斬れないのなら
火花が散った。
剣と刃がぶつかり合い、耳障りな金属音が建物内に響き渡る。
ルヴェルが踏み込みながら剣を払うとゾルトは刃物と化した腕でそれを受け流し、お返しとばかりにもう片方の腕で斬りかかる。
迫る手刀の一撃をルヴェルは咄嗟に剣で受け止め、そのまま距離をとるように後退した。
「さっきの威勢はどうした。お得意の鬼神流の剣技を披露しないのか?」
スキルによって変わり果てたゾルトが器用に笑う。
笑ってる……んだよな?
刃物を積み重ねてできた顔から表情を読み取るのは至難の業だ。でも、僕の『獣化』も色々な生物の特徴を混ぜ合わせてキメラ化できるから、あんな感じの顔にすることも不可能ではない。
やらないけど。
だって、おどろおどろしいだけでカッコよくな――じゃなくて僕の趣味に合わないからね。
「なぜ最初から本気を出さなかった」
「入学式の時のことを言っているのか? ふん、知れたことよ」
スキルの秘匿性ってやつかな?
ゼナヴィアは従者騎士を同伴させるためにスキルを公表しているし、リズリィは学費免除の関係で始原スキル持ちであることは隠せない。エルマリアの剣嵐は――置いておくとして僕の『獣化』も信頼できる身近な人間にしか教えていない。
隠しておきたかったというのもわか――
「この醜悪な姿を衆目に晒せるはずがないだろ!?」
んん?
あれ、なんか思ってたんと違う。
「……なに?」
さすがにうちのルヴェルも困惑気味や。
「スキルを使うだけで服が切り裂かれ全力を出せば素っ裸だ! 顔は見る影もなくなり、まるで剃刀の悪魔。あまりのみっともなさに父上からは『ゴレム家の恥だからスキルは両手だけにしろ』と命じられる始末――ッ!」
お、おおう……なんというかごめんね。
僕もダサいって思っちゃった。
ゼナヴィアたちを巻き込まなければ同情ぐらいはしたかもしれない。
というか周りにいる貴族連中はゾルトのことバカにしないのか。もしかしたら似たような集まりなのかもしれないね。
どうでもいいけど。
「……それでも俺は羨ましいけどな」
「っ、黙れ! お前とは立場が違うんだよ!」
人間は自分より下の人間を見つけて安心したい生物だ。上に登るより下を見下ろした方が楽だからだ。
ゾルトたちがルヴェルに目を付けたのはコンプレックスによる八つ当たりみたいなものか。
能力が無いルヴェルからしてみれば贅沢な話だ。
まったく。
「馬鹿馬鹿しい」
「――っ!?」
ルヴェルが剣を振るう。
ゾルトの首を捉えようとした一撃は彼の左腕に阻まれた。
「馬鹿はどっちだ。効かないと言っているだろう」
「……」
ルヴェルは返答する代わりにまた剣を振るった。
今度は右腕の刃に弾かれる。
「無駄だと言って――」
ルヴェルは答えない。
答える代わりに剣を振る。
キン、キン、キンッ、と刻まれた剣戟の音色が一度、また一度と重なっていく。
一撃ごとに剣速が増していく。最初は聞き分けられていた金属音が、やがて途切れることなくつながり始めた。
刃筋を目で追えているのはもはや僕しかいないのではないだろうか。
「ぐおおおおおおおおおおおおおっ!!」
残光だけを残し、火花が激しく散っていく。
発生源となっているゾルトはただ叫ぶことしかできないようだ。両腕で顔をガードするだけで精一杯。反撃する余裕すらない。
「がら空きだぞ」
「ぅぐ」
隙だらけの胴体に締めの一撃が放たれた。
ルヴェルの剣を生身の人間が受ければ普通なら真っ二つだ。しかし、さすがはスキルで全身を刃物で覆ったゾルトだ。地面に落ちたのは刃こぼれだけで上半身がずり落ちるなんて状況にはならなかった。
しぶといねぇ。
「無駄な、足掻きだ……俺に、剣は効かないと……学習したらどうだ?」
「それにしては必死に縮こまっていたみたいだな? あと――」
ルヴェルはそう言ってゾルトの腹に当てていた剣を横向きに返した。
鋭利な刃ではなく平たい刀身の側面を押し当て、そして腰を落とす。
「斬れないのなら、また殴るだけだ」
魔力の乗った全力の拳がゾルトの腹に叩き込まれた。
甲高い金属音、衝撃と共にゾルトが壁に激突する鈍い音が立て続けに響く。
「かはっ――」
ゾルトはもう動けないな。
骨も何本か折れてるだろうし、気絶してるのかスキルも解けている。
「学園支給の剣は脆すぎるな。この場合、俺が弁償することになるのか?」
対するこちらの被害は剣一本のみ。
ゾルトの腹を間接的に殴るために利用された剣は無残にも折れて真っ二つになってしまったが、敵を倒すという役目はしっかりと果たすことができた。
「ルヴェルは強いね」
僕の隣で観戦していたゼナヴィアが安堵したように呟いた。
いつもの彼女ならはしゃいで喜んでもおかしくないけど、なんだか今日は落ち着いてる――というか沈んでる? 僕の目が節穴ではないなら、どこか寂しそうに見える。
ここは檻の中だから気分のいい場所ではないし敵もまだ一人を倒しただけ。予断を許さない状況だから純粋に喜ぶことはできない――ってのはもちろん僕もわかっている。
ただ、それを差し引いてもゼナヴィアの様子は変だ。
なんなら僕の懸念を裏付けるように、リズリィまでゼナヴィアに気遣うような視線を向けている。
ルヴェルと僕の与り知らぬところで何かあったのだろうか。
少し心配だ。
「お、おい、ゾルト様がやられたら作戦はどうなるんだ」
「『能無し』を人質に取らないと手を出すのだって……」
檻の周りでコソコソと……お前らさぁ、僕の近くでくだらない会議するんじゃないよ。
身体があれば全員始末したのに。
「ゼナヴィアちゃん、しゃがんで」
それは彼女たちが取り決めていた合図だったのだろう。
「悪い子にはお仕置きです!」
リズリィの両手から紫電が走り、周囲にいた貴族たちが小さな悲鳴を上げて崩れ落ちた。
「ベルくん!」
お、昔の呼び名。
そういえばさっきも言ってたような?
「――シッ!」
姉の声に応じたルヴェルが檻の錠前を叩き壊し、ゼナヴィアとリズリィが躍り出る。
地に伏した貴族たちから武器を奪い、即座に臨戦態勢。
その間、十秒にも満たない。
「従者や弟としては捕まったふりなんて無茶はしてほしくないんだが」
「すみません。ベルく――ルヴェルくんなら負けないと信じていたので」
「合流する手間が省けて一網打尽にできる。一石二鳥だね!」
反省してないねこのお嬢さん。
ルヴェルと合流するために敵を利用するなんて大胆だこと。
しかも手に持ってる武器が短剣二本。貴族たちが使っていた武器じゃない――つまり最初から隠し持っていた自前の暗器ということだ。
「くそ! 計画は変更だ! 囲め!」
「増援はどうした!? ビターロック嬢はまだ捕まらないのか!」
男たちが困惑しながらも僕たちを囲み始めた。
数は七人。
三対七は普通に考えれば不利な状況だけど人質を取らないと力では抑えられないと考えていた連中だ。武力には自信がないのだろう。
増援とかいってたけどエルマリアを相手にする方が厳しいだろうし、チェックメイトってやつかな。
「連携領域・起動承認」
ゼナヴィアが静かに武器を構えた。
それが開戦の合図となった。




