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旧知と不穏な影

 一時はどうなるかと思った学園生活だが、意外にもルヴェルは充実した日々を送っていた。

 スキルを持たない『能無し』であることを理由に、いじめられてしまうのではないか、と内心ひやひやしていたのも過去の話。

 突っかかってくる同級生は入学初日に絡んできた貴族連中くらいなもので、あの決闘を最後にルヴェルを公然と侮る者はいなくなった。


 これは僕の推測に過ぎないけど、おそらく彼らは”二の舞”を恐れているのだろう。

 嘲(あざけ)った相手――ルヴェルに敗れでもすれば、プライドを傷つけられるだけでなく、自分自身が嘲笑の的になってしまうからだ。

 事実、あの日ルヴェルに敗れた名もなき貴族は、今や肩身の狭い立場に置かれているらしい。

 他の貴族派閥から面汚しと蔑まされているとかいないとか。

 自業自得だから同情する気はないけどね。


 きっと他の連中も同情はしないだろう。

 ただ、同じ目に遭うのは御免だと思っているはずだ。

 だから表向きは様子見を決め込み、静観している。

 その結果として、ルヴェルの学園生活の平穏が保たれているのだろう。

 

「――っ!」


 訓練場として開放されている学園の広場。

 日課である素振りを終えたルヴェルが、額の汗をタオルで拭っている。

 今日は休日で学園の授業もなし。

 いつもならゼナヴィアと一緒に行動している時間だけど彼女はエルマリアに誘われてリズリィと三人でお出かけ中。

 従者騎士といえど女子会ではお役御免ということらしい。


「……」


 空なんて見上げちゃってどうしたのさ。

 もしかしてセンチメンタルってやつ?

 その方角はあれだ、ゼナヴィアたちが向かうと言っていたお店がある方角だ。

 しょうがないな~君には僕がいるから寂しがらなくてもいいんだぜ。

 肩でも組む?


「……なんだ? 肩が、重い……? ふッ――」


 あぶなっ!

 魔力の乗せて剣を振らないでくれ!

 当たったら痛いんだぞ!?


「気のせいか」


 そのまま鬼神流の形の稽古を始めてしまった。

 まったく、ルヴェルの勤勉さにも困ったものだよ。せっかくの休みなんだから昼寝でもすればいいのに。

 そうすれば僕が体を乗――っと、誰か来たようだ。

 

「相変わらず暇さえあれば剣を振ってるんだな」

「見つからなかったらどうしよう……なんていらない心配だったみたいだね」


 呆れたような声が二つ。

 声の主は学園の男子生徒だ。

 身なりから平民の二年と一年とわかる。

 一瞬、ルヴェルの平穏を脅かす貴族連中の一派が訪ねてきたのかと勘ぐってしまった。

 だが油断はできない。

 昔の彼ら(・・・・)の態度を考えれば、憎まれ口のひとつやふたつあってもおかしくないのだから。


「バルト……それにロイスか」


 そう。

 ルヴェルの前に現れたのはバルト・デントールとロイス・エネテス。

 故郷パルテア村の悪ガキコンビ、オールバックのバルトと前髪ぱっつんのロイスだったのだ。

 正直、懐かしい。

 バルトを見たのは約一年半ぶりくらいか。

 オールバックは変わってないけど顔つきはだいぶ大人っぽくなったね。何というか……悪ガキ感が薄れている。

 ロイスもぱっつん髪は変わっていないけどちょっと見ない間に表情が柔らかくなった、かな? 二人ともルヴェルの前ではずっとつんけんしていたから普通にしているだけでだいぶ大人びて見える。


「ふん、名前ぐらいは憶えていたか」

「忘れられていたらどうしようかと思ったよねー」


 憎まれ口……というより不安を吐露った感じだ。

 ルヴェルは剣一筋で同年代の人間なんてゼナヴィアくらいしか興味なかったからね。

 同郷だろうと平気で忘れていてもおかしくはない。

 ましてやこの二人は友達と言える間柄でもないしね。


「何か用か?」


 だからルヴェルも塩対応――はいつでも誰でも変わんないか。

 少しはゼナヴィアを見習ってほしいね。学園でも彼女は人当たりもいいし友人も多い。

 ……待てよ?

 もしかしてルヴェルが見過ごされているのはゼナヴィアのお付きだからって考えもできるな。


「ラウンズロッド家のお嬢様はいないのか?」


 お?

 バルトたちもゼナヴィアに用があるのか?

 そういえば昔、可愛いゼナヴィアの前でいい格好をしようと必死になってたね。

 まさか今でも狙ってるとか?

