エデンブーケの月季
「エデン……ブーケ? 聞いたことが無い名だ」
当然だね。
それは僕が秘密裏に結成した組織――いや、この異世界でカテゴライズするなら”ギルド”と呼ぶべきかな。
簡単に説明すると”不自由な僕を支えてくれる信頼のおける仲間たち”の集まりといったところか。
ルヴェルの頭の中では今頃、有名どころのギルド名とエデンブーケを照合しているのだろう。この窮地を救いに来た味方かどうかを判断するために。
でも、ごめんね?
僕のギルドは基本的に表舞台に出て活動することはないんだ。
だからルヴェルが安眠できるかはちょっと難しいかも。
「月季……ちゃん」
ちゃん付けか。
ゼナヴィアはなんだか余裕があるね。
姉弟と一緒で月季と会うのは初めてのはずだけど……もしかして正体に気づいてる?
「お馬鹿なワンちゃんたちに実力差を理解させるためにあえて魔力の違いを誇示していたのだけど……『ふふ、そういう物怖じしないところ好きよ』」
「――!」
あれ?
ちょっとエルマ――じゃなくて月季さん?
前にも同じような台詞を言ってたよね。言い回しがなんかわざとらしいぞ。
たぶん今ので月季の正体がゼナヴィアにバレたな。そしてその様子を隣で観察していたリズリィにも勘付かれたみたいだ。「無事でよかった」なんて呟いて安堵しちゃってるし。
月季……いったい何マリアなんだ……みたいになってる。
そういえば声も喋り方もいつも通りで隠すつもりもないみたいだ。
いったい何をするつもりなんだ?
「貴様は……俺たちの、味方なのか?」
ルヴェルはわからなかったみたいだ。
――あ、でも仕方がないか。薬のせいでまともに頭が働ける状態じゃないからね。勘が悪いのもしゃーないか、な? いや、どうなんだろう……この子、剣にしか興味ないからなぁ怪しいなぁ。
とりあえずルヴェルの勘の悪さは置いといて、隣でだんまりを決め込んでいる二人も気掛かりだ。
ルヴェルを安心させるためにゼナヴィアかリズリィがネタ晴らししてもおかしくはない状況だ。それなのに黙っているのは、月季がエデンブーケとして現れた以上、正体は伏せるべきだと空気を読んでくれたのかな?
それとも他に隠しておきたい理由があるのだろうか……う~ん。
「……エデンブーケ。聞いたことがあるぞ。我々の崇高な任務を邪魔をする集団がいると報告を受けていた」
賊のリーダーが絞り出すように声を上げた。
月季の魔力に気圧されて動くことを忘れていたようだけど喋れるようにはなったんだ?
てか、僕たちのことを知っているということはアレか。
教会の人間か、こいつら。
「わたくしたちはただ首輪に繋がれた哀れなワンちゃんを聖王都から解放してあげているだけよ」
「……何を言っているのかわからんな」
と言いつつ周りの殺気が増しましたね。
ちなみにルヴェルたち三人は本当にわからないようだ。
ゼナヴィアとリズリィは顔を見合わせて首を傾げているし、ルヴェルに至っては思考することさえ限界に近いのだろう。
うんうん、しょうがないよ。
初出し情報だから置いてけぼりになってもしょうがないさ。
だって――僕もよくわかってないからね!
「こそこそと我々のことを嗅ぎまわっているお前たちこそ犬ではないのか?」
「あらあら冗談が下手なのね。花の周りをうろちょろと駆け回り踏み荒らしているのはどこのワンちゃんだったかしら? あなたたちの飼い主に伝えなさい。リードが長すぎて迷惑なのよ、って」
なんか言葉の応酬が始まったね。
ニュアンスはなんとなくわかる。
でも僕はこの件にがっつりかかわっているわけではないので詳しくは語れない。
エデンブーケが片手間で相手をしている敵がいて、聖王都の教会が関わっている――って話なんだけど、なにぶん僕は不自由な身の上なので手助けも難しい。
それを考慮してか月季たちも積極的に助力を求めてくることはない。
だから正直なところこの件は”僕の与り知らぬところで動いている活動”としか言いようがないのだ。
「ふん、月季と言ったな。お前はさっき口にしたな? 我々を首輪から解放すると」
「あら? 今になって自分たちは無理やり飼い慣らされていたと吠えるつもり?」
「まさか! ただ、首輪が無くなったのならどこへ行こうと自由ではないかな?」
いや、ダメだろ。なに逃げようとしてんねん。
「お馬鹿さんね。ノーリードなんて迷惑行為をわたくしたちが許すわけがないわ」
「交渉決裂だな」
今のは交渉……なのか?
時間稼ぎにしか見えなかったけど。
「お前がエデンブーケの者だろうと所詮は一人! 我々の魔力総量が尽きる前にお前は消し炭になるだろう!」
数とスキルでごり押しするつもりか。
でも、残念。
月季は自分の魔力量を誇示していると口にしていたけど、まだまだ本気じゃないんだ。
「はしたないからつい控えめにしてしまったけれど、まさか総量で勝っているからと得意げになるなんて……」
「我らを侮るつもりか! その魔力量で全力じゃないなど見え透いた嘘を吐くな!」
「嘘か真か、確かめてみる?」
月季は人差し指をそっと口元へ添えた。
薄い布越しに指先が触れ、唇の輪郭がわずかに浮かび上がる。
静かに――とでも言うような仕草。
だが、彼女の口から紡がれたのは全く別の言葉だった。
「『騒霊』」




