花冠
みんな黙ってしまった。
ゼナヴィアとリズリィは目の前に広がった光景が信じられないのだろう。
眠気の限界を迎えているルヴェルでさえ驚愕したように目を見開いているくらいだからね。
”あれの威力”を知っている僕でさえ言葉を発せなかった……なーんて、魔力霊体の僕は元から喋れなかったわ。
「あっけないわね」
けれど本当の意味で口を開くことができなくなったのは教会の賊たちの方だ。
僕たちの視線の先、そこにあるのは敵だった何か。
ある者は瓦礫に押しつぶされてぺしゃんこに。
またある者は木材や金属などの資材に串刺しにされ磔に。
そして周囲に”めぼしい物”が無かった者には、自らが装備していた武器や防具が、まるで反旗を翻すかのように己の主に牙をむいていた。
剣は一人の喉を貫き、短剣は一人の胸を刺す。
口元を隠していたマスクは喉へと巻き付き、締め上げる縄へと変わっていた。
教会の人間が黙ってしまったのは物言わぬ屍になっていたからだ。
「月季さん、これは貴方がやったことなんですか?」
恐る恐るといった感じだ。
頭では味方だと理解していても色々と整理しきれないことってあるよね。
「わたくしのスキル『騒霊』。簡潔に説明するなら”ありとあらゆるモノを浮かせる”能力よ。浮かせられるモノの重さや数は、発動者の魔力量に左右されるわ」
「……そっか、だから槍で――」
質問をしたのはリズリィだったけど、何かに納得したように頷いたのはゼナヴィアだった。
おそらくエルマリアとクエストに出掛けたときのことでも思い出しているのだろう。
あの時は『剣嵐』というスキル持ちだと嘘をついていたけど、本質はどちらも”浮かせる”能力だ。周囲には武器だけを浮かすことができると嘘を吐いているが、実際のところはなんでも浮かすことができるというわけだ。
「――すまない。ゼナヴィア、姉さん。俺は落ちる」
どうやらルヴェルが限界を迎えたらしい。
チンピラ貴族は処理できたし教会の魔の手から姉も守ることができた。
イレギュラーを除けば活躍としては十分だ。
「安心して寝ていいからね? 学園に戻ったらあたしが薬を飲ませてあげる」
「昔みたいにお姉ちゃんがおんぶしてあげますね」
二人の返事を聞いてルヴェルが珍しい顔で苦笑している。
どうやらだいぶ無理をしているようだ。
「情けないが……後は、貴様に、任せても……いいだろうか?」
月季のことを味方だと判断したみたい。
ルヴェルとしては悔しい結果だとは思うけど頼れる相手には頼った方がいい。
僕も含めて一人で何でも解決できる人なんていないんだから。
「誓いましょう。エデンブーケの花冠第一席として、三人の身の安全はわたくしたちが保障するわ」
「……恩に、き――」
眠ってしまった。
ほな僕の時間か――なんて冗談だよ?
