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好きになった年上の人は、もういない  作者: 三ノ宮 みさき


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13/23

宰相、再び尋ねる

 「あっ、もう、お帰りですか」

 家の外に出た時、声をかけられてアイザックは振り返った。

 「ああ、カイゼルも具合よくなっているみたいで安心した」

 宿の主、ディムスは畑を見ながら少し分けてくれるかと声をかけた。

「鉄の筒が欲しいと言ってたが。鉄じゃないと駄目なのか」

 美也は頷いた。

「カイゼルさんは山芋を育てるなんて言ったら、凄く反対したんですけど。無理ないんです」

 育つのに時間がかかるから、いや、育てるなら種からだろうか、いや、何故、鉄の管が必要なのか、その意味さえアイザックにはわからない。

「良ければ教えてくれないか。何故、鉄の筒が必要なんだ」

 もしかして秘密なのかと思った、だが、女は笑いながら。

「管の中に土と一緒に山芋を埋めるんです。地面に垂直に大根みたいに植えなくても横向きにして掘り起こすなんてとなくてもすみます」

「おお」

 ディムスは、そういうことかと驚いたように声をあげた。

「最初は木の管なら安くすむかと思ったけど、土の中に埋めたら腐ったり、強度が足りないと思ったんです」

 そうだなとディムスは思案顔だ。

「強度が足りない?」

「山芋は地中深く伸びるんです。木の管なんて割れたり、水気が多いと腐ったりするでしょう、ヒビが入れば」

 言われてみれば納得する、アイザックも頷いた。

「分かった、心当たりの店を当たってみる。行く前に、俺のところにきてくれ一緒に行こう」

 ありがとうございますと女は頭を下げた。

「少し野菜を少し分けてくれないか」

 ディムスの言葉に美也は袋を持ってきますと言って家の中に入っていく。

 

「驚いたな」

 野菜の入った袋を見ながらディムスは嬉しそうだ。

 だが、この男は突然、おいっ、アイザックの肘を小突いた。

「気づかないふりをしろ」

 なんだ、立ち止まり、アイザックは声をかけようとして視線を動かそうとして固まった。

 子供だ、囁くような低い声にアイザックは返事ができない。

 離れた場所に二つの黒い影が見えた。

「ボアの子だ」

 まさか、アイザックは無言だ。


「宰相殿、これは他言できることじゃない」

 ディムスが自分を名前ではない、敬称で呼んだことに気づいた。

 黒い二つの影と女の姿、信じられない光景だ。

「おいっっ、あれ」

 ディムスの声は震えている、どうした?だが、指を刺された方向を見て気づいた。

 かなり離れたところ、大きな黒い影が見えた。

「親じゃないか?」

 ディムスの言葉にアイザックは目を凝らした。

 大きな岩にも見える黒い影、生き物だとわかる。

 子供らを離れた場所から見守っているのか?

 


