森への同行者
「森へ行くなら、自分もついて行って構わないだろうか」
アイザックの申し出にカイゼルはすぐには返事ができなかった。
この男は嫌がっていてるのだとわかった。
だが、あきらめることができない。
女の側にいれば何かしらの知識、見たことのないものが見られると考えたのだ。
「私は、もうすぐ城に帰る。時間がない、彼女の知識を少しでも知りたいだけだ」
カイゼルは、しばらく無言だった、普通に考えれば平民の自分が断るのは簡単ではない。
「彼女の知識だというが、知ってどうする、実践するつもりですか」
「駄目なのか」
「あんたが知らないことが色々とあるんです」
アイザックは無言になった。
「それに、どこで、そんなことを知ったと聞かれたら答えられるんですか。最後はここにたどり着く」
分かっているとアイザックは頷いた。、
「彼女の事は秘密だ、貴族、王族に真似できるものではないと分かっている」
「だったら意味はない」
「言いたいことはわかる、だが、平民にでも伝える知恵や知識があるなら、それは意味があると思わないか」
「それだけか、色々なことを知っているから?」
この男は彼女に自分が彼女に近づくのを快く思っていない。
自分が男だから、嫉妬?カイゼルの顔の傷は、隠せるようなものではない。
初対面なら男でも驚くだろう。
だが、あの女は、この傷を気にしている様子はなかった。
二人で森からに帰ってきて畑の野菜をとっている時、影から見ていた自分にはわかる。
自然な会話だった。
「分かった」
カイゼルは静かに頷いた。
翌日、アイザックはカイゼル家を再び尋ねた。
「この人が森へ行きたいと言ってな、俺も」
自分も一緒に行くというカイゼルの言葉にアイザックだけではない、美也も驚いた。
「まだ、足は良くなっていないでしょう」
「何かあったら」
「奥までは行きません」
心配しすぎですよと美也は笑った。
「お昼ご飯は用意していきますね、遅くならないうちに帰ってきます」
「この人は街の人間じゃない」
黙っていても後でバレると思ったのか、カイゼルは神妙な顔つきになった。
「貴族ですか。商人さんには見えませんけど」
「この国の宰相だ」
カイゼルの言葉に、そうですかと美也は頷いた。
「いい顔をされていますね」
その言葉にカイゼルの顔がわずかに曇った。
「大変なんじゃないですか、お仕事」
ああ、そういうことかとアイザックは思った。
彼女は見た目のことを言っているわけではないと気づいたからだ。
出掛ける準備をしてきますね、彼女が台所へ姿を消す。
二人きりになり、アイザックはカイゼルに声をかけた。
「お前のことを心から心配している。足の傷も、お前の身の安全もだ。お前がついてくるのを嫌がったのは、お前の身体を労わっているからじゃないか」
「っ…………」
カイゼルは言葉を失った。
背中に革袋を背負った美也とアイザックが、家を出て森へ向かう為に歩き出した。
ところが。
「アイザック殿っっ」
大きな声で名前を呼び、追いかけてくる大柄な男の姿、振り返ったアイザックは驚いた。
何故、この男がと驚の表情になる。
「休暇をとっていると聞きました」
街の宿屋で主人から、ここに来ていることを知って追いかけて来たのか。
アイザックは呆れた。
「すまない大事な用で出掛ける」
「護衛です。立場を考えてください」
「必要ない」
森の中に入れば獣たちが気づくだろう。
サイラスの体臭、気配、只者ではない永遠わかる、剣、鉄の匂い、警戒するだろう。
同行は駄目だ、その時だ。
「もしかして、以前ジャムを買いに来た方ではないですか」
美也の言葉に驚いたのはサイラスだ。
説明を求める視線を向けられ、どう説明すればいいのかと内心、困惑した。
「森に行くんだ、お前は帰れ」
「危険です、尚更、護衛が必要です」
「狩りや狩猟じゃない。森にはブラックベアだけではない、ボアの親子がいる、子育ての最中だ、意味がわかるか」
サイラスは驚いたが、同時に違和感も感じた。
そんな危険な森に行くのに女もアイザックも重装備というわけではない。
軽装なのだ、何故だ、何かあったらどうする。
「城の方ですか」
美也の言葉にサイラスは答えた、自分は騎士だと。
アイザックは答えに詰まった。
美也は一緒に行っても良いのではとアイザックに声をかけた。
「森に入るところで、剣などは置いておけば」
「しかし」
それだけでは無理だと思った時、美也は背負っていた革袋の中から、小さな革袋を取り出した。
「これを腰にでもぶら下げて、森に入る前に中身を手にこすりつけてください」
何だ?サイラスは不思議そうな顔で小袋の中身を確認して顔をしかめた。
「変な匂いだな」
「獣の糞です。乾燥させているから、ひどい匂いではないでしょう」
サイラスは顔をしかめた。
「あんたは、どうなんだ」
まさか、糞を入れた小袋を身につけているのかとサイラスは尋ねた。
すると美也は首を振った。
「私はハーブや香草を入れたお風呂に入っています。アイザックさんは、仕事、柄鉄とか、剣なんて持っていませんから、匂い消しとか必要ないと思います。
森の中に入ると入口のところで、美也は周り木々を見ている。
アイザックは気が布で縛られて接木されていることに気づいた。
