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第五四話 過去編「人と魔」


「んじゃ、行ってきまーす」

「はい、行ってらっしゃいませ、勇者様」


 一夜明け、今日も勇者は教皇の命の元、魔族の排除に向かう。


「そうだ、おれの名前、ちゃんと考えといてね!」

「は、はい! お任せください」


 ばいばーいと手を振りながら遠ざかっていく勇者の姿を、マリナはどうしようと悩みの中で見送った。名前のこともそうだが、もうひとつ、勇者の教育、と言ってしまうとおこがましいが、勇者の成長の方向性についてだ。


 このまま教皇の命令に従うままでは、勇者はフリーダの言う通り、殺戮人形にされてしまうことだろう。それは、人族の未来を想えば正しい選択なのかもしれない。勇者と言う最強の兵器を思いのままに操れれば、たとえ魔王とて恐れるに足りないだろう。


 だが、そうなれば勇者はどうなる?


 魔王を倒し、魔族を屈服させ、人族は平和になる。そのあとは? 平和になった人族の中で、人殺しの道具は不要になる。人族の業を全て背負わされた勇者は、英雄と言う聞こえのいい言葉をかぶせられたまま闇に葬られるだろう。


 後の歴史に、人族による大量虐殺の歴史など不要なのだから。


 マリナは最悪の想像を消し去るように頭をふるふると振った。


「どうしたの?」

「あ、聖――フリーダ様」


 挙動不審なマリナの様子を見かねたのか、通りすがりのフリーダが声をかける。そこでマリナは、先ほどから考えている懸念を伝えることとする。


「なるほどね。確かに、今の教会ならやりかねないことだわ」


 自分で考えたこととはいえ、フリーダに肯定されることで、それが確定してしまったことのように思えて、マリナは思わず背筋を冷たくした。


「とは言え、人の意見や感情を変えるのは難しいことよ。特に今の教皇は……魔族に強い憎しみを抱いているから」

「それは、存じておりますが……」

「どうにかするなら首輪の方ね。あれはだまし討ちで付けたようなものだから、二度同じ手は使えないでしょう。……まあ、教皇が契約を解除するとも思えないけどね。何か隷属の首輪による不都合が起きない限りは……」


 そう言うとフリーダは考え込むように黙ってしまう。


「どうされましたか?」

「いえ、少し思い付きがあって。あなたの力も借りられるかしら?」

「は、はい! 私でお役に立てることがあれば!」


 こうして、勇者の現状を変えるための計画が動く一方、当の勇者はと言うと……。



「よいしょっと!」


 聖剣をひと振りして豹のような魔獣を叩き潰すと、勇者はひと段落とでもいうように聖剣を肩に担いだ。


「さすがですね、勇者様」


 今朝から付いている随伴の騎士にお褒めの言葉をもらいながら、勇者はえへへ、と頬を緩めた。


 現在は魔族の捜索をしながら、見かけた脅威度の高い魔獣を狩るという、比較的自由度の高い任務の最中だった。勇者の随伴の騎士は、この勇者が召喚されてからの短期間で三度も変わっている。騎士の間では「死に番」として敬遠されている仕事だ。


 ただでさえ危険度の高い魔獣や魔族の相手をするというのに、勇者自身の扱い方、教皇の機嫌にまで生存が左右される。騎士になった以上、相応の危険は覚悟できているが、勇者の随伴にはまた別種の緊張感があった。


