影の追従 上
「リズちゃんはもっと体の線を際立たせる服を着た方がいいと思う! ほら、こんなのとか!」
「それはちょっと大胆過ぎる気が――」
「露出が気になるならこっちなんてどうかしら。きっと似合うわよ」
「お値段が高すぎて眩暈が……」
「かわいい――っ!」
時は少し遡る。
ルヴェルがバルトたちから忠告を受ける少し前。
商業街を散策していたゼナヴィアたちは一軒の服飾店の前で足を止めた。
ショーケース越しに伝わってくる独特の感性。浮世離れしている――というよりも、まるで別の世界の衣装から着想を得たかのようなデザイン。
お洒落に余念がない者ならば思わず足を止めてしまうような服がそこには並べられていた。
『お目が高いわね。ここはわたくしが会長を務めている商会の傘下にあるお店よ。覗いてみる?』
というエルマリアの提案により入店を決定。
店内は多くの客で賑わっていたが、組織のトップに気づいた店員の計らいにより、三人は二階にある個室へ通されたのだ。
「店員さんが持ってきてくれた服、全部かわいいね! さっすがエルマちゃんのお店!」
「聞いて驚きなさい。デザインの大半はわたくしが手掛けているの」
「すごーい!」
「そして、そのアイデアはすべて師匠から授かったものよ」
「何でもできる人なの?」
「きっと、何でもできてしまうわ」
「……もしかしてエルマちゃん、自分を使って間接的に師匠を褒めてもらおうとしてない?」
ゼナヴィアの指摘に不敵な笑みを浮かべるエルマリア。
図星なので否定する気もないようだ。
そもそもあからさまによいしょする場面が多かったので最初から隠すつもりもないのだろう。
「多才な方なんですね。エルマリアさんのお師匠様は」
女三人寄れば姦しいとはいったものだが、賑やかなのはゼナヴィアとその相手をしているエルマリアの二人だ。リズリィは着せ替え人形のように落ち着いており、時折相槌を打つ程度である。
「ぜひ一度お会いして……剣を交えてみたいです」
だがエルマリアを鍛えたとされる師匠のことは気になるのか興味を示していた。
「あら、リズリィは好戦的なのね」
「そういうわけではないんです。ただうまく言葉にはできないんですけど、エルマリアちゃんからは弟くんと同じ強さを感じるんです。魔力の安定感というか使い方というか……」
ここに魔力霊体の自認スタ○ドがいれば「僕が育てたんだよー」と透けた身体を指さしていたことだろう。
「リズちゃんの言いたいことわかるな~」
同意したのはゼナヴィアだった。
「ルヴェルにはスキルが無いけどその代わりに信じられない魔力量があると思うんだ。今はまだ力に振り回されることもあるけど日々の鍛錬で適応してきてる気がする。エルマちゃんはすでに完成に近い感じ……かな?」
「わたくしもあの方と比べたらまだまだ未熟よ」
エルマリアは自身の強さを正確に把握している。
その上で”師匠”には全く敵わないのだと自負している。
彼女にとって”完成形”とは彼そのものだ。
近いと言われれば否定するしかない。
「そんなエルマちゃんにそこまで言わせるお師匠様かー。あたしも会いたいなーって……」
当たり障りのない会話をしていたはずのゼナヴィアが急にばつの悪そうな顔をした。その珍しい光景にリズリィは「ゼナヴィアちゃん?」と心配そうに声をかけるが、エルマリアは特に気にした様子もなく次の言葉を待っていた。
「う~ん、間違えちゃった」
何が?
