影の追従 下
「尾行されているわね」
「え?」
突然、エルマリアが立ち止まり警鐘を鳴らした。
面食らうゼナヴィアと神経を研ぎ澄ませるリズリィ。
「……どうやら間違いないようです。私たちが立ち止まった後に不自然に足を止めた方々がいます」
「リズちゃんすごいね。あたしには全然わからなかった。エルマちゃんもどうやって最初に気づいたの?」
三人は小声で相談するために身を寄せ合う。
周囲には商業街を行き交う人々の姿がある。
だが、そのさらに後方。露店を覗く年若い男たちの集団がいた。商品を物色をしているように見せてはいるが、心ここにあらずといった様子で視線は明後日の方向を向いている。
露店の店主も、なんだこいつらはと言いたげな顔をしていた。
「相手は素人。でも距離が遠いから気づけなくても気に病む必要はないわ」
耳の良い獣人でなければ彼女たちの密談に聞き耳を立てることは不可能な距離だ。
方針を相談することに問題はない。
「どうしよっか? 撒いちゃう?」
「私はこういった経験がないので指示に従います」
反応は各々で、ゼナヴィアは過去の教訓から相手にせずに逃げることを選んだ。彼女の場合、こうした問題は使用人が対処してきたため、自ら対峙して解決するという選択がそもそもない。
田舎育ちのリズリィは幸いなことにストーカーになるような人物が身近にいなかったので、自分ではうまく捌くことができないと判断していた。
「二手に別れましょう」
「どうして?」
エルマリアの提案にゼナヴィアが首を傾げる。
入学して間もないとはいえ三人は聖騎士学園の生徒だ。戦力は分散させずに集中させておいた方が無難な選択ではある。しかも二手に分かれるということは片方は単独行動になるということだ。
「スキルを使われているわ」
「スキル……ですか?」
「正面を見て。わたくしたちが向かおうとしていた道。目的地と違うわ」
「「!?」」
商業街の大通りを通っていたはずだったがいつの間にか脇道にそれて人気の少ない場所へと足が向いていた。
その奇怪な事実に二人は驚きを隠せない。
「スキルによる認知の阻害、あるいは誘導といったところかしら。魔力による抵抗か第三者による指摘で解除できるようね」
「……悪戯にしては悪質ですね」
「つまり、相手は本気ってこと? ますます固まって動いた方がいいと思うなー、あたしは。目的もはっきりしないし」
ゼナヴィアの言葉にリズリィが無言で頷く。
スキルの有無に関係なく数は力だ。不用意に数的不利を広げるのは得策ではない。
だが、エルマリアはそう考えなかった。
「彼らの狙いはわたくしの身柄で間違いないわ。後ろの集団の中に見覚えのある男がいる。あれはドットハックの腰巾着の一人ね」
「ドットハック? 誰だっけ?」
「思い出してくださいゼナヴィアちゃん。新入生歓迎パーティーの時にエルマリアさんに話しかけていた貴族の――」
「あーっ! エルマちゃんに振られてた人だ」
散々な覚え方をされているが事実なので誰も否定しない。
「だからゼナヴィアとリズリィ、そしてわたくしの二手に分かれて行動しましょう?」
「! エルマちゃんを見捨てるなんて――」
できないよ、と続けるつもりが言葉に詰まる。
ゼナヴィアは数日前のエルマリアとの会話を思い出していた。
「もしかしてあたしたち足手まとい?」
「いいえ、違うわ。わたくしのスキルの特性上、周囲に人がいると本気を出せないだけよ」
「……そっかーっ」
嘘を吐かれている――という漠然とした感覚がゼナヴィアには残った。
そしてそれは隣で聞いていたリズリィにも伝播した。
「エルマリアさんにとってそれが最善の策、なのですね?」
「ええ、きっと素敵な結果になるわ。わたくしはこのまま敵の誘いに乗ってまっすぐ進むつもり。貴方たち二人はとりあえず学園に戻って彼と合流しなさい」
彼とは誰を指すのか、語るまでもない。
「追手の数はわたくしより少なくなるはずだけど油断しては駄目よ?」
「エルマちゃんはもう少し自分の心配をした方がいいと思う」
「同意見です」
「あらあら、二対一で負けてしまったわ。前途多難かもしれないわね」
妖しい笑みを浮かべながら、エルマリアが腰の尻尾アクセサリーを撫でる。
余裕を崩さない彼女にゼナヴィアとリズリィは顔を見合わせ苦笑するしかなかった。
○●
「くそ! どこへ行った!?」
「他の女二人がはぐれた件もある。俺のスキル『迷路回路』の影響から逃れた可能性が高い。油断するなよ!」
エルマリアに腰巾着と揶揄された貴族の男たちが五人。
彼らの作戦は対象の認知を歪め目的地を誤認させるスキル『迷路回路』を使用し、エルマリアたちを袋小路へと誘い込み数の暴力で制圧すること。
