屋敷の主はモフモフ
「旦那様ぁ」
「はいはい」
「旦那様はどうしてこんなにもモフモフしているのかしら」
「獣化でそういう設定にしたからね」
「肌ざわりもよくて体温も温かくて抱きしめているだけで安心してしまうわ」
「それはよかった」
「匂いだって――」
「主吸いは恥ずかしいなぁ」
「――はぁ、お日様みたいなポカポカした匂いがするわ」
「聞いちゃいないや」
僕はいま、エルマリアの枕になっていた。
枕といっても抱き枕ではないし、ベッドで仲良く寝転がっているわけでもない。
エルマリアと僕がいるのはお屋敷の執務室だ。彼女が僕のために用意してくれたあの豪邸だ。
この部屋の主であるエルマリアは椅子に腰掛け”政務机の上に寝そべっている僕”を昼寝枕にしているのだ。
……傍からするとすごい状況だけど安心してほしい。
僕はわきまえている。
スキルを最大限に活用して獣になり切り、今回は【狐】をモデルにした。しかもサービス精神を発揮しモフモフ尻尾が九本の【九尾の狐】に獣化している。サイズも自在だから、抱きかかえられるぐらいの大きさにしてある。
エルマリアの好みは把握しているつもりだからね。このくらい応えるのは造作もない。
――というか【吸血鬼】とかでやるわけがない。絵面酷すぎ。
「このまま顔を埋めて寝てしまいたいわ」
「甘えん坊だねぇ」
エルマリアはエデンブーケの総まとめ役として頑張ってくれている。そんな彼女を労えるのなら枕に徹するのもやぶさかではないのだが、今日はそういうわけにもいかなかった。
僕は彼女に大事な要件があるのでどうしても来てほしいと頼まれて来たのだ。
「今日はまだ日中で夜の――僕の時間はまだ先だ。こんな時間に呼んだのはお昼寝をしたかったからではないんだろ?」
日中――本来はルヴェルがまだ起きている時間だ。
つまり僕はルヴェルの人格を無理やり切り替えてここに来ている。ルヴェルに対しては、学生寮に戻った後にベッドに横になっておけば”つい居眠りをしてしまった”と勝手に解釈してくれるだろう。僕はその言い訳で度々乗り切っていたから今回も何とかなるはずだ。
でも、そんな僕の事情を把握しているエルマリアに時間外行動をお願いされるのは珍しいことだった。
ただの我儘ならそれでも別にいいけど、本題があるならそろそろ教えてほしいところだ。
「旦那様には立ち合いをお願いしたくて」
「立ち合い? 誰か来るの?」
「えぇ、もうすぐのはず――っと、噂をすれば」
こんこんこん、と執務室の扉が叩かれる。
『お嬢様、お客様がお見えになりました』
扉の向こうからメイドさんの声が聞こえる。初めてこの屋敷に来た時に案内してくれたエルフの声だ。今日も僕を出迎えてくれたけど、その後は客の対応をしていたのか。
「通して」
エルマリアが声を掛けながら僕を見つめてきた。
「ふふ」
彼女は口元に人差し指を添え、まるで悪戯っ子のように目を細めている。
どうやら僕には獣に徹していてほしいらしい。
理由はわからないけど断る理由もないので静かに頷いておいた。
『失礼いたします』
音もなく扉が開く。
最初に入室したのは銀髪エルフメイドのあの子だ。
……次に話す機会があったらちゃんと名前を聞いておこう。エデンブーケが組織として大きくなりすぎて末端の部下の名前まで憶えていられないとしても、この子とは顔を合わせる機会が多くなるだろう。
「お邪魔しまーす!」
「失礼します」
続けて入室してきたのはなんとゼナヴィアとリズリィだった。今朝、ゼナヴィアはルヴェルに対して待機を命じていたはずだ。まさかまたリズリィと出掛けるためだったとは。
思わずエルマリアを見上げると、彼女はただ静かに僕の狐頭を撫でるだけだった。
いったい何をするつもりなんだ?
この場所は王都エムブレスにおける僕の隠れ家――つまりエデンブーケの拠点の一つということだ。関係者以外立ち入り禁止にすべき場所に彼女たちを連れてくる意図がわからない。
「待っていたわ二人とも。好きに座って楽にしてくれていいわ。紅茶でいいかしら?」
「ありがとう、ございます。おまかせします」
「ありがとーエルマちゃん。あたしはエルマちゃんの商会が扱い始めたっていうコーヒーを飲んでみたいな」
ソファーに座りながら慣れたように要望を伝えるゼナヴィアと、声がちょい硬いリズリィ。
ゼナヴィアは領主の娘だからか自然体でいるようだけど、リズリィは少し気後れしているのか緊張が見られる。
はてさて、どうしてここに来ることになったのやら。
ちなみに珈琲は、僕がエルマリアに頼んでコーヒー豆の代替となる物を探してもらい製造法を教えて完成させた。ふわっとした知識しか伝えられなかったのに今ではビジネスにこぎつけているからすごい。業績も好調らしいし、僕も普段から飲んでいた前世の飲み物を飲めてwinwinだ。
「ブラックはきっと貴女の好みではないわね。せっかくだから三人ともカフェオレにしましょう」
「わーい」
エルマリアが目配せすると銀髪エルフメイドさんが退室した。
あの子、珈琲も淹れることもできるのかな? でもそれなら最初に出会ったときに淹れてくれればよかったのに。【吸血鬼】モードの僕のために血を用意するなんて体張りすぎ。
「さて、さっそく本題に入ってもいいのだけれど、その前に先週の事件の顛末を語るのも悪くないわね」
「それよりもエルマちゃんが撫でてるその子のこと教えてほしいかもーっ」
僕?