ゼナヴィアとリズリィがいるのに目の前で人格を切り替えるわけないじゃないか、はっはっは。
「後処理をしなさい」
月季が静かに腕を上げるとどこからともなくエデンブーケの構成員たちが姿を現した。
特別な立場である月季とは少し服装は異なるが、全員が僕の糸で編んだローブを纏い、その正体を隠している。
「すごい……全然気が付かなかった」
「これほど練度の高い組織の名が通っていないなんて……信じられません」
驚いてる驚いてる。
ギルドのことを褒められると鼻が高くなっちゃうね。
まぁ、人員のほとんどは月季を筆頭とした花冠のメンバーが集めたものだから、僕が胸を張る話でもないんだけど。
「えっと、月季ちゃんに聞いてもいいかな?」
「なにかしら」
「周りで後片付けしているのはエデンブーケの人たち、なんだよね?」
「そうね」
素っ気ない、というよりかは本題が残ってそうだから相槌を打って先を促している感じかな。
「さっき月季ちゃんは自分のことを『かかん第一席』って名乗ってたけど、月季ちゃんがエデンブーケのトップな――」
「違うわ」
違う違う、僕だよ僕――と指をさす前に月季が否定していた。しかも僕より食い気味に。
「絶対に履き違えては駄目よ。わたくしはエデンブーケのまとめ役であり”あの方”を飾る冠の一部に過ぎないわ」
「冠……? あ、だから花冠なんだ」
「ちょうどいいわ。今ここにいる二人も紹介しましょう。キキョウ、リシアンサス」
「呼びましたか、月季」
「はーい、ここにいますよー」
物音ひとつ立てずに月季の隣に降り立ったのはギルドの古株メンバー。
普段はパン屋の看板にゃんにゃんとして活躍している姉妹だが、本来の姿はこっちだ。
キキョウもリシアも花冠として月季と同じ装いを纏い、その正体を隠している。
「獣人の……女の子?」
隠しているといっても獣耳は丸見えだしキキョウに至っては背格好が少女のままだ。だからゼナヴィアが困惑する気持ちもわかるよ。
「初めましてゼナヴィア・ラウンズロッド、そしてリズリィ・バルディーク。私はキキョウ。エデンブーケの花冠第二席よ」
しれっと嘘を混ぜたな。
パルテア村にいたころは一方的に知っていた関係だけどパン屋でバイトしているときにはゼナヴィアとは普通に顔を合わせていたからね。
無論、本当のことを教える必要はないから問題はどこにもない。
「第三席のリシアンサスでーす。それじゃあ早速、ある――じゃなかった、そちらのお兄さんを運んじゃいますね」
相変わらず呼び間違えるね、リシアは。迂闊だぞ、まったく。
「ええと……本当にお任せしてもよろしいのでしょうか?」
ゼナヴィアと一緒に弟を支えているリズリィがそんなことを聞いてきた。
大切な家族を初対面の人間――それも謎の組織の怪しい連中に託すのは少し不安だろう。
だけど大丈夫、ルヴェルは僕の半身で相棒みたいなものだから、ぞんざいに扱われることは絶対にないよ! 伝わらないと思うけど!
「安心してください。これでもあたし、とっても力持ちなので!」
「リシア、そういう意味ではないと思うわ」
大真面目にボケをかます妹とツッコミの姉。
毒気を抜くにはちょうどいいだろう。
「……弟をお願います」
「はいはーい、任されましたー!」
身長差を考慮してかリシアがおんぶするみたいだ。
でも、あれ?
よくよく考えたらルヴェルのことを預ける必要ってあるのか?
あとはもう学園に連れて帰るだけだし、はぐれたことになっているエルマリアだって月季としてここにいる。
今回の騒動はチンピラ貴族たちが三人を狙い、未遂に終わった。
ゼナヴィアとリズリィには月季の正体がバレていると考えていいので、表面的には事件は解決したと言ってもいいはずだ。
ルヴェルだけを帰して買い物の続き――はさすがにないとしても、もしかしたら内緒の話でもしたいのかもしれないな。
他に考えられるのは――
「きゃあ――!」
一人だけしぶとく生き残っていた賊のリーダーの後始末、とかかな。
近くにいたエデンブーケの構成員が吹き飛ばされたようだ。
不意を突かれたようだけど心配はいらない。
僕の部下はそんなにやわじゃないんだ。
「うそ……! あの状態で生きてるなんて……」
「驚異的な生命力ですね」
ゼナヴィアとリズリィが目を見開いている。
どうやら後始末が目的というわけではなかったみたいだ。
「リシアンサスとキキョウは彼を安全なところへ」
ん?
月季がルヴェルではなく僕の方を見つめきた。
花冠の娘たちなら魔力霊体である僕を探すことが可能だ。
でも、あんまり視線は向けないようにと事前に指示はしている。厳命ってほど堅苦しくはないけど僕の部下が約束を破るわけがない。
それにも関わらずアイコンタクトをとってきたということは……単純に僕に用事があるということなのだろう。
「姉様、行きましょうか」
「そうね」
しょうがない、僕もついていくか。
なにやら思惑があるみたいだし、僕にしかできないことがあるなら手を貸そうじゃないか。
○●
「んーと、よし! ここなら安全ですよー、主様」
倉庫を出てすぐ近くの空き家に移動したリシアンサスが、明るい声を上げた。
彼女の言う”安全”とは、僕の身に危険がないという意味ではなく、周囲に人の気配がないから人格を切り替えても大丈夫、という意味だ。
猫獣人である彼女は聴覚も嗅覚も人族の僕より優れているので、彼女がそういうなら安心して表に出られる。
ってことで僕の体に搭乗!