 無駄無駄、さっさと諦めた方がいいよ。

 あの娘の心はうちのルヴェルが射止めるからさ。

 

「ゼナヴィアなら友人と出掛けている」

「護衛の仕事はいいの? ルヴェルは従者騎士なんだろ?」

「……女子会だからな」


 ルヴェルも最初は付いていこうとはしたんだけどね。ゼナヴィアに直接断られちゃったからどうしようもない。それに――


「姉さんが代わりに付いている。心配はない」


 そういうこと。

 なんならエルマリアもいるし。


「なんだ、じゃあルヴェルはお払い箱ってわけだ」


 おっと。

 挑発的な台詞じゃん。


「また俺が彼女に相応しくないと訴えるつもりか」


 懐かしいな~。

 ルヴェルは『能無し』だから役に立たないぞ的な横槍を入れてきたっけ。

 あの時はなんやかんやあって最終的に森のゴブリンを討伐する流れになったよね。


「勘違いするな。ただのロイスの軽口だ。今日の俺たちは忠告しに来ただけだ」

「忠告?」


 忠告?

 ってルヴェルと声が被ってしまった。

 ま、僕の声は誰にも聞こえないからいいけど。


「お前ら二年のドットハックに喧嘩売っただろ」


 ドットハック――っていうと、新入生歓迎パーティーで絡んできた貴族の男か。

 どちらかというとあいつはエルマリアに気があったみたいだけどね、相手にされてなかったけど。


「……」


 訂正するのも面倒臭いのか肯定するのも癪にさわるのか、ルヴェルくんだんまりです。


「奴がお前たちへの報復を企んでいる」

「穏やかじゃないな」


 ほんと物騒ね。

 鬱憤が溜まってるなら盗賊狩りとかすればいいのに。

 スカッとするし、お金も貯まるし、治安もよくなるからいいことずくめ。

 身近な相手に報復なんて馬鹿がやることだ。足が付いちゃうのは目に見えてる。

 それとも事に及んだあとは権力で揉み消すつもりか?

 ってか、なんでそんなこと庶民のバルトが知ってるんだ?


「お前、入学初日に同期の貴族を叩きのめしただろ。あいつらに声がかかったところをロイスが偶然耳にしたらしい」


 少し前の話だ、とバルトが付け加える。

 なるほど。

 密談を目撃したのか。

 そして当人(ルヴェル)が護衛対象(ゼナヴィア)と別れて一人で鍛錬していたから慌てて声をかけてきたと。


「手駒――いや、捨て駒か」

「どうだろうね。とりあえず確実に話に乗ってくるようなクズを集めてるんじゃないかな。誘拐して遊んで、引き渡す……みたいな話をしていたよ」


 よし、殺そう。

 ――ってのは冗談――じゃなくて本気なんだけど、いったん冷静になろう。

 気になるのは引き渡すという内容だ。

 奴隷にでもして秘密裏に他国で売る気なのか? それともリボルバー・ドットハックの裏に誰かいるのか?

 探りたいところだけど……エルマリア自身が有能だから調べがついてそう。今バルトたちが話してくれた内容も彼女なら把握してそうだし僕の出る幕はないかもしれない。


「……どうしてその話を俺に知らせてくれたんだ?」

「お前らになにかあったら寝覚めが悪い。そして騎士として恥ずかしいやつらが嫌いなだけだ」

「同村のよしみってやつさ。それにボクたちじゃ戦力にならないから情報だけでも、ね?」


 鬱陶しそうにバルトが髪をかき上げ、ロイスが自嘲気味に肩をすくめている。

 貴族ってのは血筋を重んじる。

 そして優秀なスキルは優秀なスキル持ちから生まれやすい。

 貴族軍団を庶民が相手にするのは権力しかりスキルしかりとあらゆる面で不利。

 バルトとロイスは学園に来て現実を目の当たりにしたのかもしれないな。


「情報、感謝する」


 そしてそんなものどうでもいいと言わんばかりのルヴェルの態度。

 頼もしいね、僕の相棒は。


「……行くのか」


 バルトが眩しそうな顔をしている。


「とりあえず俺のことを遠巻きに監視している馬鹿を発見した。そいつから話の続きを聞くつもりだ」


 そう言って真剣の鯉口を切るルヴェル。

 愉しいお喋りになりそうだ。

 ゼナヴィアとリズリィのことは心配だけど、エルマリアがいればなんとかなるだろう。

 もし何かしらのトラブルがあった場合も……うん、僕の部下たち(・・・・)が何とかするだろうさ。


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