本来であれば『迷路回路』によって道に迷い戸惑う三人を背後から襲撃し、拠点へと運び出す手筈になっていた。
だが、現実はゼナヴィアとリズリィが途中離脱。迷い込んだはずのエルマリアも姿が見えなくなってしまった。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな? 俺たちはうまい話があるからってここまで手を貸したんだぞ! 話が違うじゃないか!?」
「逃げられて今回のことが明るみになったらどうする!」
男たちが『迷路回路』の使い手に詰め寄る。
彼はこの集団の実質的な指揮役だった。
周囲にいるのは彼が集めた弱小貴族たちである。上位貴族に顔を売りたい野心家の集まりだ。
「不安を解消したいのならさっさとあの女を探し出せ。リボルバー様はあの女さえ手に入れば満足な――」
「躾のなっていない獣ばかりね」
突如として響いた若い女の声に、男たちは一斉に振り返った。
袋小路の入口。
日の射さない薄暗い場所に、女が一人立っている。
場違いなほど華やかなドレスを纏ったその姿は汚れた石畳の路地にまるで溶け込んでいなかった。
素顔は薄い布で覆い隠されており、口元の輪郭が辛うじてわかる程度。
馴染んでいるのは上から羽織られた黒いコートだけだった。だが、その裏地には鮮やかな花の刺繍がきめ細やかに縫い込まれており、まるで女そのものを花束のように見立てているようだった。
「!? 誰だ!」
一人が困惑と警戒を滲ませながら問いかけた。
女は答えない。
ただ、ゆっくりと笑った。
「何者かは知らないが俺たちの邪魔をするなら容赦は――」
「ハウス」
直後、高圧的な女の声に呼応するようにガシャンという甲高い音が響いた。
「は?」
男たちが振り返ると最後尾にいたはずの仲間の姿が消えていた。
そして視線の先には不自然な穴が開いた空き家の壁があった。
「な、んだこれは……どうして消えたんだ!?」
「お前か! お前がやったのか!?」
混乱する男たちを見ながら、女は人差し指で一人の男を指差す。
「バーン」
「ごはっ!?」
瞬間、男の胸をナイフが貫いた。
鮮血が噴き出し血の花を咲かせる。
花の養分となった男は地面へと崩れ落ちた。
「――っ! 気をつけろ! スキルだ!! 何か能力で攻撃されているぞ!」
腰巾着の『迷路回路』持ちの男が叫ぶ。
無事なのは彼を合わせて残り三人。
後退するが、ここは彼らが用意した袋小路。
逃げ場などない。
「ひっ――」
「伏せ」
女の冷淡な声に合わせてまた一人脱落した。
今度は倒れ伏すように五肢が地面へと縫い付けられていた。
その際に頭を打ったのか赤黒い液体が石畳を汚している。
「く、くっそおおおおおおおお!」
男が剣を抜こうとする――が、それはあまりにも判断が遅すぎた。
「お手」
「――は?」
男の手には剣が握られていなかった。
否、彼の利き手そのものがなくなっていたのだ。
「が、ぎゃあああああああ!? 俺の、手! 右手がああああああ!」
カキンカキンと石が金属を弾く音が転がった。
男が帯刀していた剣だ。
その剣が刀身を赤く染めながら地面へと落ちたのだ。
「なにが起こっている!? そのスキルはなんなんだ!!」
「……」
女はその質問には答えなかった。
代わりに、
「おかわり」
一言呟くと、落ちていた剣が命を吹き返したかのように立ち上がり、己の主人である男の左手の平を突き刺した。
「――ぁ、あっ」
悲鳴はでなかった。
痛みに負けたのだろう。男は白目をむいて気絶している。
「こんなバカなことが……」
最後に残されたのは腰巾着の貴族。『迷路回路』のスキルを持つ男だけだった。
聖騎士学園の生徒ではあるから剣術を扱うことはできる。だがスキルは攻撃に適しているとはいえない。いや、スキル『迷路回路』のポテンシャルを引き出すことができれば戦闘に使うことは難しくない。
ただ、この男はそこまで自分のスキルを使いこなせてはいないのだ。
つまり打つ手はない。
そして彼らと対峙した女はそれを踏まえた上で倒す順番を決めていたのだろう。
「あなたで最後ね。愚かなワンちゃん」
女が歩き出す。
「ま、待て! やめろ!! 俺たちがいったい何をしたって言うんだ!!」
腰を抜かした『迷路回路』の男は震えながら後退る。
「わたくしたちを陥れようとしたでしょう?」
「……は? へ? まさかお前、エ――」
最後まで言葉が続くことはなかった。
「屈服しなさい」
その瞬間、男の天地はひっくり返り骨が折れる鈍い音だけが彼の鼓膜を揺らすのだった。




