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第五六話 過去編「本当の力」


「どきなさい!」


 呆然とするラウルからマリナの身体を素早く預かり、フリーダは詠唱を開始する。


「『Macht ist verabscheuungswürdig(忌むべきは力)Doch dieses Chaos ist die Quelle meines Lebens(されどその混沌こそ我らが生きる礎なり)Das Rot, das die Wurzel des Lebens erschüttert(命の根源を揺るがす赤を)Heile mit dieser Kraft(その力で癒し給え)』」


 詠唱を開始すると同時に、薄緑色に輝く光がマリナの身体を取り巻いた。


「聖法術・慈愛『Für dich(あなたに捧げる)Die Kraft der Heilung(癒しの力を)』」


 やがて光は収束しマリナの貫通した左胸に注がれるが、出血が少し収まるだけで傷そのものは回復しない。


「くっ、マリナの元の魔力が少なすぎる……」


 聖法術・慈愛は、被術者の持つもともとの魔力の方向性を回復に特化させる聖法術の応用だ。勇者のようにもともとの魔力が多いものであればあるほど、その回復力も大きくなる。逆に魔力の量が少なければ、そこまでの回復量は見込めない。


「マリ……な」


 勇者は呆然自失として己の血に染まった右腕を見る。


「お前が……お、まえがぁあああああああ!」


 そしてその右腕を、今度は教皇に向けて鋭く突きだそうとした。とっさのことで教皇は口が回らなかったのか、やめろの一言も発さない。だが、


「くっ、はなせ、はなせよ!」


 教皇のそばに控えていた教会騎士団長、クルトによってその身を羽交い絞めにされてしまう。


「落ち着け、勇者! 気持ちはわかるが、今教皇様を失うわけにはいかんのだ! 教皇様、早く命令を!」


「はなせ、はなせ! こいつが、こいつがああっ!」

「と、止まれ、勇者よ!」


 やっとの思いで口に出した教皇の言葉に、勇者の隷属の首輪が強烈な光を放つ。


「ああ、あああああああああああッ‼」


 その瞬間だった。


 隷属の首輪はまばゆい光を放つとともにはじけ飛び、感情の高ぶりによって肥大化した勇者の魔力は限界を超え、左胸に付けるその巨大な魔力抑制装置もまた、砕け散った。


 抑え込まれていた魔力が波となって謁見の間に充満する。魔力に耐性のない者はその波を受けただけで気を失った。


 一瞬の静寂が謁見の間を支配する。


「ゆ、勇者……?」


 体から一切の力を抜いた勇者をいぶかしむように、クルト騎士団長が勇者の拘束を一瞬緩めた、その時だった。


「っ」


 勇者の身体は一瞬にしてその場から消え去り、気付いたときには正面に立つ教皇の左目をえぐり取っていた。


「なっ、があああああ!」


 失われた左目に手を当て、もだえ苦しむ教皇。それを見下ろしながら勇者は、笑っていた。


「勇……者?」


 呆然自失とした声は、いったい誰のつぶやきだったろう。


「騎士、魔法師は突入せよ!」


 クルト騎士団長の号令により、謁見の間の外に控えていた騎士、魔法師が一斉になだれ込む。教皇を見下ろす勇者を騎士が包囲し、魔法師は遠距離からいつでも攻撃を加えられるよう勇者に向けて杖を構えた。


「……」


 無言のまま、目の前でうずくまる教皇にとどめを刺すつもりなのか、勇者がスッと右手を挙げた。それを振り下ろす瞬間、クルト騎士団長が勇者と教皇の間に身を滑り込ませる。


 キンッと、クルト騎士団長の剣と勇者の爪が交錯する。


「くっ、なぁあああ!」


 力比べに持ち込んだクルトは、裂帛の気合と共に勇者の身体を押し込む。その力を受け流したのか、あるいは包囲された現状から逃れるためか、勇者はクルトの押し込みの力を利用し、後方へと飛びのいた。


 魔力抑制装置から解き放たれた勇者の全容が、ここで初めて明らかになる。


 いつもの勇者のような、あどけない表情はどこにもない。その瞳は冷たく、口元には冷徹な笑みが浮かんでいた。美しくも血に濡れた金髪が空気に流れ、普段とは違うその長く伸びた耳があらわになる。


「……魔族」


 騎士の誰かがそうつぶやいた。そう、とがった耳に、剣と打ち合えるほどの強靭な爪、それは魔族の特徴だった。


 勇者は魔王のカウンター、言わば、もうひとりの魔王。その言葉が急速に現実味を帯びて、騎士と魔法師に襲い掛かる。


「う、うわああああ!」


 その場にいた枢機卿か、あるいは大司教がこの重圧に耐えきれず出入り口に向けて駆け出した。


「ばっ、動くな!」


 反射でフリーダが飛ばした声が届くより早く、飛ぶように移動した勇者によりその者の首が飛んだ。


「うわああああああ!」

「逃げろ、逃げろおお!」

「あの化け物を殺せぇえええ!」


 謁見の間が恐怖に陥るにはそれで十分だった。戦うすべを持たない枢機卿、大司教たちは言うまでもなく、剣と杖を持つ騎士、魔法師までもが、その容赦のなさに背筋を凍らせた。


