エピローグ 楽園へようこそ
僕はどうも仲間に甘い。
理由も、なんとなくわかっている。
たぶん――僕が”独り”だからだ。
普段は意識してない。でも心のどこかでは、ずっと孤独を感じている。
だからこそ、その孤独を埋めてくれる仲間たちを大切にしたいと思うし、つい甘やかしてしまう。
……それはきっと、悪いことじゃない。
「つまりまとめると、事件の内容は改ざんされ、『賊による貴族生徒への襲撃』という形で処理された、ということですね」
どうやら僕が猫じゃらしもどきと格闘している間に、話が一区切りついてしまったらしい。
「賊は全滅。生き残った貴族たちはただの被害者扱いでお咎めなし。私たちはそもそもその場にいなかった無関係の人間――ということですか」
「助けられたあと、エルマちゃんと合流して何食わぬ顔で学園に戻ったけど……本当にこれでよかったのかな? 目を覚ましたルヴェルにも口裏を合わせてもらったけど、口では了承しても顔は納得してなかったよ。もちろん、あたしも」
襲われたのはこの場にいる三人だけど、通報や学園に密告とかはしていない。貴族生徒に死人がでた以上、余計な騒ぎは避けるべきだとエルマリアが提案したからだ。
その結果、チンピラ貴族たちは取引相手だった教会の賊を悪者に仕立て、自分たちは襲われた被害者ということにしたらしい。
死人に口なしとは、このことだ。
「落としどころとしては十分よ。襲われて攫われそうになったと訴えて下手に目立ってしまえば、事件の主犯であるリボルバー・ドットハックが介入して、こちらが不利になっていたはず。実際、裏で手を回して事件を改ざんしたのも彼よ」
「また襲ってくるかな?」
「手駒を失ったばかりだもの。しばらくは大人しくするしかないでしょうね。もちろん、わたくしも抜本的解決のために手を打つつもりよ。だから安心して」
なんというか、あっさりしてるね。
ゼナヴィアとリズリィも素直に頷き、それ以上この話題を掘り下げようとはしなかった。
これはただ単に、僕が聞き逃しただけなのかな? 最後の方しか話をちゃんと聞いてなかったからあっけない顛末に聞こえてしまうのかも。
それとも、チンピラ貴族たちの処遇なんてどうでもいいと思うくらい、重要な話が待っているのかな?
本題は別にあるって話だったよね。
「……リズちゃん」
「はい。覚悟はできています」
え? 覚悟?
「まだ楽にしてていいのに……律儀なのね」
エルマリアは先の展開がわかっているのか立ち上がった二人にそんな言葉をかけていた。
いったいこれから何が始まろうとしているんだ。
――って、メイドさん?
確かに気になるけど僕のことわざわざ持ち上げなくていいんだよ?
視点が高くなって眺めやすくなったのはありがたいけどね?
頭は撫でる必要はないんじゃないかな?
「エルマリアさん。私たちは今回の件で改めて自分の弱さを痛感しました」
「このままだとあたしはルヴェルの速さについていけなくなる。パートナーとして肩を並べるなら彼と同じように魔力を扱えるようにならないと駄目なの」
結構、思い詰めていたのか。
リズリィもゼナヴィアも弱くはない。でもそれは世間一般と比較して弱くないというだけの話だ。
僕は特殊な環境で魔力を鍛え、自分の活動に邪魔になる存在は排除してきた。強さに果てが無いことも理解しているけど現時点で規格外の強さを有していることも自負している。
その視点から見れば二人はまだまだ弱い。
そして僕と同じ体の運命共同体は彼女たちにとってさぞ強く見えるだろう。
ルヴェルの魔力による身体強化は学園随一といっても過言ではない。
しかもその原因は僕が勝手に鍛え上げただけだから本人は無自覚。親しい間柄であるリズリィやゼナヴィアに説明を求められても答えられない。
「エルマちゃんにはそれができる。つまりエルマちゃんのお師匠様の教えを受けることができればあたしたちも強くなれる」
「ふふ、買い物に出かけたときそんな話をしたわね」
そうなの?
エルマリアの師匠ってことは……僕じゃん。
というか、よくルヴェルとエルマリアの魔力操作が似ているって気がついたね。
「師匠に紹介するための条件がある、とエルマリアさんは言いました」
んん? 紹介? 僕を?