「君がやったのか」
「ええ、ベリーを育てようと思って、まだ様子見ですね」
「うまくいけば、育つのか」
アイザックの言葉に美也はわかりませんと呟いた。
「もっと奥に生えているベリーの木にすれば良かったかな」
アイザックと女のやりとりをサイラスは黙ったまま見つめていた。
城にいるときのアイザックは、いつも苦虫を噛み潰したような難しい顔で政務に勤しんでいた
城にいるときとは雰囲気が違うと思った。
その時、がさがさと木々が揺れる音がした。
何かいる、二人に気をつけろとサイラスは声をかけようとした。
茂み中から姿を現したのはに真っ黒に黒いブラックボアの二匹の子供だ。
迷うことなく、美也に近寄る。
こんな近くまで来るのかアイザックだけでない、サイラスも驚いた。
「今日はベリーはないの。代わりに蜜芋を持ってきたからね」
背負っていた革袋から美也が木の器から取り出したのは金色に光る食べ物だ。
甘い匂いがする。
一口食べた途端、二匹は大きな声をあげ、あっという間に食べ尽くした。
気に入ったようだ。
「あれは芋か、蜜芋というのは」
「芋を蒸して干すんです、水分が抜けて甘くなるんです。炙って食べてもいいですし。砂糖を飴状に焦がして絡めて食べると美味しいんです。食べたことないですか」
アイザックは首を振った。
手間をかけていると思った。
「食べますか、疲れたときにはいいんですよ」
美也が革袋から取り出した芋を食べてアイザックは無言になった。
「うっっ、うまい、何だ、こんなの食べたことがない」
驚いたのはサイラスだ。
「街の屋台で出そうかなと思ったんですけど」
「買いに行くぞ」
サイラスの言葉にアイザックは呆れたが、このときは黙っていた。
「鉄の鍋で熱々のできたてを屋台で売ろうかな、なんて色々と考えているんです」
鉄の鍋、できたて、準備だけでも大変だなとアイザックは思った。
「カイゼルさんに食べてもらったんです。美味しいって言ってくれたから、屋台で売ろうかって話をしたら、あまり乗り気ではなくて。砂糖とか高級品だからと思ったけど」
アイザックは、そうかと頷いた。
本当は違うだろう、だが、ここで、それを口にするつもりにはなれなかった。
「いやあ、美味かった、蜜芋もですが、山芋を塩水と香草に漬けた生の芋は驚きです」
その夜、城を帰るサイラスを大事な話があると、アイザックは引き止めた。
「それは結構なことだ。サイラス、蜜芋だけじゃない、お前がうまいと言った山芋は森、山の奥深いところに自生する芋だ。しかもブラックボアの好物というだけじゃない。育つまでに数年かかる」
数年、予想もしない長い時間にサイラスは驚いた。
「蜜芋を街で売る、彼女は乗り気だが。あの男、カイゼルは止めるだろう」
「何故です、あんなにうまいのに」
サイラスの言葉に、溜息しか出ない。
「とぼけているのはわざとか。先を考えろ。舌の肥えた商人、貴族はレシピを知りたがる、料理人が同じものを作れるかもしれない。だが、芋は、あれは畑で作られた僅かな量だ」
サイラスは無言だ、気づいたのかもとれない。
「宰相殿、私は」
「宿屋の主人にカイゼルの自宅へ教えてもらうのも主人は危惧していた。カイゼルの畑で採れた野菜は街のものとは違うと言った。食べてみろ」
差し出されたトマトを齧った瞬間、サイラスの表情が変わった。
アイザックは宿の主人から聞いた話を騎士に秘密だと前置きして、話し始めた。
「夜にブラックボアが来て芋を掘り起こして食べる。他の野菜には目もくれない」
街中で、そんな事が起こったらと、アイザックはサイラスを見た。
「サイラス、あの男の畑には不思議な生き物がいる、白いモヤのような生き物だ」
「なんです。それは」
少し前のサイラスなら笑い話にしたかもしれない。
だが、夜だけでなく昼間でも現れる、子供のような声で話しかけてくる。
「山の中でブラックベアとボアの糞を畑の肥料にするやり方、それは獣と意思疎通ができる」
「意思疎通、ですか」
「襲ってくることはない話をつけたとカイゼルを安心させる。驚いたのは彼女はこの存在が見えないし聞こえない」
この時サイラスはジャムを買いに行った時の事のことを思い出した。
「アイザック殿、実は」
自分がジャムを買いに言ったときのことをサイラスは話しはじめた。
「ブラックベアが彼女の背後にいたんです。でも周りの人間には見えていない。俺だけなんです」
「広間のシャンデリアが落ちて来た時、お前の様子はおかしかった」
「鎖が古かったにしてはタイミングが、あのときは」
そういうことか、アイザックは目を閉じた。
「あの女の事は秘密だ。ただ、気になるのは」
アイザックが無言になったことに、サイラスは嫌な予感がした、
「王が気にしている。家を覗きに行った時、二人を見て」
どういうことです、サイラスは意味が分からない。
「あの男の顔だ、彼女は気にしていない。醜いとか、怖いなんて思っていない。愛妾たちと比べていたんだと思う」
「まさか、城に呼びつけて自分の愛妾になんて」
「ないと思う、いや、断言はできない。だが、そんなことをしたら、あの男は許さないだろうな」
「夫婦ではないですよね」
アイザックは頷いた。




