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好きになった年上の人は、もういない  作者: 三ノ宮 みさき


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11/23

宰相、休みをとる

 城へ戻ってから様子がおかしい、宰相のアイザックは王であるカインの様子が違う事に気づいていた。

 だが、それを気づかないふりをしていた。

 「もうすぐ、他国の貴族が参ります」

 「わかっている」

 国交が盛んとはいいがたいので、数年に一度の会合は大切だ。

 「愛妾たちも同席させるのですか」

 「そのつもりだが、まずいか」

 「変な質問はさせないでください。笑いものになるのは、ごめんです」

 カインは顔をしかめた。

 自分の愛妾は貴族出身の女性、見た目が綺麗なのはカインの自慢だった。

 だが、育ちや頭までと聞かれたら、どうだ。

 同席させるなら利口な女性をと王妃には言われていた。

 数年前の食事会で、愛妾の中でもお気に入りの女を同席させた。

 愛妾の隣に座ったのは遠国の王だ。

 ところが、愛妾のオクタヴィアは王の見た目が気に入ったようで言い寄った。

 これがまずかった。

 最初のうち、その王は無難な態度をとっていた、周りの王族、貴族たちもだ。

 しかし、愛妾は王の態度を好意以上のものと受け取った。

 いや、勘違いしたといってもいいだろう。

 彼女は扇を揺らし、甘ったるい声で囁やいた。

『お妃様以外にも、愛する人がいらっしゃると、殿方も?』

 純潔と夫婦の絆を神聖視する、その国の王に対する、最大級の侮辱だ。

 間が悪いことにカインは、その時、気づいていなかった。

 他国の王との会話に夢中になっていたせいだ、だが、アイザックは……。

 王の目が冷えた瞬間を見た。

 まずいことになったとアイザックは思った。

 その国とは衣服や産業を支える上質な『絹』をはじめとする、極めて貴重な資源の交易を行っていた。

 会合の後、何の説明もなく、その取引量を、かなり激減させられた。


 後で、話を聞いたカインは青ざめた、

 血の気が引き、とんでもない外交危機を引き起こしたと震えた。

 だが、愛妾、オクタヴィアは、ただ笑うだけだ。

「あの方、随分と頭の硬いお方でしたのね」

 カインとアイザックだけではない。

 怒ったのは王妃のジュスティーナだ。

 

 夕食の席で。

「首を跳ねたら、よろしくなくて」

 メイド、執事は顔色を変えず聞いていた、王の息子は顔をしかめて母上と諌めた。

 それですむと思いますかと。

「そんなことをすれば、愚鈍な女を愛妾にしていることを周りに知らしめるようなものです」

 息子は呆れた顔で父親のカインを見た。

「あの女は以前、僕にも言い寄ってきました」

 冷めた目つきで息子に見られてカインは俯いた、返す言葉がなかった。

 実の息子の哀れなものを見るような冷酷な視線は辛いものがある。

 王宮に咲く大輪の薔薇だと自負していた愛妾たちは国を揺るがす危機を招いてもなお、扇を叩いて笑っている。

 


「損失を埋めるために、我が国がどれほど、おわかりですか」

 アイザックの冷徹な眼差しが痛い程、突き刺さる。

「オクタヴィアは表には出さない」

 見た目の美しさに惚れて強引に愛妾にしたが、このときほど後悔したことはなかった。

「すまん、苦労をかけた」

「王妃の怒りは当然です。しかし、王太子にも言い寄ったとは」

「正直、驚いた」

「あなたの血ではありませんね」

 アイザックの言葉にカインは頷いた。

「あれは妻に妃に似ている」

 よかったですとアイザックは頷いた。

「もし殿下があなたに似て、見た目が美しい女に、溺れるような性格なら跡目は継がせられません。今頃、私は国境を越えて亡命する準備を始めていたところです」

「おい、アイザック……! それはいくらなんでも言い過ぎだろう!」

 普通なら、一国の王に向かってそんな不敬を働けば即座に投獄ものだ。

 カインも怒声を張り上げようとした――が、すぐに言葉が尻すぼみになり、ぐっと黙り込んだ。

 事実だからだ。

 外交危機も、自分の女道楽が招いた結果だ。

 息子が自分に似ず、あの馬鹿な女をバッサリと一蹴してくれたからこそ、王宮の秩序はギリギリ保たれた。言い返す言葉など、最初から一言も持っていなかった。

 気まずい沈黙が流れた。

「休みをいただけませんか」

 アイザックの言葉にカインは驚いた。

「一日、無理なら半日でも構いません」

「おい、困る」

 言いかけてカインは口を閉じた。

 宰相のアイザックは多忙だ、自分足りないところをいつも補ってくれる。

 普段から休みなどあってないようなものだ。

 「数日、どこかで静養したいところですが。無理でしょうから、街の宿に泊まります」

 城から離れるのか、それもいいだろうとカインは思った。

 