雲行きが怪しいぞ。
「その条件とはエルマリアさんの『師匠を見つけてその側近に改めて申し出る』こと」
「だから改めてお願いします。エルマちゃん――いいえ、エデンブーケの月季ちゃん。あたしたちは強くなりたい。だからプロテア様に師事できるように取り計らってください」
お、おおぅ、まさかこうなるとは。
エルマリア――いや、ここはあえて月季と呼ぼうか。
月季からそんな相談は受けていない。
つまり完全に独断だ。
ルヴェル=プロテアの構図は花冠含め少数の人間しか知らない極秘事項だから教えることはないだろうけど、まさか月季自身の正体を明かす方向へ動いていたとは思わなかった。
「……」
月季が僕を見つめてきた。
いつも通り、淑女らしい微笑みを浮かべたまま。
最後の判断は僕に任せる――そういうことらしい。
いいよ。
許可してあげる。
「エデンブーケの月季として、改めて条件を伝えるわ。顔をあげなさい」
「「……!」」
月季が何を考えているのかは後で教えてもらおうか。
きっと彼女なりの思惑があるのだろうし、これもまた僕のためなのだろう。
怒る必要はないし、学食で見つけた豚カツの試作品と同じようなものだ。
「プロテア様を師事したいのなら、まずエデンブーケの一員になりなさい」
「はい」
「もちろん」
二つ返事か。
どういう組織かわかってないだろうに思い切りがいいね。
さっき言ってた「覚悟」とは、このことだったのだろう。
「わたくしはエデンブーケの幹部、花冠第一席『月季』。貴女たちは部下という立場になるわ。何が言いたいかわかるかしら?」
「月季様とお呼びすればいいのでしょうか」
「公私の区別をつけるため、ですよね」
「そういうことよ。気を付けるように」
話が早くていいね。
「でも友人として特別に魔力の扱い方はわたくしも教えてあげる」
「いいんですか?」
「エルマちゃん、優しい――っ!」
一瞬で素に戻ってる。
エルマリアも苦笑するだけで咎めることはしない。
どうやら月季モードは終わりのようだ。
「それとエデンブーケの主であるプロテア様――わたくしの旦那様は」
「旦那様……」
「エルマちゃん結婚してたの!?」
呼び方のせいで誤解されてますよ!
エルマリアさん! ちゃんと否定してくださーい!
「ふふ、いずれ近いうちに語らせてもらおうかしら」
なんで含みを持たせるのさ!
さっきから遊びすぎだよ!
「彼は多忙で夜しか自由に動けないの。だから教えを受けたいときは学園を抜け出してこの屋敷に来なさい」
嘘と真実を混ぜて語ってるね。そうすることで信憑性が増すってよく聞く。
「加入したばかりの新人に手をかけてくださる方なのですか?」
「エデンブーケってすごく大きい組織だよね? 直接指導してもらえたら嬉しいけど問題とかないのかな?」
「お膳立てはわたくしがするわ。余計なことは気にせず貴女たちはエデンブーケの構成員として強くなりなさい」
ゼナヴィアとリズリィは僕にとって間接的な相棒と姉同然だ。優先度を考えれば実はかなり高いと考えてもいい。
でも、そっか。そんな彼女たちを僕が指導するのか。
一番身近にいたからこそ遠い存在だったのに……もしかしてエルマリアはそういった現状を改善するために二人をエデンブーケに招いたのかな?
「……」
「リズちゃん? 難しい顔してるけど、どうかしたの?」
「いえ、少し気になることがありまして」
リズリィが眉根を寄せて何やら考え事をしている。
こんな時でも開眼しない徹底ぶりはさすがだ。
「この屋敷はやっぱりエデンブーケの拠点の一つだったんですね」
「みたいだね」
「エデンブーケの主でありエルマリアさんの師匠であるプロテア様にはここで会える、と」
なんか嫌な予感がする。
僕はちょっと用事を思い出したからお暇させて――って、ダメだ! 抜け出せない!
メイドさんががっつり抱きしめたまま放そうとしない――っ!
「幹部とはいえ、プロテア様を慕っているエルマリアさんが彼の方へ相談も無しに専断的な行動をとるとは思えません」
「あら、素敵な観察眼」
「えーと、つまり?」
「今、プロテア様は私たちの話を聞いている」
ぎくっ。
「すごく近いところにいるってこと? ん~……あれ? そういえばさっきエルマちゃんが言ってたよね。このお屋敷のあるじ様のこと」
「屋敷――エデンブーケの一員になれば触れてもいいと」
視線が僕に集中する。
これはもしやバレたか。
「もしかして、この子があのプロテア様?」
「獣に変身できる能力……ですか。聞いたことが無いですね」
これは誤魔化せそうにない。
エルマリアは彼女たちにヒントを与えながら会話をしていたようだしこの流れは彼女が作り出したものだ。
最初からエデンブーケの新しい仲間となるゼナヴィアとリズリィを紹介するために僕を呼んだのだろう。
長年、見守ることしかできなかった二人と話すことができるのは正直喜ばしいことだ。
でも一つだけ問題がある。
「喋らないね?」
「……深読みだった場合、私はちょっと恥ずかしくなってしまいます」
大丈夫、当たっているから。
恥ずかしいのはメイドさんに抱かれたまま寛いでる僕の姿だから。
威厳もへったくれもありゃしない。
「――」
どうすればエデンブーケの主としての威光を保てるか。
僕はそんなことを念頭に置きながら新しい仲間を歓迎するため、口を開くのだった。
……とりあえず、頭を撫でまわすのやめない?