「あら、気になるの?」
「うん! 初めて見る魔物だなーって」
「ゼナヴィアちゃん、遊びに来たわけではないんですよ」
魔物扱いはいつものことなのでどうでもいいとして、二人は遊びに来たわけではないのか。
エルマリアも先週の貴族と教会の襲撃事件の話をするつもりみたいだし……あれ? でもそうなると本題ってなんだ?
「この方はこの屋敷の主よ」
「あはっ、すごく可愛らしいあるじ様なんだね」
冗談だと思われたらしい。当たり前だけど。
というかエルマリアさん? この状況を楽しんでますね、あなた。
「……随分とおとなしい魔物なんですね」
昔のリズリィの性格を考えたらもしかしたら僕に触りたいのかもしれない。今はいろいろと我慢してしまうような性格になってしまったけど。
「触ってもいいかな?」
まるでリズリィを代弁するようにゼナヴィアがお願いしてきた。
正直なところちょっと遠慮したい。罪悪感というか背徳感というか……正体を知りながらも撫でてくるエルマリアとは違うし。
「駄目よ」
とか思ってたらエルマリアが断っていた。
しかも強めの拒絶。
「この方に触れたいのなら前提としてここの一員にならなければならないわ。だってこの方は屋敷の主なのだから」
「一員に、なる」
「一員になれば撫で放題ってこと――っ!?」
「そうよ」
いやいやいやいや、そんなことないよ!?
こんなことするの花冠の五人ぐらいだから。自分で言うのもなんだけど他のみんなは畏れ多くてできないはずだから!
「おーすごい首振ってるね。知らない人に触られるのは嫌なのかな?」
「ふふ、少し冗談が過ぎたかしら」
「必死な姿も可愛い……」
まったく、こっちが喋れないからって言いたい放題だな。この程度のことで怒りはしないけど僕がいると話が進まなそうだ。
「飲み物をお持ちしました」
丁度いい。
銀髪エルフメイドさんも戻ってきたところだし僕は下でゴロゴロしてよう。
魔物になり切るのも隠密修行の一つさ。
「残念。振られてしまったみたい」
ふわりと立ち上がるとエルマリアが名残惜しそうに背中を撫でてきた。
その手つきは少しぎこちなかった。もしかしたら僕が不機嫌になってしまったと勘違いしているのかも。
しゃーない、サービスしてあげますか。
「わ、器用な子だ」
机を降りる前に「別に怒ってないよ」と伝えるため、今度は僕が尻尾でエルマリアの手の平を撫で返した。まるで舌でぺろんと舐めるように尻尾の根元から毛先まで擦り付けたので、ちょっとマーキングっぽかったかも。
まさに獣って感じ。
擬態も完璧かもしれない。
「……少し、眠たくなってしまったわ」
「大丈夫ですか?」
「エルマちゃんって安眠アイテムを持つぐらい寝るのが好きだよね? それとも疲れてるのかな……答え合わせをお願いしたのはあたしたちだし、別の日にでも――」
「ありがとう、でも心配には及ばないわ」
エルマリアが呼び出したわけじゃなかったのか。
それに答え合わせって何のことだろう。
「嬉しくてつい口が滑ってしまっただけだから。昔から安心――気を抜くと眠くなってしまう性質なの。それに珈琲には眠気覚ましの効果があるの。一息つくにはうってつけね」
丁度、銀髪エルフメイドが給仕を終えて僕の横に立っていた。
みんなの前には珈琲と砂糖とミルク、そしてお茶請けのお菓子が並んでいた。
「飲みながらでいいからリラックスして聞いて。最初は先週の事件の主犯についてよ」
いよいよか。
僕も聞き耳を立てておかないと……ん?
「……」
目の前で猫じゃらしのようなおもちゃが揺れている。
どうやら銀髪エルフメイドが隠し持っていたらしい。無表情な彼女は僕の気を引くようにおもちゃを振り始めた。
これはなんだい?
僕にそれで遊べというのかい?
あの、僕って一応エデンブーケの主なんだけど? もしかして威厳ない?
それともこの娘は【九尾の狐】が僕だと気づいてないのか?
「ちっちっち」
いや、それ猫!
「ご主人様、私にも構ってください」
しかも僕だと知りながらやってる!?
図太すぎるだろ!
でもふりふりされたところで飛びつくような本能はないし恥も外聞も無いわけじゃないんだよ!
「ご主人様ー」
諦めが悪いのかまだふりふりしてる。
いや、やらないよ?
「遊びましょう」
前にちょっと揶揄ったことを根に持っているのだろうか?
それとも本当に遊んでほしいだけなのか?
わ、わからない。
「……」
黙ってしまった。
おもちゃを振る手も弱々しくなっている。
なんだろう……しょうがないとはいえ無視したことになるから僕の良心に痛みが。
「……あ、なるほど。おやつですね? もちろん用意していますよ」
そういうことじゃないねん!
べしっとおもちゃを叩く。
僕的にはただのツッコミだったのだけど銀髪エルフメイドにとっては正解を引いたように見えたらしい。
「かわいい」
あーもうどうにでもなれ!
満足するまで付き合ってあげるよ!