 宿に戻ったアイザックは、ベッドに寝転んで考え込んでいた。

 色々なことがありすぎて、頭の中が追いつかなかったのだ。

 山の中で自生した芋のうまさ、それを採るためには大変な苦労がいること。

 自分の知らないことばかりだ。

 王にはカインには話せない、いや、貴族たちにもだ。

 珍しい、うまいものを食べたいという気持ちは人になら誰にだってある。

 だが、それに対価がある、苦労して、危険を伴うこともある。

 そろそろ夕食だなと思った時ドアをノックする音がして、ディムスが入ってきた。


「晩飯を持ってきた、下の食堂でもと思ったが、出せないだろ」

 トレイの上にはパンとスープ、だが、野菜は、これは女がくれたアイザックは気づいた。

「下の食堂で出すわけにはいかないだろ」

 常連が、この味を知ったらまずいとディムスは笑う。

 アイザックはトマトを齧ってみた。

 うまい、言葉よりも胃袋が、そう感じた。


 その夜、アイザックは手紙を書いた。

 朝一番に城に使いの人間に届けもらうつもりだった。

 休みをあと三日、自分の静養には必要だと書いたのだ。


 翌日、アイザックは一人でカイゼルの家を尋ねた。

 声をかけても出てこない、留守なのか、もしかして、森に行ったのかもしれない。

 そう思った時、ドアが開いて顔を出したのはカイゼルだ。

 追い返す事は無礼だと思ったのか、中へ入るようにとすすめられる。


「彼女は、もしかして森へ?」

 カイゼルの顔が曇ったが、静かに頷いた。

「危なくないのか?ボアだけではない、ブラックベアだっている」

「森の奥にまで入らないようには注意しています」

「ボアの子供が、あの女に近づいている。親も知っている」

 カイゼルは小さく溜息をついた。

「以前、森で子と会ったとき、彼女は干したベリーの実を与えたんです。生よりも甘みが強い、芋よりも子には、それが気に入ったようです」

 カイゼルの言葉にアイザックは無言だ。

「私は、話すつもりはない、王や貴族が知れば」

 アイザックの言葉は最後まで続かない。

「作物の知識を色々と持っているようだ」

 カイゼルは頷いた。

「俺の湿布薬も彼女が作ったんです。小麦と酢を混ぜて塗りつけて、熱を吸い取る」

 アイザックは驚いた。

 作物だけではない、医療の知識もあるのか。

「ただの民間療法だと、医者に見せた方がいいと彼女は言った。報告するつもりですか」

 カイゼルの声の響きを感じてアイザックは首を振った。

「足の具合はいいのか、酢と小麦粉の湿布、そんな話、聞いたことがない」

「自分も最初は半信半疑だった、だが」

 効果があったのだとアイザックは思った。

「色々なことを知っているんだな。最低限のことでいい、彼女知識を私に伝授してもらえないか」

 カイゼルは無言のまま窓際に寄った。


「宰相殿、窓の外を見てください、畑を」

 何だ、不思議に思ってアイザックは窓に向かった。

 畑を見て驚いた。

 白いふわふわとした光のようなものが幾つか浮かんでいる。

「以前は夜だけだった、だが、今は昼間でも見えるときがある。それに喋る。小さな子供、男、女の声で」

 生き物なのか、アイザックは驚いた。

「最近は俺に話しかけてくる」

「なんだと」

「作物に水を与えすぎるな、畑の土を深く掘れと」

 アイザックは驚いた。

「この間は森の中で話しかけてきた。ブラックベアとボアの糞を持って帰ろと」

 糞を?意味が分からない。

「枯れ葉と土を混ぜ合わせて発酵させる、畑の肥料にしたら作物が育つからというんです」

 アイザックの顔色が変わった。

「バカな……! 襲われたらどうするつもりだ! 糞の近くには、当然それを撒き散らしたベアやボア本人が潜んでいる可能性が高いのだぞ!?」

 声が思わず裏返った。

「大丈夫だと。俺は猟師や冒険者じゃない。今は寝ている、自分たちが話をする、襲ってこないと」

 あの白い生き物のようなものは獣と話ができるのか、アイザックは驚いた。

「大事なのは、あれは俺には見えるし、話しかけてくる。だが、彼女には見えない気づかないんです」

 


「宰相殿の姿が見えないが」

 騎士のサイラスの言葉にメイドや執事たちは、すぐには返事ができない。

 珍しいとサイラスは思い最古日には王のカインへ尋ねた。

「休暇だ、疲れたらしい。この間、オクタヴィアの失態で参っているらしい」

「そうですか」

「サイラス、お前も、俺が愚王だと思うか」

 いいえと答えるべきだと分かっていた。

 だが、そうしたところで王自身も分かっているのではないかとサイラスは思った。

「そうは思いませんが。ご自分で分かっているのでは」

 カインは、そうかと呟いた。

「政治は王妃に負かして女遊びにうつつを抜かす、息子からも呆れられている」

「実の息子からもですか」

 サイラスは内心、気の毒にと思ってしまった。

「隠居されてはどうです」

 カインは驚いた。

「王という重責を背負っても、こなすだけの裁量がない、今まではうまくいっていたが、これから先のことを考えたら、いっそのこと」

「おい、サイラス」

「王妃を尊敬します」

 返事がなかった。

「ところで宰相のアイザック殿は、どちらへ」

「休暇だ」

 カインは溜息をつきながら答えた。



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