
「どうして、サイラスについてきたのか」
理由が知りたかった、もしかしたら答えないかもしれないと思った。
「コクヨウ鳥が飛んだ」
アシャン、それは人、いや、国の名か、聞いたことがない。
綿帽子は言った。
「村、貧しくて、病気で死人もいて、人も少なかった。大国になりかけたけど、アシャンの人間はそうしなかった」
何故だ、貧しさから抜け出せるのに、大国に慣れば豊かになれるだろう。
「あなたの言いたいことわかる。でも、アシャンの人間は先を見たの」
アイザックは息を飲んだ。
「今は一人しかいないの」
アイザックは驚いた。
「どうした、病気、それとも」
「貧しい村があるでしょ。そういうところに行って、色々なことを教えてあげるの。それと、調べてる」
何を?
「秘密、でも悪いことはしない」
アイザックは無言だ
「あなたの主君、綺麗な女人がたくさん愛妾にして満足してない。自分は愛されていないって言うけど、おかしくない?王は本気で彼女たちの事、好きで愛している?」
綿帽子と別れた後、アイザックは考えていた。
コクヨウ鳥、黒い鳥が飛んだことで何か起こるのか。
「鳥を捕まえたりしないでね。すぐに死ぬ」
特別なものしか食べないということだろうか。
「教えてくれないか、ここだけの秘密にする」
綿帽子は、すぐに返事をしなかった。
「この国にはないよ。地面に深く埋まっている黒い石と水しか飲まない。だから、体が真っ黒なの」
黒い石と水?
「石炭、重油ってわかる?」
アイザックはすぐには返事ができない。
聞いた事がある、だが、それは噂でしか聞いたことがなかった、
他国でしか採れない貴重な資源だ。
「鳥に触っちゃいけないの。絶対に」
念を押すような言い方だ。
「大変な事になるからね」
城へ戻ったアイザックだったが、異変に気づいた、城の中が、やけにざわついている。
何か会ったのかと思った。
「宰相殿っっ」
自分の姿を見つけ、駆け寄ってきたのはサイラスだ。
「何かあったのか」
「そ、それがっっ」
この男にしては珍しく慌てている、落ち着けとアイザックは促した。
「オクタヴィア様が、珍しいものを見せると」
また自慢か、アイザックは辟易した。
そういえば、新しいドレス、宝石をねだっていなかった。
「鳥です、全身が真っ黒で、尾羽根が鮮やかな」
サイラスの言葉は最後まで続かない。
「鳥かごに入れて自分の部屋に、自慢しているんですが」
アイザックの顔色が変わった、綿帽子の言葉を思い出したのだ。
「どうやって捕まえた」
「それが庭先で木にとまって、休んでいたところを庭師が」
「触ったのか、鳥にっ」
声が大きくなる。
「それは捕まえたのですから」
サイラスにも詳しい事が分からない。
「どうされたのです、宰相殿。顔色が」
「庭師は、今どこにいる。案内しろ」
庭師は水で手を洗っていた。
何故、この黒い汚れは落ちない、不思議だった。
水だけでは駄目だと思って石鹸を使う、普通なら頑固な汚れは落ちるはずだった、だが黒い汚れは一向に落ちない。
「おい、おまえか、鳥を捕まえたという男は」
声をかけられた庭師は驚いた。
宰相のアイザックと騎士のサイラスだ。
「は、はい」
このとき、アイザックは男の両手の黒い汚れに気づいた。
指摘すると庭師の顔色が変わった。
「汚れが大きく?」
アイザックだけでない、サイラスも驚いた。
「大丈夫なのか」
「それが、あっっ」
「熱いっっ、なんでっっ」
叫ぶような声は長くは続かない、熱がひいたのだ、だが、両手は炭のような黒さだ。
とても人の手には見えない。
「痛みはあるか」
アイザックの言葉に庭師は首を振った。
「ただ、じんじんと、わずかに熱いと思うのですが。これは病気ですか」
宰相殿と聞かれても答えられない、わからないのだ。
「医師を呼ぶ、お前は自分の部屋屋に戻れ」
わかりましたと庭師は頷くが、その表情は不安そうだ、無理もない。
「医師を呼んで、大丈夫でしょうか」
庭師から離れ、オクタヴィアの部屋に行く途中、サイラスが尋ねた。
「治ると思うか、お前は」
返事はない、サイラスにも答えられない、いや、わからないのだ。
「私は出掛けてくる」
こんなときにですか、サイラスは驚いた。
あの白い綿帽子に聞くしかないとアイザックは思った。
大変な事になると言った、だが、知らない可能生だってある。
「いいか、オクタヴィア、あの女の部屋には入るな、近づくな、絶対にだ」
サイラスは顔色を変えた。
「こんな大変なときにですか」
サイラスの言葉にアイザックは声をあげた。
「これからだ、わからないのかっ」
怒鳴るような声だ。
庭師は直接、鳥に触った。
だが、捕まえて鳥かごに、それを見ている人間は大丈夫なのか。
アイザックは嫌な予感がした。
馬を走らせて森の近くの家を尋ねたアイザックとサイラスは畑を見た。
だが、白い綿帽子は見えない。
どういうことだ、声をかけて呼んでみた、家の中のカイゼルを呼ぼうとした。
だが、女もいない、森に行ったのか、こんなときに。
自分たちだけで森に行くのは危険だと思った。
入口でボアの子供にばったりと出会う可能生もある。
仕方ないと城に戻った二人だが、城では大変な事が起きていた。
「た、大変だあっっ」
「騎士を、兵士を呼べ」
「オクタヴィア様をお守りしろ」
城は大騒ぎになっていた。
アイザックが声をかけるとメイドが青ざめた顔で、声を震わせ、ブラックベアがオクタヴィア様の部屋にいるんですと説明した。
「どうやって城に入った。あの巨体だぞ」
メイドは分からないと首を振った。
「じっとしているんです、だから兵士も手を出せなくて」
人を襲うわけではない、じっとしている、意味が分からない。
こうなったら行くしかないと思った。
オクタヴィアは部屋の真ん中で腰を抜かして震えていた。
ブラックベアは彼女を見下ろしている逃げることができないようだ。
だが、驚く事にベアは動かない、じっとしている。
「頼む、なんとかしてくれ」
カインの声は震えている。
周りの兵士に声をかけるが誰も動けない。
「おいっ、オクタヴィア」
突然、アイザックは叫んだ。
「籠を開けて、鳥を逃がすんだ」
それが良いことなのか、自分でもわからない。
だが、アイザックには、それしか方法がないと思えた。
「無理っ、殺されるわ」
「このままでは、死を待つのみだ」
「アイザックっ、おまえ」
カインの焦る声など耳に入らない。
決心したのか、オクタヴィアは恐る恐る体を動かした。
籠の扉が開く、鳥は翼を開くと広い室内を見回し、羽ばたいて室内を一周し、外へ飛び立った。
すると不思議なことにブラックボアのボアの姿が、少しずつ、白く、まるで靄のように薄くなり始めた。
しばらくすると完全に姿は消えた。
獣の筈だった、室内の人間は驚きで声がでない、自分たちは夢を見ていたのかとかおわ見合わせた。
ほっとする筈だった。
だが、悲鳴が響き渡る、それは愛妾オクタヴィアのものだ。
彼女の両手は黒く変わっていた。