 クルトは教皇を謁見の間の隅に移動させ、護衛に騎士を数名つけてから先陣を切る。


「ハアッ!」


 ダッシュからのシンプルな上段の切りおろし、そして切り返し、今度は下段からの切り上げ。さらに横一文字に二連撃。その全てを紙一重でよける勇者。


「騎士団長、お下がりください! ここは我々が――」

「バカ、よせッ!」


 クルトと勇者の戦いに割り込もうと足を動かす二人の騎士。勇者は動いた者からその視界に納め、獲物を見つけたと言わんばかりにその笑みを深くする。


 自分に向けて振り下ろされる剣を勇者は人差し指と中指の立った二本で制し、それを手元に引き寄せると同時に騎士の胸部を左の貫手で貫いた。


「バカ……な」


 物言わぬ亡骸となった騎士を後続の騎士へと投げ飛ばし、体勢を崩したところへ容赦ない蹴りを加える。


「がはっ」


 それで騎士の肋骨は砕けたが、まだ意識があると見て、勇者は追撃を加えようとその足を上げた。


「止まれ、勇者!」


 その攻撃を止めたのが、騎士の亡骸から剣を抜き取った聖女だった。だが単純な力比べでは勇者にかなうはずもなく、フリーダは勇者の蹴りによって呆気なく壁際にまで引き飛ばされる。


「くっ……」


 フリーダが呻いている間に、詠唱が完成したのだろう、魔法師による魔法の飽和攻撃が勇者を襲う。初級魔法「炎塊」。その威力は低いものの、命中した相手には火傷を負わせ戦闘能力を著しく下げることが出来る優秀な魔法だ。


「……」


 だが勇者は自分に向かって放たれるいくつもの炎の塊を一瞥すると、その腰に携えた聖剣をひと振りすることで、全ての炎を消し去って見せた。


「まじかよ……」


 それは、この場にいる者全員の気持ちを代弁した一言だった。


 格が違いすぎる。これが、魔王のカウンターと呼ばれる絶対強者の力だった。


 勇者はその顔に浮かべる笑みを止めない。その場に聖剣を突き立てると、まるで瞬間移動かのように魔法師たちの元へ移動し、今度はそこで虐殺を開始した。


 魔法師は騎士と違い、武器も防具も接近戦を想定していない。いや、この場合、接近戦を想定していたとしても結果は変わらなかっただろう。


 次々と飛んで行く魔法師の首。勇者にとって、魔法師によるなけなしの抵抗などあってないようなものだった。飛んでいく首を十、数えたところで、魔法師たちは戦闘ではなく逃走を選択した。


「勇……者」


 フリーダが痛む鳩尾を抑えながら剣を杖代わりに立ち上がる。すぐにクルト騎士団長が支えに来るが、フリーダはそれを不要だと身振りで示し、目の前の惨状に表情を曇らせた。


「我々で抑えるしかありません」

「その様ね」


 クルト騎士団長と聖女フリーダ、二人合わせても戦闘能力は五分かそれ以下。そのうえ、これでも勇者なのだ。人族の希望を潰えさせるわけにはいかない。つまり、聖法術による殲滅は使えない。もっとも、聖法術が有効だったとしても、長い詠唱による溜め時間が必要な聖法術が今の勇者に当たるとは決して思えなかった。


「参ります」


 クルトが勇者に接近する。己の気配を全開にして接近する、挑発じみた行為だ。だがそのおかげでフリーダが動きやすくなる。幸いにして、今勇者は聖剣を携えてはいない。それがどれだけのメリットとなるかは不明だが、勇者が扱う聖剣のポテンシャルは計り知れない。その武器がないだけありがたいと思うしかない。


「せいッ!」


 威力よりも正確性を意識した攻撃。そんなものは勇者の爪で弾かれてしまうが、今必要なのは現状を打開するための時間稼ぎ。勇者は殺意の乗っていない軽い攻撃にいら立ちを覚えたようにクルトの剣を握り折る。


「くっ、ミスリルの剣だぞ……!」


 希少な魔法金属を使用した剣を折られたことに、クルトに動揺が広がる。だがここで取り乱していれば騎士団長は務まらない。


「魔刃……!」


 折れたミスリルの剣に魔力を通し、折れた刀身が赤く発光する。ミスリルなどの魔力伝導率の高い武器にのみ許された秘儀、魔刃。これにより折れた剣でも勇者の爪と対等に切り結べる。


 だが勇者の攻撃の方が一歩上手だ。クルトは魔刃で強化した剣ですら勇者の攻撃に耐えるので精いっぱい。勇者の隙を作るどころか己が隙を見せないことで手いっぱいだった。


「くっ、すまない聖女殿。このままでは……」

「いや、それで充分――!」


 クルトと勇者が剣と爪を交わらせる一方で、フリーダがその隙をつき勇者の後方に迫る。足首の腱を狙い、フリーダが剣を一閃する。が、勇者は有り余る魔力を足首に集中させることで即席の防御膜を形成、フリーダの剣による攻撃を無効化した。


「チッ、何でもアリか!」


 悪態をつくフリーダの腹をかかとで蹴り上げ、まるでボール遊びでもするように、空中に浮きあがったフリーダの身体を蹴り飛ばす。それと同時に、正面にいるクルトの頭に手を添え、思い切り地面へとたたきつけた。


 一対一の接近戦ではフリーダと互角の勝負ができるクルトと、教会の暗部を担う戦闘兵器としての側面を持つ聖女、フリーダ。このふたりをもってしても、勇者の暴走は止められなかった。




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