「勇者様、この辺りにはもう脅威度の高い魔物はいないようです。移動しましょう」

「ん、わかった」


 馬に跨り、再び警戒しつつ移動を開始する。勇者は一般常識には欠けているが、戦闘技術や馬術など、基本的なことは一通りできる状態で召喚されていた。


「あれ、この臭い……」

「臭い? どうかなさいましたか?」


 移動して間もなく、勇者が何かに気付いたようにクンクンと鼻を鳴らし、あたりを見渡し始めた。挙動不審な勇者に、騎士の一人が声をかける。


「いや、なんかどっかで嗅いだ臭いってか、知っている気配がするっつーか」


 気配、と言う言葉に騎士が警戒を強くする。


「勇者様、その匂いや気配の居所はわかりますか?」

「んーっと、こっち」


 勇者が指さしながら馬をそちらの方向へ走らせる。と、すぐに逃げ出す何者かの気配に気が付いた。


「いた、あいつだ!」


 勇者は馬の速度を上げ、あと少しでその背中に追いつくというところで、走る馬から飛び降り、その背中に組み付いた。


「勇者様!」

「ご無事ですか⁉」


 勇者の無茶な動きに驚きながら騎士二人が追いつくと、勇者はひとりの魔族を取り押さえていた。


「お前、この間の……」

「ちっ、見つかったか」


 それは、勇者が先日見逃した魔族だった。


「あの時のガキか……。おい、今回も見逃せよ、俺は死にたくねえんだ」


 そう言う魔族の手は血にまみれ、口元にはつい先ほどついたばかりと思しき食事のあとが残っていた。


『魔族は抹殺せよ』


 教皇の言葉が勇者の脳裏に浮かぶ。隷属の首輪が光り、勇者の腕は自然と、鞘に納められた聖剣の柄を握っていた。


「お、おいおい。俺を殺すのか?」


 先日見逃されたことを思い返しているのだろう。同様のことをしても見逃してはもらえない剣呑とした雰囲気に、魔族はおびえたように口を開いた。


「お前は人を殺すのか?」


 勇者は、今すぐにでも殺さなければという首輪から伝わる衝動を抑え込み、魔族にそう尋ねた。


「は? そりゃあ殺すだろ。お前は生きていくのに豚も魚も食わねえのかよ。俺たちにとっちゃ人族はそういうもん……いや、それ以上に、おれ達を散々いたぶってくれた、憎むべき相手なんだよ」

「そうか……人を、殺すんだな?」


 勇者がぐっと聖剣を握る拳に力を入れる。


「だから何だってんだ! てめえが俺らを殺すのと何が違う⁉ 教会で何吹き込まれたかは知らねえがなぁ、先に魔族を敵だと決めつけてきたのは人族の方だ! 魔族はそれに抗ったに過ぎねぇ!」


 魔族の言うことは、勇者にもある程度理解できた。だからだろう、思い浮かぶのはマリナの言葉だった。


『その魔族にも家族や、大切にしている仲間がいるかもしれません、魔族も、人族も、同じ人なのですから』


 戦意が薄れていく。魔族、人族、争う二つの人間。その違いが、勇者にはまだよくわからない。


「人族の方が……悪者だっていうのか」

「ッたりめえだ! 魔族を獣扱いしやがって、俺たちの歴史は敗北と隷属の歴史だ。てめえだって付けてるだろ、隷属の首輪に、大層な魔力抑制装置だ。それが、人族が魔族を締め付けてきた歴史なんだよ!」


 隷属? と勇者が疑問を覚えた、その瞬間だった。


「勇者様!」


 勇者に追いついた騎士が馬から降り、勇者の前で這いつくばる魔族の首を切り落とした。


「魔族の言うことなど、真に受ける必要はありません。奴らは敵なのです」


 刃に残った血を振り切り、鞘に押し戻す騎士。首を失った魔族の死体は力なく倒れ、伸びた手が勇者の足首に少し、触れた。


「人族は悪者なの?」


 勇者の質問は、直接的過ぎた。そうまっすぐに聞かれれば、人族を守る騎士としても正面から答えるより他にない。


「確かに、人族は魔族を隷属……従えてきた歴史があります。ですが、だからと言って、今の魔族の暴挙を許す理由にはなりません」


 その言葉を聞き、勇者は自分が何も知らないままに多くの命を奪ってきたことを、今更ながらに自覚する。


「どうして喧嘩してるのかわからなきゃ、仲直りなんてできないよ」

「仲直りなど、できないのです。奴らは、化け物なのですから」


 今回勇者に付けられた騎士は、思想を教皇と同じくする者だった。


「化け物は滅ぼさない限り、戦争は終わりません。勇者様、どうか選択を間違われませんよう」


 どうしたら戦いは無くなるのか、どうすれば人族の命も、魔族の命も守れるのか。そもそも守らなければならないのか。勇者には考えることが多すぎた。その答えを、自分の外側に求めようと思うのは当然のことだった。


 ――そうだ、帰ったら教皇とフリーダ、それにマリナにも聞いてみよう。教皇はきっと魔族を殺せとしか教えてくれないけど、フリーダとマリナはちゃんと教えてくれる気がする。


 そんな風に思いながら、勇者は警戒任務を終えアイエルツィアの教会への道を帰った。



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