 


 昼を過ぎてアイザックは街の宿に泊まることにした。

 宿の主人はジフンのことを知っている、だが、国の宰相だと知っていても秘密にしてくれる、昔なじみだからだ。

 「どうした、随分と疲れた顔だな」

 「そう見えるか」

 「あんたが倒れたら大変だ」

 心配されていることに、なんだかほっとする。

 部屋に入って一眠りしようと思った時、ドアをノックする音がした。

 

 「城で食べてきたか」

 主人はニッコリと笑った。

 「これ食べろ、元気が出るぞ」

 出されたのは皿に盛られた白い短冊状に切ったものだ。

 芋と言われて驚いた、珍しいなと思いながら手を伸ばしたアイザックの顔が怪訝な表情になった。

 「この芋、生か」

 あくが強い、生では無理だろうと言いかけた、すると主人はニッコリと笑った。

 「いいから騙されたと思って食べてみろ。塩を少しだけつけてな」

 生の芋に塩をつけて食べる?

 そんな食べ方は初めてだ。

 短冊に切られた芋を一本手にとる、粘り気がある、塩を漬けて食べると。

 カシッッ、小気味いい音がして口ので砕けた芋が喉の奥に入る、するりと胃の中に落ちていく。

 アイザックは驚いた。

 「滋養にもいい。精力もつく、男が、これを食べると大変だ」

 主人は笑いながら、アイザックを見ていた。

 「運がいいぞ、滅多に食べられるものじゃないからな」

 「ああ、城でも、こんな芋は出たことはない」

 「城で、ああ、そりゃ無理だ。これは山、森の奥深いところに自生しているんだ。畑でできるものじゃない」

 「山に採りに行ったのか」

 まさかと主人は首を振った。

 「お裾分けだ。手伝いをしてな、分けてもらった」

 「街の人間か」

 主人は無言、いや、少し困った顔だ。

 「人付き合いのうまい人間じゃない。ただ、最近は女と暮らし始めて、その芋、女がくれたんだ」

 女が芋をくれた?

 アイザックの表情を見て主人は軽く肩を竦めた。

 「ここだの話にしてくれ。男が怪我をしてな。俺がベッドに運んだり、薬の買えるところを教えたらお礼だと芋をくれたんだよ」

 「まさか、女が芋を掘りに行ったのか」

 「俺も詳しいことはわからない、カイゼル、いや、男は知っているみたいだが、話したがらない」

 「紹介してくれないか」

 アイザックは真剣な表情になった、接点ができたと思ったのだ。

 「街の人間じゃないってばれるぞ。カイゼルは目ざとい」

 「街でジャムを売っていなかったか?」

 主人は頷いた。

 「ああ、知ってるのか。最初は高いって思っていたが。赤いベリーとわかると皆が納得したよ。城の食事にも出ないだろう」

 アイザックは頷いた。

 「俺も少し分けてもらった。子供に食わしたら凄く喜んだ」

 そう言って主人は笑った、子どもの笑顔を思い出したのかかもしれない。

 「そうか、実は王妃が食べたいと言って、買いに行かせたが」

 「無理だ、買えなかったんじゃないか」

 主人の言葉にアイザックは驚いた、何故という表情だ。

 「市場に店を出している、買いに来た人間も、いつ来るかなんてわからない。実が採れたときに作って売りに来るんだぞ。天気が悪ければ山には入れない。ブラックボアだけじゃない、ベアも食べる」

 アイザックは言葉が出ない。

 「人間が食べてもうまいと感じる、獣だって食うだろ」

 何も言わず聞いているアイザックの表情から、主人は何かを感じたのかもしれない。

 「カイゼルに無茶こと言わないでくれ、約束してくれたら、紹介してもいい」

 「本当か」

 「ああ、ジャムがほしいとか、女を城に呼びつけるようなことはしないでくれ、約束してくれるか」

 主人は真顔だ。

 「女は美人だ。街の女とは違うんだよ。王には愛妾が大勢いるだろう」

 何が言いたいかわかってしまった。

 「街の人間は王妃が国のことで苦労していると知っている。だが、王は……」

 主君の評判が良くないだろうとは思っていた。

 だが、顔見知りから言われると堪える。

 アイザックは、この時改めてカインが王であることに疑問を抱き始めた。

 このままで大丈夫なのかと。



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