「ご苦労様リシア。重くなかったかい?」
「あはは、重いわけないじゃないですか。これでもあたし主様に鍛えられてるんで、魔力を使わなくてもへっちゃらですよー」
「いらぬ心配だったな。――ところでリシア」
「なんでございましょう?」
にへへ、とにやけながら喋ってる。口調もちょっと変。
――なるほど、確信犯か。
「そろそろ降ろしてほしいんだけど、いつまでおんぶしているつもりかな?」
僕にも恥じらいってものがあるんだよ?
女の子をおんぶするのはいいけど、されるのは普通に照れ臭い。
「えー? だってこんな機会がないとできないことですよ。今のうちに堪能しておかないともったいないじゃないですか」
「めったにないシチュエーションだから手放せないと」
「そうですそうです」
おんぶしたいわけじゃなくてレアイベントだから回収しとこう、みたいなノリか。
「リシアンサス、いい加減にしなさい。せっかく若様が表に出られたのにあなたの我儘に付き合わせるものではないわ」
「にゃーん」
姉に注意されたからか素直に降ろしてくれた。
僕が命令すれば済む話だったのだが、ついつい甘やかしてしまった。
「ありがとうキキョウ。お礼に抱っこでもしようか?」
「え、あ、それなら若様が吸血鬼モードのショ――うねんになってくれるなら、私もおんぶを――」
「さて、話を戻そうか」
相変わらずどうしようもないな、このショタコンは。僕が獣化して【吸血鬼】の成年の姿になると「いけず……」と呟いていた。
拗ねてしまったので頭を撫でると、喉をゴロゴロ鳴らし始めた。
ちょろかわ。
「月季から何か聞いているかな? 僕の手を借りたいんだろう?」
仕事の話になった瞬間、二人の空気が変わった。
キキョウとリシアが足元で跪き、静かに頭を垂れる。
「若様の存在を刻んでほしい、と月季は望んでいるようです」
漠然としてるな。
「つまり?」
「教会の生き残りを若様の圧倒的な実力でねじ伏せていただきたいのです」
「ほう、珍しい。普段の君たちなら絶対に頼まない内容だ」
いつもなら僕が動くまでもなくすべてが片付いた後だったりするからね。
優秀な部下を持つと大抵の問題は解決してしまい事後報告が基本になりがちなのだ。
「若様のお手を煩わせて申し訳――」
「そう畏まらなくていいよ。いいじゃないか、たまには全力を出すのも悪くない」
そうと決まれば善は急げだ。
部分獣化した指先から特製の糸を吐き出し一瞬で服装を整える。
黒スーツに目元を隠す仮面をセレクション。
問題は何に『獣化』するかだけど……いや~悩むなぁ、この【吸血鬼】は基本スタイルだから置いといて、最強なのはやっぱり『混合獣化』のキメラスタイルだ。【甲鎧混蟲】になってもいいし、シンプルに【竜】になって戦ってもいい。
もしくはアレだ、原点回帰してモデル【狼】の狼男を見せつけるのもあり。変化能力が強化されて毛並みの色とか変わったんだよね……そのせいで色々苦労したなぁ、そういえば。
「あ、主様。【吸血鬼】以外の獣化はできれば封印してもらっていいですか?」
「え? なんで?」
せっかくスキルで遊ぼうと思ったのに。
「手加減をしながら本気で倒してほしいって月季ちゃんが言ってました!」
「ふーん? 意図はわからないけど部下の期待に応えるのはやぶさかじゃないね」
要するに【吸血鬼】モードで魔力を使って殴り倒せばいいってことだろ?
簡単簡単。
「とりあえず戻ろうか」
そうして僕は姉妹を伴い、倉庫へと戻るのだった。