と誰かが問う前にゼナヴィアは口を開く。
「会わせてください」
「ふふ、直球ね。しかも唐突」
「本当はもっと別のタイミングでお願いしようと思ってたんだ。でも、流れ的に今かなって」
ゼナヴィアがリズリィに目を向けると二人の視線がばっちりと交差した。
考えることは一緒だったと如実に物語っているようだった。
「女子だけの親睦会のつもりだったからこのことを持ち出すつもりはなかったんだけど我慢できなくなっちゃった。不躾でごめんね」
「わたくしも口を開けば彼のことを語ってしまうから同罪かしら」
だから気にする必要はない、とエルマリアがフォローする。
「エルマちゃんは優しいね」
苦笑いだ。
ただそれは見る人が見れば思い詰めているようにも見える顔をしていた。
そしてその横では沈黙を守っていたリズリィが思わず「……ゼナヴィアちゃんもそうなんですね」と呟いていた。
「どうしてわたくしの師匠に会いたいの?」
「強くなりたいから」
エルマリアの質問に間髪入れずゼナヴィアが答える。
まるで最初から決まっていたかのように。
「どうして強くなりたいの?」
「それは……」
先ほどとは打って変わって言い淀む。
「リズリィ。貴方は?」
「私は……今のままじゃダメだと思っています。学園で無神流を学ぶだけでは足りないんです」
ぼかした言い方だが決意だけは感じ取れる。
そんな表明にエルマリアは「そう」と静かに頷きほほ笑んだ。
「貴方たちを師匠に紹介するためには条件があるわ」
「条件?」
「身構える必要なんてないわ。拍子抜けしてしまうくらいとても簡単なことだから」
「何をすればいいんですか?」
「子猫ちゃんたちのお耳を拝借」
そう言ってエルマリアは条件を伝えた。
内容を聞いて訝しむ二人に「口添えなら任せなさい」と胸を張る。
「……わかりました。それでエルマリアさんの強さの秘訣を知ることができるなら、やります」
「エルマちゃんに質問!」
「却下」
「えーっ!?」
断られるとは思わなかったのかゼナヴィアが大袈裟に驚く。
「条件に関する質問は一切受け付けないわ。それに――」
いつの間にか服飾店の女性店員が部屋に戻ってきていた。彼女はエルマリアに耳打ちするとすぐに頭を下げて部屋から出て行ってしまった。
「どうやらお客様が来たみたい」
「あ、貸し切りは終わりってことかな? 服はどうしよっか?」
「私は元々買う予定もなかったので会計の際は外で待ってますね」
いそいそと帰り支度を始めるゼナヴィアとリズリィ。
だがエルマリアは不思議そうに首を傾げた。
「あら? ここにある服はもう貴方たちのモノよ。わたくしからの些細な贈り物。言ってなかった?」
「「え?」」
「あとで学園に送ってもらうから荷物が嵩張る心配もないから安心なさい」
エルマリアは涼しい顔をしているが、二人――特に庶民であるリズリィからしてみれば信じられない額だ。大人一人が一、二か月は生活できるような値札が服についているのだ。室内にはそれが何着も並べられている。
「これを全部……私たちが頂いていいんですか?」
「友人へのほんの気持ちよ」
そういうものなの?
とリズリィが領主の娘であるゼナヴィアに視線を送るが、
「お祝い事があったならおかしいことじゃないけど」
と同じく貴族である彼女もエルマリアの気前の良さに圧倒されている。
「わたくしの妹弟子になるのだから、その前祝いだと思って受け取ってくれると嬉しいわ」
それは紛れもない本心だった。
だが、その根底には別の理由もある。
ルヴェルの姉であるリズィリ。
ルヴェルの相方であるゼナヴィア。
そしてルヴェルは、エルマリアにとって恩人の別人格。
もてなしたい気持ちを抑えろというのが土台無理な話であり、そもそも本人には入学祝と称して屋敷を用意していた女であることを忘れてはならない。
「……友人の厚意を無下になんてできませんね。ありがたくいただきます」
「ありがとう! エルマちゃん!」
「着飾った姿を楽しみにしているわ」
話がまとまったことで三人は店を後にした。
だが、個室を利用するような上客が来店している気配はどこにもない。
エルマリアが口にしたお客様――その招かれざる来訪者は三人の跡を追うように移動を開始した。




